本・書籍
2022/4/17 18:00

レジェンドの「まんがの描き方」から社会運動を知る絵本まで—— 歴史小説家が選ぶ「入門・スタート」のための5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは「入門・スタート」。谷津さんが選んだ5冊を眺めつつ、あなたもなにか新しいことを始めてみませんか?

 

【過去の記事はコチラ


つい先日、お世話になっている編集者から人事異動のご連絡を頂いたばかりである。基本的に歳時記に影響を受けないのだが、取引先である出版社は一般企業、編集者のぼやきや報告から「そういえば、もう〇月か」と気づかされたりもする、世間に超然とした態度を取り切れないのが作家という稼業である。なんかふと、己の在り方が水槽の中をぐるぐる泳ぐ熱帯魚のようにも思えてきて、やるせない気分になり、じっと手を見る次第である。

 

さて、新生活の時期である。大きな変化があった方、なかった方、いろいろあるだろう。けれど、変化があった人たちに合わせ、なんとなく世の中全体が「新しいことを始めよう」みたいな殺気を帯びる季節もである。いっそ、風潮に乗ってみるのも一興かもしれない。

 

というわけで今月の選書テーマは「入門・スタート」である。

 

物語を書きたくなったあなたに

一冊目は漫画技法書から。『藤子・F・不二雄のまんが技法』 (藤子・F・不二雄・著/小学館・刊)である。『ドラえもん』『パーマン』『チンプイ』などなどの名作を生み出してきた国民的漫画家による漫画技法書である。さて、皆さん、いきなり面食らってはいないだろうか。「藤子F先生って子供向け作品ばっかり書いている方じゃないか、大人が読んで参考になるの?」と。

 

心配ご無用である。とにかく本書においては、「楽しく描くこと」、「物語作りの楽しさ」が前面に押し出されている。絵の練習が欠かせないことは前提として提示されているとしても、「好きこそものの上手なれ」を高らかに謳い上げた一冊になっている。

 

本書は漫画を描いてみたいという方はもちろん、広く「物語」を書きたい方にとって大いに参考になる本である。なので、生活の変化をきっかけに漫画や小説を書いてみたくなったという方や、物語作りを教える学校に進学なさった方の最初の一冊にもお勧め出来る一冊である。

 

社会運動について知りたいあなたに

お次は異色の絵本から。『プロテストってなに? 世界を変えたさまざまな社会運動』(アリス&エミリー・ハワース=ブース・著、糟野桃代・翻訳/青幻舎・刊)である。皆さんは社会運動についてどういうイメージをお持ちだろうか。たぶん世代によってもばらつきがあろうし、政治的スタンスによっても答えが変わってくるだろう。かくいうわたしも社会運動にはあまり関わっていない。

 

本書は、紀元前から現代まで起こり続けてきた社会運動を平易に紹介している。絵本形式で書かれていることもあって肩こりすることなく読め、人間の営みとしての社会運動に触れ、社会運動の役割について知ることができるだろう。もちろん、わたしには本書を通じて皆さんを特定の社会運動に誘導する意図は毛頭ない。だが、有史以来繰り返されてきた各社会運動がなにを願い、社会のなにを変えてきたのかを知ることは社会の成員として大事なことだ。その上で、今は関わっていないとしても、いつか、もしかしたらあなたにだって社会運動が必要になる日が来るかもしれない。その際の入門書になるだろう一冊である。

 

絵画鑑賞を趣味にしたいあなたに

お次は『名画BEST100』(山内舞子 ・監修/永岡書店・刊)である。本書はその名前の通り、世界の名画をベスト100形式で紹介する書籍である。わたしは絵をモチーフに小説を書くことがあり、それゆえに読者の方から「絵ってどうやって観たらいいかわからない」「絵を鑑賞する楽しさがわからない」というご意見を頂戴することがある。ぶっちゃけフィーリングでもいい(この絵は自分好み、自分好みじゃない、とジャッジしながら絵を鑑賞するのも決して悪いことではない)というのがわたしの基本スタンスなのだが、絵の持っている文脈を踏まえつつ鑑賞するのも楽しい。その際にお勧めできるのが本書である。

