『タイガー・ウッズ』(ジェフ・ベネディクト、アーメン・ケテイヤン・著/ゴルフライブ・刊)を、是非とも読みたい。そう思いました。私はゴルフをしませんが、彼の試合をテレビで観戦する度に、驚愕していたからです。機械のように正確なショット、腰や膝に故障を抱えながらも、痛みをこらえ苦悶の表情でプレーを続けるその姿……。ゴルフができなくても、それがどんなに大変なことかわかります。
届いた本を見てぶっ飛んだ
今年の2月、タイガー・ウッズが自動車事故を起こし、重傷を負ったというニュースが飛び込んできました。「あぁ、これは大変だな。しばらくは復帰できないだろう」と思っていたら、事故から2か月後にはリハビリのためグリーンに姿を表したというではありませんか。「すごい! やはり、普通じゃない」と、驚かずにはいられません。彼は2009年にも事故を起こし、それをきっかけに数々のスキャンダルが露呈、大騒ぎとなりました。一時は、ゴルファーとしての復帰は難しいとまで言わながらも、見事復活を遂げました。
改めて彼に興味をかきたてられた私は、早速、『タイガー・ウッズ』を注文し、楽しみに待っていたのですが、届いた本を見て「えっ! 嘘〜〜」と、のけぞりました。これほど分厚い本とは予想していなかったのです。物差しで測ってみると、厚さ5センチもあります。おまけに、細かな字が566ページにわたってぎっちりつまっています。ところが、お値段はというと、税別で2980円。しかも、わかりやすい翻訳がなされた本です。タイガーを知って欲しいという願いをこめて、ぎりぎりの価格を設定したのではないでしょうか。
いざ読み始めてみると、ページごとにぶっ飛ぶような内容でした。タイガー・ウッズとは、これほど悲しい人だったのかと、胸がいたみ、しばし天井を見上げてしまったほどです。世界的なセレブとして有名な彼が、こんな思いに耐えていたなんて。よけいなお世話と分かっていても、真っ白な歯を見せてにっこり笑うあの素敵な笑顔の裏に、こんなにも暗く深い苦悩があったとは……。
不思議な子ども
タイガー・ウッズは幼いころからゴルフ漬けの毎日でした。なんと生後6か月からゴルフを始めたというのです。もちろん、まだ歩くこともできず、おむつもしていましたから、クラブを振ったわけではありません。父のアール・ウッズが息子をガレージに連れて行き、ハイチェアに座らせると、5番アイアンで延々とボールを打ち込む姿を見せていたというのです。ひとり息子を溺愛していた母のクルティダも協力しました。
クルティダが片手にスプーン、片手に離乳食を持って、ハイチェアの横に座ることもあった。クルティダの話によれば、アールが球を打つたびにタイガーが口を開けるので、そこにすかさず離乳食を流し込み、完食するまで、それを繰り返したという。
(『タイガー・ウッズ』より抜粋)
生後11か月になると、タイガーはハイチェアから自分で降り、短く切ったクラブを使って、スイングをするようになります。日本の伝統芸能などでも、幼いころから、芸を叩き込む慣習があります。けれども、まだ1歳にもならない子どもに離乳食を食べさせながらゴルフを教えるとは、驚きのあまり口あんぐりです。
2歳になると、父のアールはタイガーをゴルフコースに毎日連れて行くようになりました。そして、自らテレビ局に売り込みをかけます。紹介者がいたわけではありません。電話をかけて自分の考えを述べたのです。
「二歳になる息子のことなんですがね」とアールは切り出した。「ずばり言いましょう。うちの子はゴルフ界に旋風を巻き起こすこと間違いなしです。息子の登場ですべてが大きく変わるでしょうね。人権問題に関しても」
(『タイガー・ウッズ』より抜粋)
この電話がきっかけとなり、タイガーはテレビに出演することになりました。まだ60センチほどの身長なのに、きちんとしたフォームで、まっすぐにボールを打ってみせます。その姿に大人達は夢中になりました。それでも、現実にはタイガーはまだ2歳の男の子です。インタビューを受け、「ゴルフのどこが好きなの?」と何度も聞かれても、ため息をついてクビをかしげるだけで答えません。そして、わざとなのか、本当にそうだったのか「ぼく、ウンチする」と言いながら、父親の膝から飛びおりてしまいます。周囲は大爆笑となりましたが、本人の心のうちはどうだったのでしょう。
