本・書籍
2021/4/1 9:10

いつかくる「介護」のために知っておくべきこと『親の介護をする前に読む本』

25年前の夏、私は実家の母を喪った。7年もの間、闘病していたのだから、覚悟はできているはずだった。それなのに、病院からの知らせを受けたとき、ひたすらびっくりしている自分に、これまたびっくりした。母が亡くなるなんて考えていなかったのだ。いや、正確に言えば、考えたくなかったので、考えないようにしていた。病院にお見舞いには行ってはいたけれど、最期の日がくるなんてことは許さない、という感じだった。もし、あのとき『親の介護をする前に読む本』(東田 勉・著/講談社・刊)を読んでいたら、弱っていく母にもう少しましな態度で接することができただろう。後悔しても遅いけれど、後悔せずにはいられない。

介護家族のための入門書

『親の介護をする前に読む本』は、介護をする家族のために書かれた入門書だ。著者の東田 勉は、コピーライターとして制作会社に勤務した後、フリーライターに転身し、介護雑誌の編集を担当していたという。それだけに、介護現場に詳しく、情緒におぼれることなく、はっきりした態度で介護や認知症の問題を示してくれる。

 

人間には健康寿命というものがあります。制限なく健康な日常生活を送ることができる期間を示す健康寿命は、女性74.21歳、男性71.19歳(2013年)で、平均寿命との差は女性が12.84年、男性が9.6年もあるのです。

(『親の介護をする前に読む本』より抜粋)

 

つまりこの統計からすると、私たちは健康寿命が終わった後に、かなり長い時間を健康とは言えない体で生きていかねばならない。それはすなわち、介護を受けながら暮らす毎日につながる。義父や両親の晩年を振り返ってみると、10年近くは何らかの形で周囲の助けを必要としていた。もうびっくりしている場合ではない。さすがの私もこの事態を重く受け止めなくてはいけないと思うようになった。逃げようとしても逃げ切れない。それが介護というものだろう。

 

実際、何も準備しないで立ち向かえるほど介護は甘くありません。「いつか身に降りかかるにしても、イヤなことは考えたくないから後回しにしよう」と思考停止に陥るのは危険です。

(『親の介護をする前に読む本』より抜粋)

 

やはり、何らかの準備が必要なのだ。家族を守るために、たとえ目を背けたくなっても、知識を得ておかなくては……。

 

『親の介護をする前に読む本』は、「介護とは何か?」から始まり、「介護施設を利用する際に知っておくこと」「お金の問題」「介護保険をどうやって使いこなすか」を教えてくれる。さらには、「寝たきりになるのを防ぐにはどうしたらいいのか」など、介護が始まったら避けては通れないことが網羅してある。おかげで、昨年の秋に義母が骨折したときは、必要以上にあわてないでいられたと思う。

 

寝たきりを防ぐための7か条

どの項目が自分にあてはまるのかは、実際に介護が始まってみないとわからない。けれども、前もってうっすらとでも理解していると、介護するときも、自分が介護される時も、スタートラインの場所が違う。『親の介護をする前に読む本』をあらかじめ読んでおくと、介護保険の使い方や介護施設のこと、さらには入院が高齢者に何をもたらすかについて、心の準備ができる。何もわからないままでいると、パニック状態に陥り、酸欠の金魚のように、はぁはぁしてしまうだろう。

 

私には、第七章が非常に参考になった。ここでは、寝たきりにならないために守るべき7か条が取り上げられている。退院して自宅に戻った義母が、なんとか口から物を食べるようになったのは、周囲の配慮もさることながら、7か条を守ろうと皆で努力したのが良かったのだと思う。

 

では、その7か条について、簡単に説明したい。

 

①廃用症候群の怖さを知る

廃用症候群とは、「入院などで心身の活動性が低下したために起こる二次的障害の総称」のことだ。たとえば骨折して入院した場合、手術や治療を経て、怪我は治ったとしても、術後のリハビリテーションがうまくいかず、そのまま寝たきりになってしまうことがある。高齢者によく起きる症状だ。それを避けるために、患者が本人の力で生活していくことができるよう、見守りの姿勢が大事だ。

 

②なるべく座った姿勢を保つ

ベッドに寝てばかりいると、床ずれができ、血圧の調節がうまくいかなくなり、筋力も低下していく。しかし、介護する側からすると、寝ていてくれると、安心してしまうところがある。転倒の危険も防げるし、手もかからない。しかし、そこに落とし穴がある。結果的に寝たきりを作ってしまうことになるからだ。

 

③低栄養にならないように気をつける

高齢者が気をつけるべきなのは、栄養状態を悪くしないよう気を配ることだ。食が細くなっている場合は、蛋白質をたくさんとるように、意識的に配慮しなければならない。

 

④口でかむことで脳を賦活させる

口でかむことは、脳の前頭前野にとって大切な行為だ。よくかむことで、意欲をアップさせられる。

 

⑤口腔ケアをしっかり行い、肺炎を予防する

口の中を清潔に保つことは、肺炎の予防につながる。さらに、口周囲のマッサージをすることによって、嚥下障害を防げる。

 

⑥できることは何でも自分でする

口から食べ、トイレで排泄し、お風呂に入る。こうした日常生活を送ることが、何よりも大切。その人らしく生きてもらう手助けをすることが大切だ。

 

⑦関わりのもつ力を大切にする

人間は健康なときから、人と交流する中でお互いに元気をもらっている。年をとったらなおさら、仲間との触れあいを大事にしなければならない。介護者はそうした場を提供するように助けるべきだ。

 

最後にすべきこと

『親の介護をする前に読む本』の最終章となる第九章には、終末期の医療が取り上げられている。幸い介護がうまくいったとしても、最後には嫌でもしなくてはならない選択が待っている。それは「口から食べられなくなったら、どうするか」という問題だ。私も何度かそういう場面に立たされたので、この章は胸に迫った。

 

栄養がとれなくなり、水も飲めなくなった肉親を前に、「点滴はやめてください」とか「胃瘻は駄目です」、「このままでいいんです」と言い切るのは勇気が必要だ。実際にそういう場面にぶち当たってみると、思わずたじろぐ。しかし、家族が「チューブだらけの体は嫌だ」と言っていたことを思い出すと、やはり言わねばと悩み、胸がつぶれそうになる。結局、「先生におまかせします」と言いながら、何とかして逃げだしたくなる。けれども、家族に穏やかな死を迎えて欲しいと願うなら、介護者にも相当の覚悟が必要だ。

 

終末期のお年寄りを看取るために、あらかじめ考えておくべき3つのポイントがあるという。

 

①経管栄養にするか、それとも口から食べることにこだわるか

②いざというとき救急車を呼ぶのか、呼ばないのか。つまり延命措置の有無。

③救急車を呼ばない場合、そのまま亡くなることもあると納得できるか

 

家族にこうした質問をするのは辛い。しかし、避けては通れない関門だ。できることなら、介護する家族に問う前に、自分自身に聞いて、答えを出しておきたい。やがては自分にもふりかかる決定だからだ。

 

『親の介護をする前に読む本』は、介護者のために書かれた入門書だ。しかし、一方で、自分がどうやって死にたいかを決める指南書にもなっていると、私は思う。

 

【書籍紹介】

親の介護をする前に読む本

著者:東田 勉
発行:講談社

優良施設を見分ける方法。介護離職を避けるには。実際にかかる介護費用は? 介護保険活用の裏ワザ。平穏死を迎えるために家族がやってはいけないこと。医者が教えてくれない「恐怖の認知症治療」。-ありそうでなかった介護家族のための入門書。

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