18年前、嫁がず、産まずに30歳を超えた女性たちを「負け犬」と呼び、一大論争となった本が『負け犬の遠吠え』。その著者である酒井順子がまたもショッキングなタイトルの本を書いた。『家族終了』(酒井順子・著/集英社・刊)は2019年に刊行され、この春、文庫化され再び注目を集めている。酒井さん自身が独身子ナシで、ご両親と実兄を見送り、酒井家に家族終了の鐘が鳴り響く状態になったことから書くことになったという一冊。
ふと周りを見渡すと、若者の未婚率は上昇しているし、入籍しない事実婚カップル、さらにはジェンダーの時代だから同性婚も増えている。”家を継ぐ”という感覚が薄れているのは事実。かくいう私も、長男の嫁でありながら一人娘しか産んでおらず、その娘は地球の裏側に住んでいることから、沼口家も家族終了の感は強い。他人事ではないことから、本書のページをドキドキしながらめくることになったのだ。
変わりゆく日本の家族スタイル
まずは目次から見ていこう。
1 パパ、愛してる
2 我が家の火宅事情
3 「嫁」というトランスフォーマー
4 自分の中の祖母成分
5 生き残るための家事能力
6 家庭科で教えるべきことは?
7 心配されたくて
8 修行としての家族旅行
9 呼び名は体をあらわす
10 長男の役割
11 お盆に集う意味
12 親の仕事、子供の仕事
13 世襲の妙味
14 毒親からの超克
15 「一人」という家族形態
16 疑似でも家族
17 事実婚ってなあに?
18 新しい家族
祖父母世代は「所属」することが幸福だった
かつて日本人は皆、「家を続けなくてはならない」と思っていた。幸福は家族なり地域なり会社といった所属団体に参加していてこそ得られるものだったのだ。
しかし敗戦によってアメリカから個人主義がどっと入ってきて、個人としての幸福を追求してもいいらしい、と日本人は気付くことになります。「所属」することって、実は幸福でも何でもなかったのではないか。所属って、実はものすごく窮屈なものだよね。……と、日本人の本音が漏れてくるように。かくして戦後の日本人は、見合いではなく恋愛で結婚するようになったり、女も働くようになったりと、個人としての楽しさや充実を追及するようになりました。
(『家族終了』から引用)
さらに時は流れ、令和の時代になると若者が結婚しなくなってきたことなどから、一人暮らし世帯が増えてきた。国立社会保険・人口問題研究所によると、「一人暮らし」の割合は2040年には40%近くなると予測されているそうだ。
「一人暮らし」は本当に可哀想なのか?
著者の酒井さんは、一人暮らしが増える理由としては「一人暮らしが楽しいから」というものがあるように思うと記している。特に高齢者が一人になると周囲は可哀想、寂しそうと言うが、本人は案外「気楽」なのかもしれない。ちなみに高齢者の自殺に関しては、一人暮らしのお年寄りより、家族と暮らすお年寄りのほうが、自殺率が高いというデータもあるそうだ。
知り合いの八十代独居女性も、身体の具合があちこち悪く、周囲の人々が施設への入居をすすめるのですが、彼女は絶対に受け入れないのでした。生涯独身で、一人で暮らす気楽さと自由さを大切にしている彼女は、人生の最後の時期だからこそ、「気楽」という宝物を手放したくないのです。
(『家族終了』から引用)
もちろん、独居老人の場合はもしもの時への備えは必要でもある。今後、日本では、このような「一人」という家族形態が増えていくことになるのだろう。
お盆に集う意味
この夏は2年、あるいは3年ぶりに故郷へ帰省する人も多いだろう。お盆は、ご先祖達が家に戻ってくるとされており、各地に散らばっていた家族があちこちから実家に集まりそろって供養をする大切な行事。酒井さんは、「先祖が帰ってくる」ということにしておいて、現世を生きる家族が一堂に会し、その結びつきを再確認したり、家族のありがたみを実感したり、いつまでも独身の者には居心地の悪さを感じさせて結婚を促したりするための機会が、お盆だという。つまり、お盆は誰もが「家の継承」を考える時期だったのだ。
しかし、ファミリーツリーが先細り、仏壇終い、墓終いを考えている家族が増えている時代がやって来てしまった。
葬儀や墓など、「死」の関連産業は、大きな変革期を迎えているのです。これは「家族」は大切だけれど家制度の「イエ」は息苦しい、と思っている人が多いことのあらわれではないかと、私は思います。イエを象徴する存在としての墓や葬儀ではなく、今の人達はその手の事物を、個人をあらわすためのものとして捉えているのではないか。イエを絶対的につないでいかなくてはならない旧家、たとえば天皇家などを見ていると、その息苦しさがこちらまで伝わってきそうです。
(『家族終了』から引用)
今後はお盆のあり方も、そして墓や仏壇のシステムも手軽で新しいものが導入されていくに違いない。酒井さんは、つながり要求の薄い人は増えていくような気がし、死はどんどんカジュアル化していくのではないか、と結んでいる。
この他、仕事のあとにすぐには帰宅したくなく、バーに寄ったり、ネットカフェで時間をつぶす「フラリーマン」が増えている現象と、その対策について記してある「生き残るための家事能力」の項などはとてもおもしろい。
また、「事実婚ってなあに?」の項では、ヨーロッパ諸国では、同性・異性に限らず共同生活を送るカップルが夫婦と同様の権利を得られる制度があり、その解説。そして、日本にもそのようなシステムがあれば高すぎる法律婚のハードルの前で立ちすくむ人も減り、結果、新しい家族も増えるのでは? という提案もなるほどと思えた。
酒井さん自身の経験を切り口に軽快なリズムの文章で書かれている本書は、とてもおもしろく読める。ファミリーツリーの先細りを心配している、すべての家族におすすめしたい一冊だ。
【書籍紹介】
家族終了
著者:酒井順子
発行:集英社
「家は存続させねばならぬ」と信じていた、明治生まれの祖父母。一方その孫である著者は、独身子ナシ。両親と実兄を見送り、酒井家は「家族終了」となったのでした。だからこそ見えてきたのは、日本の家族の諸問題。上昇し続ける生涯未婚率に、事実婚、同性婚、シングル家庭…多様化する家族観の変遷を辿りながら、過去から未来までを考察!激変する日本の「家族」はどこへゆく?