華々しい経歴
2歳で既に人気者になったタイガーについて、著者は次のように表現しています。
タイガー・ウッズは、ハレー彗星のごとく一生に一度、お目にかかれるかどうかという希有なスター選手だった。どこからどう観ても、彼ほど才能あふれるゴルファーはいない。(中略)ゴルフ競技でタイガーが紡ぎ出した伝説は、ほとんど想像の範疇を超えている。
(『タイガー・ウッズ』より抜粋)
タイガーの成し遂げた偉業は膨大で、ここにはとても書き切れません。ハイスピードで、多くの歴史をぬりかえていきます。思いつくままに書いてみると、アフリカ系アメリカ人で初めて、メジャー選手権で優勝を果たしました。それも最年少での快挙です。メジャーの優勝回数は14回を超え、稼ぎ出した賞金も世界1位。コマーシャル契約を結んだ有名企業も数え切れないほどです。
私生活でも、美しい妻を持ち、子どもにも恵まれ、誰もがうらやむ生活をしっかりとつかみ取っているように見えました。けれども、タイガーもひとりの人間です。神様ではありません。2009年の交通事故の後、数多くの女性関係が暴かれ、スキャンダルにまみれ、幸福を手放すことになります。離婚を経て、子どもたちとも離ればなれにならざるを得ませんでした。
神のような存在として君臨していたタイガーは、弱さを抱えたひとりの人間として、世界中の目に曝されたのです。
謎の人、タイガー・ウッズ
どんなにスキャンダルに曝されようと、タイガー・ウッズはアメリカが生んだスターであることに変わりはありません。そんな人物の伝記を書くのは、ある意味、無謀な試みだったに違いありません。おまけに、タイガー本人からの協力を仰げない状態で仕事を進めなければなりませんでした。彼は自分について語られることを極端に嫌い、周囲に厳しすぎるほど厳しい箝口令を強いているためです。そのため、タイガーの私生活は謎に包まれており、分からないことばかりです。
けれども、著者ジェフ・ベネディクトとアーメン・ケテイヤンはあきらめませんでした。タイガーが今まで行った320回以上の公式記者会見を文字に起こし、精読します。さらに、タイガーが受けたおびただしい数のインタビュー記事を読み、タイガーに関する新聞、雑誌、論文記事を集め、数千件のすべてに目を通したといいます。映像におさめられたタイガーの姿も細かくチェックし、彼の実像を明らかにしようとしました。
タイガーの関係者へのインタビューも、400回以上行いました。その中には、今までインタビューを受けたことがなかった人も多く含まれていました。だからこそ、今までにない新しいタイガー・ウッズ像を浮き彫りにするのに成功したのでしょう。
この分厚い本を私は一気に読み終えました。謎が謎を呼びながら、少しずつタイガーの実像に迫る様子に寒気を感じるほど惹きつけられたからです。これまで、タイガーは人間とは思えない偉業を成し遂げ、生きながらにしてレジェンドになりました。
アメリカン・ドリームの達成者として、祭り上げられたと言っていいと思います。そのおかげで得た幸福もあったでしょう。同時に、だからこそ見舞われた不幸もありました。彼は自分を守るために、謎の人として生きるしかなかったのかもしれません。
これだけ分厚い本でもまだ収まりきれないほどの人生をタイガーは既に味わいました。そして、これからも物語は続きます。彼はまだ45歳なのですから。
【書籍紹介】
タイガー・ウッズ
著者:ジェフ・ベネディクト、アーメン・ケテイヤン
発行:ゴルフライブ
米国の著名なスポーツジャーナリスト、ジェフ・ベネディクトとアーメン・ケテイヤンが、タイガー・ウッズの関係者250人以上、実に400回以上のインタビューを通して、アメリカン・レジェンドの真の人物像を描いた決定版。