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2021/4/15 6:30

将棋界のレジェンドがSNSに降臨! ファンが狂喜乱舞した奇跡とは——『チーム康光の軌跡』

新型コロナウイルスの影響を受けての不自由な暮らしは、私たちに有形無形の苦しみを与え続けている。しかし、そんななかでも一筋の光があることを『チーム康光の軌跡』(佐藤康光、谷川浩司、森内俊之・著/マイナビ出版・刊)は教えてくれた。

 

著者は、佐藤康光九段(永世棋聖の資格保持者)、谷川浩司九段(十七世永世名人の資格保持者)、森内俊之九段(十八世永世名人資格保持者)のお三方で、将棋界の重鎮である。彼らはまさにレジェンドの名にふさわしく、勝負の世界に生き、多忙な毎日を送っていた。ところが、コロナ禍によって仕事は制限され、重苦しい雰囲気のなかで過ごすことを強いられるようになった。一方で、コロナ禍が信じられないものも生み出した。それが、「第3回Abema TVトーナメント」で誕生した「チーム康光」であり、それに伴って開設されたTwitterだ。

「チーム康光」が生んだあり得ないTwitterのやりとり

これまで、3人のレジェンドがタッグを組みTwitterで語り合うなど、あり得ない話だった。互いにトップ棋士としてしのぎを削ってきた方々である。チームメイトとして団体戦を戦うことなど、夢のまた夢であったはずだ。しかし、それは起こった。

 

始まりは「第3回AbemaTVトーナメント」だった。史上初のドラフト団体戦として行われることになり、佐藤康光、谷川浩司、森内俊之チーム、名付けて「チーム康光 レジェンド」が誕生した。トーナメント戦は早指し戦で、一般には若手が有利とされるルールである。たとえレジェンドでも、予選をどこまで勝ち上がることができるのかわからなかった。ところが、始まってみると「チーム康光」は準決勝まで勝ち上がり、優勝候補の筆頭チームと戦うこととなった。

 

それだけでも楽しい企画だったが、将棋ファンを何よりも驚かせたのは、3人によるTwitterが始まったことだ。それまで、SNSからは遠い存在と言われてきたレジェンドが、楽しそうにツィートし、将棋の解説までしてくれるのだからこたえられない。

 

たとえ将棋を知らなくても

『チーム康光の軌跡』には、合計700に及ぶツイートに、鼎談が加えられている。彼らが将棋ファンのためにここまでするとは……。特に、本のために行われた鼎談は驚き以外の何ものでもない。佐藤が「みなさん、こんにちは。佐藤康光です。チーム康光、チームレジェンドの一日だけの復活と銘打ちまして、おじさんトークショーにやってきました」と口火を切るや、谷川が「今日はこのためだけに東京に来ました」と応じ、森内が「毎日、ツィッターと向かい合う日々が続いていましたので、また以前の日々が戻ってきたという感じです」と振り返る。このやりとりだけ読んでも、この本がいかに希有なものかわかるだろう。コロナ禍で元気を失いがちな将棋ファンのために、何かしなくてはというレジェンドの熱い思いを感じずにはいられない。

 

いや、将棋ファンだけではない。将棋のことをほとんど知らない私でも、十分に楽しみ、元気をもらった。もっとも、以前から将棋の世界に興味を持ってはいた。駒の動かし方すらよくわかっていない私だが、将棋の対局番組は楽しみにしていた。とくに勝敗が決まった瞬間の映像は、ボクシングのKOシーンを目のあたりにしたようで鳥肌ものだった。さらに、その後に始まる「感想戦」がこれまたすごい。「負けました」という宣言で対局が終わると、棋士たちは感想戦を始める。ついさきほどまで死にものぐるいで行われていた対局を、ビデオテープを逆回しするように戻していく。それも、勝者は敗者が納得するまで、とことん付き合うという。ここにあるのは、勝負にこだわる激しい闘争心と相手に対する尊敬の念だ。棋士とは不思議な人々だと感じるのは、こういうときだ。

 

『チーム康光の軌跡』での3人は、勝負に生きる鬼のような形相を捨て、棋士にも私生活があることを教えてくれる。それは、私には厳しい生活を維持していく上でどのように息抜きをすべきかを考えるヒントとなった。これまでは、プロ棋士とは常人にはわからない特殊な存在であり、私など近づくことも許されないと後ずさりしてきた。けれども、本を読んでいるうちに私のような素人でも、将棋や棋士に興味を持っていいと呼びかけられたような気持ちになった。

 

変わらないこと、変えていくべきこと

『チーム康光の軌跡』は内容が盛りだくさんだ。将棋は長い伝統を誇る世界だが、アナログ世界にとどまることなく、デジタル世界に参入していることもよくわかった。棋士はコンピュータと戦い、苦しんでいるとばかり思っていたが、最高の友達となる努力もしていたのだ。何よりも興味深いのは、将棋界が新しいものに対して、柔軟な姿勢を持っていることだ。鼎談の結びにあった言葉がそれを示している。

 

将棋界も変わらない部分と変わっていかなければいけない部分があると思っています。今回の企画はかなり大きな変化で、我々にとりましてもひとつのチャレンジをすることができました。

(『チーム康光の軌跡』より抜粋)

 

確かに……。コロナ禍のもと、変化の兆しを感じたレジェンドたちの打ち明け話は、これからの私たちにも大きな力となるに違いない。レジェンドだって、もがいている。何とかしたいと思っている。そのことに心を打たれつつ、「お教えをありがとうございます」と、本に向かってお辞儀したくなった。

 

しかし、何も考えずに、思わずゲラゲラ笑ってしまったときもある。森内の「こんばんは、ゴルゴ13です(某関係者に、顔が似ていると言われるだけ)」というツイートに、佐藤が「も、も、森内先生、確かに言われてみれば」と続き、なぜかお嬢さんが以前に作成したという花の画像を「意味不明」のコメントとともに貼りつける。一方、谷川は「そういえば、森内俊之ゴルゴ13説、というのは昔聞いたことがあります」と冷静に応えたこの流れは、私が本書でいちばん好きなツイートだ。

 

この内容を読んだとき、理由なく大笑いしながら、コロナ禍の中でも笑って生活しなくちゃと決心した。その意味でも、『チーム康光の軌跡』は不思議な本だ。将棋ファンはもちろんのこと、将棋のことを知らない方にとっても、希有な書となるだろう。

 

【書籍紹介】

チーム康光の軌跡

著者: 佐藤康光、谷川浩司、森内俊之
発行:マイナビ出版

将棋ファンを熱狂させたドリームチーム。彼らはどう戦い、何を残したのか? スペシャル鼎談+全ツイート収録。

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