もしも「あなたは認知症です」と医師に宣告されたら、どうするだろう。
ライター、主婦、3児の母に加えて、新しい肩書きが増えただけ。そう言い切れるだけの強さが、今の自分にあるだろうか。
おとぼけキャラと、独特なタッチが味わい深い漫画でおなじみのタレント・蛭子能収さんが、「認知症である」と公表した。さらに、『認知症になった蛭子さん』(蛭子能収・著/光文社・刊)が先日発売になり、話題となっている。
蛭子さんが「認知症」を公表した!
2020年7月、『主治医が見つかる診療所』というテレビ東京系の番組で、蛭子さんは「軽い認知症」、正確には「レビー小体病とアルツハイマー病の合併による初期の認知症」と診断された。
認知症といえば、近い将来、高齢者の5人に1人がなると推測されているほど、誰にとっても身近なものとなった。事実、亡くなった私の祖父も認知症を患っていたし、友人や知人の身内で認知症になった人がいるという話も、これまでに複数耳にしている。
けれども、自分や家族が認知症であることを公言した人には、今のところ出会っていない。
認知症は、初期・中期・末期で症状が大きく異なる。そのため、「認知症=大変なこと」と決めつけるのは早計であろう。しかし、まだまだ世間のイメージは、「認知症の実態はよくわからないけれど、とてつもなく大変で、なってしまったら(ある意味)おしまい」が大半だ。
そのため、介護者は身内が認知症だと周囲にカミングアウトしづらく、結果、さまざまなサポートが受けにくい状況に陥っていると考えられる。だからこそ、今回の蛭子さんの認知症公表は驚いたし、本の出版にはさらに驚いた。
介護する側も「自分ファースト」の姿勢が大切!
『認知症になった蛭子さん』は、蛭子さんの奥さん、マネージャー、(今回の書籍化のもととなった)連載担当記者という3名の赤裸々な告白を通して、「家族」「仕事」「社会」がどう認知症の人を受け入れていくかを指南してくれている。
特に、第一章に書かれている奥さんの吐露は、かつて祖父の介護で四六時中苦しんでいた母の姿が幾度も蘇り、胸がぎゅっと締め付けられた。
そして今回、私は大きな気づきを得た。それは、「自分ファーストの介護」の重要さだ。
ショートステイやデイサービスなどは私の祖父も利用していたが、それらはすべて祖父のためだと思っていた。けれども、違った。介護支援施設は「介護者である家族の心や体を健康に維持するため」にも、大切な存在であったのだ。
あのころ、すでに家を出ていた私には、認知症の祖父と家族の普段の様子をすべて知ることは難しかったが、それでも一日のほとんどを祖父の対応に費やしていた母の苦労は筆舌に尽くしがたい。
本当に、適切なタイミングで、適切な施設を利用できていただろうか。ケアマネージャーさんを頼れていただろうか。母は心から休息をとれていただろうか。
蛭子さんの奥さんは本書の中で、
介護をする側も、よっちゃん(蛭子さん)にならって「自分ファースト」の姿勢を持つことが大事なのだと思いました。介護は妻である私がやる、という呪縛にかかっていたのかもしれません。
(『認知症になった蛭子さん』より引用)
と述べている。ああそうだ、これはある種の呪縛だ。このところ特に、「一般論」「世間の目」「普通はこうである」といった呪縛に苦しむことが多い。呪縛なんてクソ喰らえである。
誰のためでもなく、自分自身と愛する人のために、「自分ファースト」の姿勢を貫けばいい。そう、蛭子さんの奥さんに教わった。
「蛭子さん」=「認知症の人が働ける社会」のアイコンに!
『認知症になった蛭子さん』の後半には、『女性自身』で連載している「蛭子能収のゆるゆる人生相談」から、選りすぐりの傑作回が掲載されている。
認知症を公表した以降も、連載は続行中。傍らには16年以上蛭子さんを担当しているマネージャーさんが居り、記憶を呼び起こせなかったり、言葉に詰まったりする蛭子さんに助け舟を出しながら、回答しているのだという。
「ま、いっか」が口癖の蛭子さん。独特の言い回しで、ゆるりと読者からの相談に回答していく。
「生きているだけですごいこと。それで十分だと思おう」「子どもや孫は過保護にせずに 遠くから見守っていればいい」「自信がなくても別にいい。笑っていればなんとかなる!」など、なんとも深い回答ばかり。結果的に解決策になっていなくても、「蛭子さんがてへっ! と笑いながらそう言うなら大丈夫か~」と気持ちが軽くなるから不思議だ。
そして何より、蛭子さんは「認知症になっても、いくつになっても、自分の力で稼ぎたい」という思いが人一倍強いそうだ。実際に、蛭子さんがどんどんお金を稼いでくれたら、認知症の人や家族も勇気づけられると、認知症介護に携わるプロたちも期待を寄せている。
認知症になっても、今までと変わらず、ゆるくひょうひょうとした姿勢で私たちを楽しませてくれる蛭子さん。彼の存在こそ、認知症の人を、そして認知症の人を取り巻く家族の心をふわりとラクにしてくれる治療薬であり、超高齢社会の日本における希望の星かもしれない。
【書籍紹介】
認知症になった蛭子さん
著者:蛭子能収
発行:光文社
“きれいごと”では解決しないー蛭子さん妻・悠加さんの「介護」相談も収録! 2020年7月、認知症であることを公表した蛭子さんに起こった“過酷な現実”を、いちばん近くで見てきた妻・悠加さんが初告白。“きれいごと”だけでは解決しない悩みに、介護の先輩が本音で答えます。さらに、公表後も続ける人気コラム「蛭子能収のゆるゆる人生相談」傑作選を収録。介護する家族の心を「楽」にする考え方が、ここにあります!