書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
行司の仕事は土俵の上だけではない!
こんにちは、書評家の卯月鮎です。相撲の行司さんが審判役というのは知っていましたが、実はそれ以外にもさまざまな仕事があると分かって今回びっくりしました。番付表などの相撲字を書くのも、場内アナウンスをするのも行司さんの仕事。さらに、地方巡業の興行主との折衝補佐、移動手段の確保と座席割、イベントの受付などなど! すべての行いを司ると書いて「行司」。まさに名前そのものの活躍ですね。
今回紹介する『大相撲と鉄道』(木村銀治郎・著/交通新聞社・刊)の著者は、30年余り角界に身を置く現役の行司である木村銀治郎さん。巡業の際に移動手段を確保する「輸送係」も担当しています。趣味は鉄道! 架線や信号機が大好きで、駅弁の掛け紙も集めているとか。
交通新聞社新書からは『プロ野球と鉄道』『競馬と鉄道』など、鉄道と他ジャンルの関係をクローズアップした既刊があり、そこに連なる1冊となっています。
鉄道の座席表を決めるのはまるでパズル!?
大相撲は1年を通じて、番付を決める6回の本場所と、春夏秋冬4回の地方巡業から成り立っています。全国を巡るときの移動手段は鉄道。主に幕下以下の力士と若い行司、呼出し、床山が乗り込みます。別行動を取る部屋もありますが、基本的には日本相撲協会で手配し、集団で移動しているそうです。「風紀係」と呼ばれる関取衆が数名いて、若い衆の身だしなみやあいさつをチェック。なんだか修学旅行みたいですね(笑)。
木村さんは「輸送係」として、人数・運賃を計算してJRに報告し、時間割を考え、予定を書いた紙「能書き」を作る、とやることは山積み。経費を考えて「のぞみ」ではなく、「ひかり」で移動します。
ところで、大きいお相撲さんが3人掛けの左右に座ったら、真ん中の人は悲惨……なんてコントがありますが、実際のところどうしているのでしょうか? 実は、真ん中の席には体の細い新弟子や若い行司をパズルのピースを埋めるように割り振っているのだとか。座席表を考えるのはちょっとした脳トレですね(笑)。
1車両を貸し切り、最大100人の力士が乗り込む車両。鬢付油の匂いが漂い、疲れて寝ている力士も多くいびきが響く……。ここから抜け出しグリーン車へ行くためには、強くなって十両以上の関取になるしかない。そうするとグリーン車代が支給してもらえるそうです。ここにも勝負の世界の厳しさがうかがえます。
鉄道ファンなら、福岡県東峰村の「大行司駅」に訪れたエピソードが興味をそそるかも。駅名が気になった木村さんは九州場所のついでに日田彦山線の大行司駅に行くことに。駅に着くとそこには……。
相撲好きとして知られるエッセイスト・イラストレイターの能町みね子さんのイラストがところどころに挟まり、こちらもいい味を出しています。
相撲×鉄道のありそうでいて、あまり見かけない新鮮なコラボ。ページを開くだけで、知らない世界を気軽にのぞけるのは本ならではの特権です。
【書籍紹介】
大相撲と鉄道
著者:木村銀治郎
発行:交通新聞社
「鉄道×大相撲」で現役行司が書き下ろし!! 現役幕内格行司である木村銀治郎だからこそ書けた、大相撲と鉄道の関係性を深掘りする一冊。相撲愛好家・能町みね子ならではのイラストも収録。「交通新聞社新書」シリーズ中でも人気の「鉄道×異業種」コラボレーションの妙。
楽天koboで詳しく見る
楽天ブックスで詳しく見る
Amazonで詳しく見る
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。