国際ロマンス詐欺についての情報を集めていて、被害者の高齢化が進んでいるという事実を知った。世間でこれだけ騒がれているのに、簡単に騙される人が後を絶たないのはなぜなのか。
あるある的ケーススタディ集
そこで、高齢者についてよりよく知るために老年学の文献をあたり、老人あるある的なエピソードをネットで集めてみることにした。そういう中で見つけたのが、『老人の取扱説明書』(平松類・著/SBクリエイティブ・刊)という本だ。そもそも資料として手に入れたのだが、内容があまりに面白くて一気読みしてしまった。
本書の最大の特徴は、現役の眼科医である著者の平松氏が患者さんたちとの毎日の触れ合いの中で蓄積してきたケーススタディ的考察だ。リアリティあふれる考察を裏付ける資料として数多くの論文名が明記されていて、気になる論文があればネットですぐに検索できるようになっている。この使い勝手のよさは、老人だけではなく“老人に関する情報”の取扱説明書という側面も感じさせる。
問題行動への実際的な対処法
第1章 老人の困った行為
第2章 いじわる
第3章 周りが大迷惑
第4章 見ていて怖い、心配……
16項目に上る老人のよくある困った行動が、上に記した4章に分類されて示されていく。いくつかリストしておこう。
・同じ話を何度もする。過去を美化して話すことも多い
・せっかくつくってあげた料理に醬油やソースをドボドボとかける
・「あれ」「これ」「それ」が異様に多くて、説明がわかりにくい
・信号が赤に変わったのに、ゆっくり渡っている。信号が元々赤なのに、堂々と渡ってくる
・その時間はまだ夜じゃないの? というほど早起き
“あるある”な行動の原因や背景的事実が学術的に解説され、冷静で親切な対処法が示されていく。各項目の終わりの部分で「周りの人がしがちな間違い」「周りの人がすべき正しい行動」「自分がこうならないために」「自分がこうなったら」というふうに情報が整理され、要点が短文でまとめられている作りは、まさに取扱説明書。
老化の正体を明らかにする
高齢者ではない人たちには、はき違えているところがあるのかもしれない。
では、高齢者の困った行動の原因となる真実は、いったい何なのでしょうか? それは、ボケや性格によるものというよりも、老化による体の変化だったのです。真実を知れば、どう解決するべきかもどう予防するべきかも、すでに医学的に説明がつくことで明らかになります。それなのに多くの人が、その対応を間違えて問題をこじらせてしまっているのです。
『老人の取扱説明書』より引用
ならば、老人を取り巻く人々が事実を正しい形で理解すると同時に、老人本人がさまざまな要素を自分ごととしてとらえていけば、時として絶望的に感じられる乖離を防ぐための手段になるかもしれない。
この変化である「老化の正体」を知ることが、実はすごく重要なのです。知ってそれに対する対処・対応を間違えなければ、周囲は高齢者が困った行動を起こしてもイライラしなくなりますし、冷静に対処できます。高齢者自身は、思うように体が動かなかったり、周囲と上手にやりとりできなかったりすることに卑屈になることも減ります。
『老人の取扱説明書』より引用
同じ話を繰り返す人:具体的にはこうしましょう
同じ話を繰り返しする人がいませんか? 前フリから途中に挟む小ボケの内容も数も、もちろんオチまでまったく同じ。途中で遮るのもなんなので、いつも終わりまで聞く。誰でも体験したことがあるはずのこういう状況は、短期記憶能力が落ちるために生まれる。2~3回ならまだいいだろう。でも、5回以上になるとさすがに何か言いたくなる。どうしたらいいのか。
「同じ話を何度もしないで」と怒るのは最悪だ。周りの人たちは、「その話をした」ことを本人が記憶と関連付けられるような単純動作—たとえばお茶を飲むなど―を盛り込みながら聞くようにする。あるいは、時間を置かずにあえて何度も同じ話をしてもらって、本人が話したことを覚えておけるようにする。代表的な予防策は、体を動かしながら記憶と連動させることだ。そして同じ話をしがちなことを自覚したら、記憶の刷新と30分程度の昼寝をセットにするよう心がける。
知識が役に立つシーンは、やがて必ず訪れる
全ての人が介護士さんの役割を果たすわけではないので、この本の内容を完全に実践する必要はないかもしれない。それに、積極的に老人たちに歩み寄っていく姿勢に漠然とした疑問を感じる人もいるだろう。そもそもこうした知識をそれほど重くとらえることもないのかもしれない。
ジャムの蓋がどうしても開かない時にどうしたらいいか。白Tを着ていて、カレーうどんの汁が飛んじゃった時の応急処置。そういった知識と同じ熱量で接するつもりでいれば、とんでもなく役に立つシーンがあるにちがいない。
【書籍紹介】
老人の取扱説明書
著者:平松類
刊行:SBクリエイティブ
老いた親の行動に、諦めなくて済む! 高齢者の困った行動の原因となるのは、ほとんどが認知症や頑固な性格よりも、老化による体の変化「老化の正体」だったのです。本書では、この「老化の正体」と、その対処法として手軽にできる方法を、医学的にやさしく解説しています。これらを知ることで、周囲の人はイライラせずに冷静に対処できますし、高齢者本人は卑屈になることが減ります。これまでの本といえば、認知症や老人の心理にとどまるものがほとんどでしたが、体の細部にまで踏み込んだのは本書がはじめてです。