本・書籍
2021/6/27 17:00

ミッキーマウスとチャップリンの意外な関係性は? チャップリンとディズニーが交差した時代~注目の新書紹介~

書評家・卯月 鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。

 

 

真のエンターテインメントとは?

こんにちは、書評家の卯月 鮎です。書評やコラムの仕事をしていると、エンターテインメントとは何かというテーマにぶつかることがよくあります。

 

「entertainment」の語源はラテン語に由来し、「enter(間に)」と「tain(つかむ、保つ)」と「ment(動詞を名詞化する接尾語)」に分かれます。諸説ありますが、人をもてなし続ける、人の心をつかんで離さないといったニュアンスを持つそうです。一流のエンターテインメントは一度見たら忘れられない、人生に残るものなのでしょう。

新書『ディズニーとチャップリン エンタメビジネスを生んだ巨人』(大野裕之・著/光文社新書)の著者は、日本チャップリン協会会長で、脚本家・演出家でもある大野裕之さん。チャップリンの遺族からも信頼があつく、日本でのチャップリンの権利の代理店も務めています。著作『チャップリンとヒトラー』ではサントリー学芸賞を受賞。その大野さんが、今回はチャップリンとディズニーの関係性に迫っています。

 

チャップリンに憧れたディズニー

第1章「チャーリーとウォルト」では、チャップリンとディズニー、2人の生い立ちが紹介されます。チャップリンはイギリス・ロンドンで芸人夫婦の息子として生まれ、極貧の幼少期を過ごし、喉を壊した母に代わって5歳で初舞台を踏みました。25歳でアメリカの映画に出演してチョビ髭に山高帽、ステッキがトレードマークのキャラクターに扮してデビュー1年目で人気を博しています。

 

一方、チャップリンの12歳年下のディズニーは、父の都合でシカゴ、アメリカ中西部の農園やカンザスシティを転々とする少年時代を送りました。読んで驚いたのは、映画で見たチャップリンに憧れ、地元のそっくりさんコンテストで見事優勝したというエピソード。ディズニーがいかにチャップリンを好きだったかがわかります。

 

そんなふたりの接点が語られているのが第3章。ハリウッドでアニメーション映画の制作会社を設立したディズニーは、実はチャップリンに会えないかと、彼がいる撮影所の周りをうろつく、いわば「出待ち」をしていたとか。

 

そして、ミッキーマウスのキャラクター形成にも実はチャップリンの影響があったことが、ディズニー本人の証言によってわかります。「私たちはチャーリー・チャップリンにかなりの借りがある」。ミッキーマウスに、チャップリンの切なさや小さくつつましい様子、それでも頑張ろうとするイメージを投影したそうです。もしチャップリンという存在がなければ、ミッキーマウスも違ったキャラクターになっていたかもしれません。

 

1932年、2人はついに出会います。そこでチャップリンはディズニーの才能を称え、ある意外なアドバイスをしました。それは「自分の作品の著作権は他人の手に渡しちゃだめ」というもの。現在のディズニー社の、権利を重視しキャラクターイメージを守るスタンスに通じていますね。

 

意気投合したふたりですが、やがてヨーロッパでファシズムが勃興した1930年代後半から第二次世界大戦にかけて思想はすれ違い、絆は失われていくことになります。そのあたりの経緯が書かれた第5章「戦争 二人の別れ」は、エンタメとプロパガンダについて非常に考えさせられる内容でした。

 

当時の資料や証言も引用され、20世紀エンタメ界の巨人ふたりが残した功績がわかりやすくまとめられている1冊。比較して語られることが意外に少ないチャップリンとディズニーを並べることで、さまざまな角度から“エンタメの本質”が見えてきます。比較文化論ならぬ比較人物論として、知的好奇心が満たされました。

 

 

【書籍紹介】

『ディズニーとチャップリン エンタメビジネスを生んだ巨人』

著者:大野裕之
発行:光文社

ディズニーの生涯の野心は「もう一人のチャップリンになること」だった。俳優の道を諦めた代わりに、彼は「もう一人のチャップリン」をアニメーションの世界で創った。それがミッキーマウスだ。――固い友情と時代に翻弄された離別。知られざる二人の師弟関係を豊富な資料で明らかに! エンタメビジネス創世記としても読める一冊。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。