川端康成、宮沢賢治、芥川龍之介など、国語の教科書で一度は読んだことがある文豪たちの作品。読書感想文の作品に選んだ人も多いでしょう。
今回ご紹介する『文豪はみんな、うつ』(岩波明・著/幻冬舎・刊)は、そんな一度は読んだことのある文豪たちについて、彼らの作品や生き方を精神科医である岩波 明さんの目線から分析した一冊です。なんとなくわかっていたような、知りたくなかったような(笑)。興味深い視点から紐解かれる作家論をご紹介します。
太宰 治は誤解されている?
『人間失格』や『走れメロス』の著者である太宰 治。彼の人生を描く映画や舞台が現代でも度々公開されているので、なんとなく「壮絶な人生を歩んでいそう……」というイメージがある人が多いのではないでしょうか?
また、自殺未遂や薬物中毒だったことも有名で、私もこの本を読む前から「絶対、太宰 治はこの本に入っているよね」と思っていました。しかし、読み進めていくと”太宰 治は誤解されている作家“との表記が。一体どういうことなのでしょうか?
精神科医の分野でも、太宰治は誤解されている。ある評論においては、太宰治を「境界例(境界性人格障害)」と断定しているが、これはまったくの誤りである。
境界例は「パーソナリティ障害(人格障害)」の一つであり、対人関係の不安定さ、感情面で動揺しやすく、社会的な問題行動を繰り返すなどの特徴がある。太宰は自殺企図こそ数回しているものの、全般的な社会適応は良好で、妻であった津島美知子の回顧録(『回想の太宰治』人文書院)に述べられているように、多くの弟子たちや編集者に慕われた人物である。境界例の診断はあてはまらない。
(『文豪はみんな、うつ』より引用)
この本を書いた岩波 明さんは、精神科医としてこれまで多くの書籍を執筆されてきた方。「なるほどそう読み解けるのか……」と納得してしまいます。
とは言っても、岩波さん曰く太宰治はうつ病を抱えていたとのこと。その背景を知りたい方は『文豪はみんな、うつ』を読んでみてください。太宰が生きた時代の空気も知ることができ、もう一度作品を読み直したくなりますよ!
お札になった夏目漱石も
2024年から北里柴三郎にかわる1000円札。1983年から2003年までの20年間は、『坊ちゃん』や『吾輩は猫である』の夏目漱石が描かれていました。
私の学生時代は夏目漱石の1000円札だったので、お小遣いで漱石さんをもらえるとうれしくて、いい思い出がたくさんあるのですが、なんとなく明るそうなイメージを勝手に持っていたので、うつだったとは。
漱石さんが30代でロンドン留学したことも有名ですが、実はその裏で彼の精神状態は悪化していたそうなのです。
漱石はロンドン留学中に精神状態が悪化し、「神経衰弱」が再燃した。下宿先の家主に対する被害妄想、幻聴などもみられ、下宿先を短期間で転々とした。
(『文豪はみんな、うつ』より引用)
さらに「夏目狂セリ」と国際電報が送られたという記録も残されているそう。神経衰弱とは、今風に言うとノイローゼ。教員時代から精神的に追い込まれると度々発症していたとのことで、ロンドンめっちゃ辛かったんだろうなぁと少しかわいそうになってしまいました。
今のように病名が診断されることでホッとできることもありますが、精神医療もあまり発展していない時代では、「狂セリ」で表現されてしまうんですよね。もし令和に夏目漱石が生きていたら、どんな作品を残すのかちょっと気になってしまいました。
「異形」を認め、価値を認めることも大切
全部で10名の文豪たちが紹介されているのですが、どの作家の話を読んでも「作品を読み直したい」と思うものばかり。暗い気持ちになってしまう瞬間もありますが(笑)、苦しい時代や辛い時期を乗り越えた人生を知ってから改めて読み直す作品は、感情の入れ具合が変わってきます。
『文豪はみんな、うつ』の著者である岩波さんも、文庫版の出版に際して、あたらしい「おわりに」を執筆されています。その一部をご紹介します。
本書で指摘した文豪たちと精神疾患を結び付ける試みについては、多くの異論があるかもしれません。ただ明らかに言える点は、彼らが規格外の人たちで、世間の決めた枠組みに留まることができなかったという事実です。精神疾患を伴ったことは、「異形」であったことの表れなのかもしれません。
(『文豪はみんな、うつ』より引用)
多様性を認める世の中になってきたとはいえ、まだまだ枠組みに留めようとする力は大きいです。もしそんなことに悩んでいる人がいたら、「異形」な文豪の先輩たちの生き方を知ることで、今を生きるヒントにつながるかもしれませんよ。
【書籍紹介】
文豪はみんな、うつ
著者:岩波明
刊行:幻冬舎
文学史上に残る10人の文豪ー漱石、有島、芥川、島清、賢治、中也、藤村、太宰、谷崎、川端。漱石は、うつ病による幻覚を幾多のシーンで描写し、藤村は、自分の父をモデルに座敷牢に幽閉された主人公を描くなど、彼らは、才能への不安、女性問題、近親者の死、自身や肉体の精神疾患の苦悩を、作品に刻んだ。精神科医によるスキャンダラスな作家論。