本・書籍
2022/5/10 6:15

本でも映画でも”男が妊娠したら?”が話題に!——『徴産制』

徴産制』(田中兆子・著/新潮社・刊)は2018年度センス・オブ・ジェンダー賞の大賞受賞作品。近未来の日本で男が子どもを産むことになるという衝撃的なフィクションなのだが、ページを開いた瞬間からハマッてしまいスイスイと一気に読んでしまった。最高におもしろかった。そして、本書を読み終えたとき、Netflixでは人気コミックを映画化した『ヒヤマケンタロウの妊娠』が世界同時配信となり、主演の斉藤 工さんが特殊メイクにより、大きなお腹の妊夫!姿になった映像に驚き、こちらも一気に観てしまった。

 

どちらも、性差の問題を深く探求していて、ジェンダーの時代にふさわしい作品だと思った。

 

徴兵制ならぬ、徴産制とは?

『徴産制』の舞台になっているのは2093年の日本。その6年前の2087年、女性のみに発症し、若いほど死亡率が高い疫病が蔓延し、10代の女性の9割、20代の女性の8割が日本から消えてしまった。人口の減少は危機的な状況となり、政府は「日本国籍を有する満十八歳以上、三十一歳に満たない男子すべてに、最大二十四ヶ月間「女」になる義務を課す」という徴産制を提案、2093年に試行されることになった。

 

本書を読み始めて、私が男女逆転の物語ですぐに思い出したのは『大奥』(よしながふみ・著)だった。こちらは江戸時代に男だけがかかる疫病により、男性の数が激減。そのため女性将軍が擁立され、大奥は男ばかりになったというストーリーだった。数ある『大奥もの』の中でその物語が強く印象に残っているのは、やはり”ありえない世界”を描いていたからだろう。

 

さて、男が子どもを産むためには女にならなくてはならないわけだが、そのあたりは本文中でこう解説されている。

 

万能細胞を利用した新薬における特許使用料で巨万の富を得たロシア系日本人医学者が創設した、ワッカナイ大学再生医科学研究所において、画期的な性転換技術の開発が成功した。これにより、大掛かりな外科手術をすることなく、可逆的に性別を変えることができるようになったのである。男性研究者が女性へ性転換し、妊娠と出産に成功、子供が順調に育っていることが発表された。

(『徴産制』から引用)

 

産役に就けば新築の家が一軒買える!

本書では産役に就いた5人の男たちの物語がケースが描かれている。まず登場するのが貧しい農村に育ったショウマ28歳のケースだ。

 

産役に就けば国から給料が支給されるうえに、自ら志願すればさらに一時金が上乗せされる。そして、もしめでたく出産できれば、このあたりなら新築の家が一軒買えるほどの報奨金が出る。

(『徴参制』から引用)

 

ショウマは家族のために志願することにした。では、産役に就くと、どういう流れになるのかがこの項では詳しく書かれているので抜粋して紹介しておこう。

 

男たちは、まず徴産検査を受ける。それに何の問題もなく合格すると、各地にある医療センターで性転換手術を受ける。そして女になった産役男たちは、こちらも日本各地に設けられた「産教センター」で4か月の合宿を行い、産事教練を受ける。それは女の身体や出産、化粧や女らしい立ち居振る舞いについて学び、女としての生活を体験する訓練。それらの行程を経て産役男たちは産役に就いていくのだ。

 

パートナーはどうやって選ぶ?

訓練を終えると卒業パーティーが開かれ、そこには40歳までの男たちが招待されている。その場で見初められた産役男はパートナー契約を結ぶことができる。パートナーの庇護の下で妊娠、出産をして無事に産役を終えることができるというわけだ。誰からも声をかけられなかった産役男は指定された地域に赴任し、指定された企業でお茶汲みなどの簡単な作業をしながらパートナー探しをする”腰かけOL”となるのだ。

 

産役男は、赴任先でパートナーを得て、妊娠することが求められる。妊娠方法は、パートナーとのセックス、あるいはパートナーから提供された精子による人工授精でも可。ただし、相手を特定しない人工授精による妊娠は、赴任して半年後でなければ認められない。

(『徴参制』から引用)

 

産役は2年間、その間によりよいパートナーを見つけようと日々奮闘する産役男たち。最終的に相手を見つけられず出産マシンのように人工授精で妊娠、出産することは彼らにとっては屈辱ではあるが、それでも子を産めればよい。最悪なのは2年間の間に出産できなかったケースだ。

 

「あの男は国のために子を産めなかった」と負け組の烙印を押され、見下され続ける存在となってしまうのだ。

 

生まれた子どもたちはどうなる?

産役を終えたら再び性転換手術で男に戻っても、女のまま生きていくのも本人の自由。また、産役男が産んだ子どもはそのまま本人が育ててもよく、また近未来の日本では同性婚が認められているので、パートナー契約の相手と晴れて結婚し家庭を築いていくこともできるのだ。産んだ子を育てたくない場合は、国に納めることになり、その子らは国立の養育施設で育っていくことになる。

 

本書の後半に登場するケースでは、養育施設で育った者の数が半数近くに増え、親という概念すら変わりつつある社会が描かれていて、それはユートピアと真逆のディストピアの世界なのだ。

 

「女」になった5人の男たちの物語

さて、この本に登場する5人の男を簡単に紹介しておこう。貧しい農村に育ったショウマ、デカくてブサイクな男が、そのまま、デカくてブサイクな女になっただけだったが、心やさしいうどん屋のオヤジと出会い、妊娠に成功する。

 

2番目に登場するのが、政治家を目指している容姿端麗なエリートのハルト。美しい産役男となったので、見初められパートナーはたやすく見つかったが、その後不妊に苦しみ、やがて捨てられてしまうことに……。

 

3番目のタケルは、産役男になったものの、慰安男として客をとらされることになってしまうというケース。

 

4番目のキミユキは4歳の娘と妻と共に暮らしているパパという立場で、産役に就くことになった。他人の子を身ごもってほしくないという妻はなんと男になる決心をするというまさに男女逆転のストーリーなのだ。

 

5番目のイズミは、子ども時代に病気で人をたじろがせる容貌になってしまい、いじめに苦しんできた過去を持つ。産役に就くと大々的な整形手術を受け、自らを鏡に映し、うっとりするような美女になる。そして産役男だけでなく、性別。年齢、国籍、人種に関係なく人と人が出会えるテーマパークを作るというプロジェクトに着手していくというお話だ。

 

女性たちが味わってきたさまざまな理不尽をつきつけられた男たちの物語。女らしさ、男らしさって何?と考えさせられる場面も多々ある。が、読んでいて痛快で、そしてどんな時も前向きに生きていこうという勇気をくれる一冊でもある。

 

【書籍紹介】

徴産制

著者:田中兆子
発行:新潮社

女になって、子を産め。国家は僕にそう命じたーー。2093年、疫病により女性人口が激減した日本で、満18歳から30歳の男性に性転換を課し、出産を奨励する制度が施行された。貧しい農村に育ったショウマ、政治家を志すハルト、知人の国外脱出を助けるタケル……。立場も職業も思想も異なる5人の男性が〈女〉として味わう理不尽と矛盾、そして希望とは。男女の壁を打ち破る挑戦的で痛快な物語。

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