 

本書は作品や画家の来歴や生きた時代を紹介、その上で名画の位置づけを説明している。その上で要点を絞り、絵の見所を紹介しているのも特徴だ。これは一つの見方として、という但し書きのつく提案だが、画家の来歴を知ると、絵を観る楽しさが倍増する。「この作品、若書きなんだ」とか、「この絵、そんな大変な時期に描いてたんだ」と知ることで、絵を媒介にして、画家と向かい合っているような感覚に陥ることがある。

 

あんまり意識はされないが、日本人は美術好きである。毎年のように大都市では海外の画家をテーマにした大きな展覧会が開かれ、国宝級の名画が日本にやってくる。絵画鑑賞を趣味にしたい皆さんの入門書として、本書を手に取って頂ければ幸いである。

 

縄文時代を詳しく知りたいあなたに

お次は『縄文人も恋をする! ?』(山田 康弘・著/ビジネス社・刊)である。精力的に一般向け考古学書籍を上梓している考古学者による、縄文時代入門書である。副題に「54のQ&Aで読み解く縄文時代」とあるように、一般の人からやってきた縄文時代に関する質問に答えるQ&A形式となっているため、小学校の社会の授業で知識が止まっている人でも楽しく読めるハードルの低さが本書の特徴である。しかし、初心者向けの外装をしておきながらなかなかディープな知識をも扱う本であり、本書の内容をすべて理解できれば、考古学を専攻する大学二年生並の知識量になっているはずである。

 

何より本書は「考古学がどういう思考法で往時の人々の生活に肉薄しようとしているのか」を知ることができる。

 

今、世の中は幾度目かの縄文ブームである。かつて岡本太郎が縄文土器をアート的文脈で捉え直したように、ポップカルチャー的な文脈で縄文文化を捉え直し、「KAWAII」的文脈の中に取り込む動きが起こっている。いや、この動きは悪いことではないとわたし個人は考えている。文化をより豊かにする行ないだからだ。しかし、その立場に立ったとて、元ネタを知った上で取り組んだほうがより楽しいはずである。2022年現在の学問の成果を踏まえることで、昨今の縄文ブームもさらに光彩を増していくのではないか。という元考古学徒の呟きはさておき、縄文の入門書としてぜひぜひ。

 

古生物学の発展と19世紀英国の女性の社会的地位について知りたいあなたへ

最後は児童文学から。『ライトニング・メアリ 竜を発掘した少女』(アンシア・シモンズ・著、布施由紀子・翻訳/岩波書店・刊)である。本書は、イルカに似た海竜、イクチオザウルスの全身骨格を発見、発掘した実在のイギリス人女性化石採集者、メアリ・アニングを主人公にした小説である。本書、児童文学の括りの作品であるが、大人にも読んで欲しい一冊である。

 

ややネタバレになるかもしれないが、あえて書こう。本作の主人公であるメアリ・アニングは上流階級に属していない。19世紀のイギリスに男女同権の概念はない。そして、本書に描かれるイギリス社会は神学の影響が強く、進化や絶滅といった概念にも疑いの目が向けられている。父親の影響から化石を発掘し始めたメアリがその化石の正体に目を向けるようになると、様々な壁が彼女の前に立ちはだかってくるのである。

 

本書は古生物学の黎明期を描いた小説でありつつも、偏狭な時代に生まれついた一人の女性の戦いを描いた歴史小説であり、社会の軋轢に向かい合った女性のスタートラインを描いた小説ともいえるのである。

 

メアリがなにと戦い、なにに憤ったのか。本書を辿っていくうちに、現代のわたしたちにも通じる苦悩にも気づくことができるはずである。

 

 

四月は変化の季節である。

変化は常にしんどさを伴う。あまり変化のない仕事をしているわたしが言うのはなんだと思うが、それでもかつては勤め人だった経験もあり、皆さんのご苦労にある程度思いを致すことはできる。だからこそ、本というパラシュートを使ってソフトランディングをしていただきたいと心から願っている次第である。

皆さんの新生活に幸あれ。

 

【過去の記事はコチラ

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新刊は『北斗の邦へ跳べ』(角川春樹事務所)