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2021/2/19 6:30

南蛮奴隷から織田信長の家臣になった『黒き侍、ヤスケ』の数奇な運命

2月7日、NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』の最終回が放送されました。最後をしめくくる「本能寺の変」は、織田信長と明智光秀の関係について新たな解釈が加わり、驚きの内容でした。

 

黒き侍、その数奇な生涯

『麒麟がくる』の主人公は明智光秀ですが、織田信長の果たす役割は大きいものです。それにしても、織田信長を取り上げたドラマや映画、そして舞台の多いことといったら……。歴史上のキャラクターでこれほど激烈で、熱い人はいないのではないでしょうか。

 

今から400年以上前に生きた人だというのに、実に革新的です。生まれてくるのが早すぎたと言いたくなります。とりわけ、戦乱の世をおさめる必要な人材を選ぶ眼力には卓越したものがあります。前からそう感じていましたが、『黒き侍、ヤスケ』(浅倉 徹・著/原書房・刊)を読み、織田信長はやはりただものではないと確信しました。

 

弥助は、アフリカのモザンビークで生まれた黒人男性です。イタリア人の宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノが織田信長に謁見するため来日した折り、奴隷としてやって来ました。身の丈6尺(約180センチメートル)を超えるたくましい体に魅了されたのか、奴隷の身でありながらも誇りを失わない態度が信用されたのか、詳細はよくわかりませんが、信長は彼を気に入り、ヴァリニヤーノから譲り受けると、弥助と名付け、その後、侍に取り立てます。

 

そんなまさかと思うものの、信用できる歴史的史料にいくつかの記述があるので、確かに存在し、侍となったのは間違いがないようです。

 

著者の弥助への向き合い方

著者の浅倉 徹は、大学で講義をしながら、日本全国の史跡を取材しているといいます。日本史研究者として別名義での著書もあります。『黒き侍、ヤスケ』を執筆するにあたり、著者は考えました。史料が少ないだけに、フィクションとするか、史実をベースにした物語にするか、迷ったのです。そして、自分の立ち位置を定めます。

 

当初は娯楽小説として目一杯創作に振り切るかとも思ったが、折角実在の人物なのだから荒唐無稽な話にするのはもったいなくも思い、極力史実ベースで物語を創作することにした

(『黒き侍、ヤスケ』より抜粋)

 

史実に沿うと決めても、当時の話し言葉をそのまま再現することは不可能です。弥助が何をしたか、何を話したか、どんな性格だったかについては、推測するより他にありません。名前も最初から弥助と名付けられたわけではありません。かといって、本名もわかりません。『黒き侍、ヤスケ』では、最初は「モー」という名で登場し、信長によって「弥助」の名が与えられたことになっています。

 

こうして細かな工夫を凝らしてあるので、私たち読者は複雑な人間関係に混乱することはなく、面白い歴史活劇を堪能できます。

 

信長とヤスケの出会い

『黒き侍、ヤスケ』には、織田信長とヤスケの出会いが実に印象的に描かれています。初対面のとき、信長は弥助の黒い肌を見て、墨を塗ったのかと疑います。人生で初めて出会う黒人ですから無理もありません。

 

けれども、そこは信長……。それが本物の肌なのか強引に確かめることにします。御小姓頭の森蘭丸に、水にひたした布で弥助の体を洗い、こするように命じたのです。もちろん、布に墨はつくはずもなく、肌はますます黒く輝きます。

 

信長は、墨を塗ったわけではないと確認した後、「〜〜ふうむ。面白い」とつぶやくや、次は相撲を取るよう命じます。

 

それだけでも度肝を抜く対応ですが、信長はさらに驚きの行動に出ます。ヴァリニヤーノに向かって、「あの黒き者を予にくれぬか」と頼んだというのです。対するヴァリニヤーノも負けてはいません。布教と神学校の建設に助力を得ることを条件にして、弥助を手放すことに同意します。

 

この時です。弥助の運命が大きく変わったのは……。彼の希望など関係のないところで折衝が行われたわけで、残酷といえば残酷です。けれども、そのおかげで弥助は奴隷の身分から解放され、信長の家来として働くようになりました。

 

信長を魅了するだけあって、弥助には、他国の人の信頼を勝ち得る何か特別な力があったのかもしれません。日本語もできないというのに、周囲の人々に助けられ、彼は次第に信長の家来として力を発揮し、昇進していきます。信長の目に狂いはなかったということでしょう。

 

本能寺の変での二人

弥助にとって、信長は自分を奴隷の身分から解放してくれた有り難い存在でした。上様のためなら、この命を投げ出してもかまわない、そう思っていたかもしれません。明智光秀が謀反を起こし、京都本能寺を取り囲んだときにも、弥助は信長を守るため必死の抵抗をこころみ、信長を守ろうとします。討ち死に覚悟だったのです。ところが、信長は弥助に共に死んでくれとは言いませんでした。

 

「是非もなし。光秀が相手ではもはや逃げられまい。弥助。そちのみならば、切り抜けられよう。急ぎ、妙覚寺の信忠のもとへ行き、謀反のことを伝えよ」

(『黒き侍、ヤスケ』より抜粋)

 

そう言い残して本能寺に火を放ち、そのまま果てたとされています。弥助が本能寺の変の後、どうなったかについては、はっきりしたことはわかっていません。『黒き侍、ヤスケ』では、日本を出て故郷アフリカをめざしたとあります。この世には、ときにあり得ないような不思議な人生を送る人物が出現しますが、弥助もその一人でしょう。

 

海外でも人気者

弥助の人生は、海外でも反響を呼んでいます。ハリウッドで映画化の話が進み、チャドウィック・ボーズマンが弥助を演じることが既に決まっていたといいます。ところが、彼は大腸癌のため43歳の若さで亡くなり、演じることはできませんでした。さぞや魅力的な作品となったでしょうに、残念です。

 

けれども、Netflixでは近々、アニメ作品の「YASUKE」が公開予定だというので、楽しみに待っているところです。

 

今から450年近く前、信長と弥助は偶然出会い、言葉をかわしました。果たしてそこに何が生まれたのでしょう。二人がどうやって心を通じ合わせたのかも気になるところです。そこには言葉や文化の違いを超えた何かがあったのでしょう。

 

日本史上、希な存在である黒人侍・弥助の一生は、私たちに何か特別な力を与えてくれるように思えてなりません。弥助を知ることは、信長を、光秀を知ることにもつながります。こんな面白い話を知ることができた幸運をかみしめているところです。

 

【書籍紹介】

黒き侍、ヤスケ

著者:浅倉 徹
発行:原書房

ハリウッドで映画化! イエズス会宣教師の奴隷として日本を訪れ、織田信長に見出されて戦功を上げ、侍「弥助」になる。極めて資料の少ない「ブラック・サムライ」のありえた半生を、専門家がわかりやすい物語形式で紹介。

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