書店に行くと、本の帯に釣られてつい買ってしまうことがよくあります。表紙側に内容をまとめたうたい文句が載っているのは普通ですが、最近の中公新書は帯の背表紙部分にも短いキャッチコピーがついています。
真面目な言い回しが多いなか、今回紹介する新書『カラー版 クモの世界 糸をあやつる8本脚の狩人』(浅間 茂・著/中公新書)のコピーには思わずクスッと笑ってしまいました。「こわがらないでね」。この一行だけ。まるでクモが語りかけているかのようです。
確かに子どものころは、怖がるどころか見かけたらラッキーくらいの勢いで、巣を揺らしたり、背中の模様をじっと眺めたりしていた記憶があります。しかし、大人になるとだんだんと気持ち悪いと思うように……。まあ、世界的ヒーローのスパイダーマンもクモですから、せっかくなので今回は怖がらずにクモの世界を覗いてみよう。そう思った次第です。
クモの研究者が教える驚きの秘密
著者の浅間 茂さんは、千葉県立高校の生物教師を経て現在は千葉生態系研究所所長。生き物と環境の関係をメインテーマに、特にクモの生態について研究しています。著書に『フィールドガイド ボルネオ野生動物―オランウータンの森の紳士録』(講談社ブルーバックス)、『カラー版 虫や鳥が見ている世界 紫外線写真が明かす生存戦略』(中公新書)などがあります。
「(クモは)非常に興味深い生きもの」「クモの世界を知ることは、私たちの視野を広げ、身の回りの環境を知ることにもつながる」と浅間さん。確かに糸で罠を作るという生態だけでも人間の想像をはるかに超えてますよね。
子に身を捧げるクモの親心とは!?
まず第1章は、クモ全般の身体構造や網の作り方などに迫っていきます。クモは体内のタンパク質から、網の横糸(粘着力あり)と縦糸(粘着力なし)、移動用の糸、獲物に巻き付ける糸などを作り分けています。コガネグモ科ならなんと7種類とか。まさに1人製糸工場ですね!
世界には約5万種、日本には約1700種が生息するというクモ。第2章以降はさまざまなクモの不思議な生態が明かされていきます。日本の家でよく見られるオオヒメグモは、軒先などに張った網から粘球がついた捕獲糸をぶら下げ、獲物を一本釣りするクモ。糸の震動で獲物が引っかかったことがわかると一気に獲物を引き上げるそうです。漁師さんもビックリのダイナミックな狩猟ですね。
読んでいて私が一番衝撃を受けたのは、日本有数の毒グモとして知られるカバキコマチグモ。世界のクモのなかでも非常に珍しい習性を持っています。ススキの葉を巻いた産室に母グモが閉じこもって産卵するのですが、孵化した子グモはその動かない母グモの体に食いつき、丸々と太って家を出ていくそう……。これは究極のすねかじりですが、ちょっとショッキングでした。
「カラー版」と銘打っているだけにページを開くごとに浅間さんが撮影した写真が挟まっているのがポイント。連続したシーンの写真も多く、リアルな生態が伝わってきます。
また、自作の紫外線カメラで撮影した写真も掲載され、人間には見えない、虫や鳥が認識しているクモの姿もわかります。人間には黄色と黒の縞模様でハチのように見えるコガネグモのお腹は、実は黄色い部分が紫外線を反射していてエサの昆虫を引きつけているとか。
「多様なライフスタイル」「驚異の能力」「食うか食われるか」と章ごとのテーマに沿って世界のクモが紹介されているため、図鑑以上にまとまりがあり、次はどんな特殊能力を持ったクモが出てくるのか楽しみになってきます。
クモとひと言でいっても、厳しい自然界で勝ち残るための生存戦略はさまざま。なんとなくビジネスや人生にも通じるところがあるなあと思ったりしました。
【書籍紹介】
『カラー版-クモの世界――糸をあやつる8本脚の狩人』
著者:浅間 茂
発行:中央公論新社
日本には1700種類のクモがいる。もともとクモは地中に生活していたが、網を張って待ち伏せするクモに進化し、さらにあちこち歩き回って獲物を捕らえるクモが生まれた。花の蜜を吸うクモ、投げ縄を放つクモ、花嫁をぐるぐる巻きに縛ったり催眠術をかけたりして交尾に及ぶクモ、我が子に自分の体を与えるクモなど、特徴ある生き方をするクモも多い。その種類から生態観察、人との関わりまで、クモの全てを紹介。カラー370点。
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。