SNSには、さまざまなものが映し出される。発信する側の見せたいものが、受信する側の見たいものと一致している限りは問題ない。でも、発信する側が自分の価値観を信じすぎてしまうと、本人がまったく気づかないまま、ものすごく恥ずかしいことになってしまうかもしれない。
恥ずかしいという概念
真夜中のラブレター現象がモロに出ている人生論。説得力がまったくない、イキった武勇伝。有名テーマパークのホテルで撮影した必要以上にゴージャスな写真20連投。自己満足という行い自体に問題があるとは思わないけれど、自分の価値観の汎用性を当たり前のように信じきってひたすら突っ走ってしまうのは、確実に恥ずかしい。
恥ずかしいという概念は本当に人それぞれで、笑いのツボにも似ている。絶対的なスタンダードがないので、他人と自分を比較して、あまりにもかけ離れていて愕然とすることも珍しくない。そのあたりの基準に関する具体的なヒントをもたらしてくれる図鑑的な本を見つけた。
羞恥心のスペクトラム
『恥ずかしい人たち』(中川淳一郎・著/新潮社・刊)は、思わず神経を疑ってしまう人たちをカタログ化した一冊だ。まえがきで、中川氏自身の過去の恥のインベントリーがつまびらかにされる。
42歳、酔っぱらった勢いで義憤から書いてしまったあのツイート。29歳、相手にウケていると思ってやっていた一発屋芸人のギャグのパクリ。25歳、カッコつけてプレゼンで発した英語の発音。21歳、好きな女性に対してアプローチした時の寒々しい演出……。17歳、ジーンズの裾部分をかかとのところでキュッと締め、上にくるくると巻く穿き方。
『恥ずかしい人たち』より引用
頭の中で、羞恥心のスペクトラムみたいなものをイメージしてみる。中川氏の個人的体験は、おそらくほとんどの人が思い当たるはずだ。恥ずかしいことについて語る本のまえがきの文章として、きわめてフラットな視点を感じる。恥の感覚の本質を掘り下げていく上で重要となる次のような文章もある。
恥の概念というものは、その場にいる人々との関係性において生まれるものである。
『恥ずかしい人たち』より引用
イタいコメントや恥ずかしい写真に、どれだけ多くの人間が関わるのかという話になる。
ネットで増幅する恥ずかしさ
章立てを見てみよう。
第1章 誰がこんな「多様性」を望んだか
第2章 権力と胡散臭さは紙一重
第3章 つくづくメディアはマゾ気質
第4章 「IT社長」ってあまりに古すぎないか
第5章 だから貧乏国へまっしぐら!
第6章 ネットで文句つけ続ける人生って
第7章 IT小作農からの8つの提案
中川氏は2006年にネットニュースの編集者となり、2020年8月までウェブメディア・広告業界に身を置いていた人だ。週刊新潮の連載コラムをまとめた本書を作った最大の意図は、「もうちょっと人間世界から距離を置けば?」と伝えたい気持であるという。この言葉の背景には、ネットにのめり込んでしまうとどうしても恥ずかしい人を目にしてしまうという事実と、自分自身も恥ずかしい人になってしまう可能性がある。「恥ずかしい人が多いな」なんて上から目線で思っている筆者も、いつダークサイドに落ちてもおかしくはないのだ。
恥ずかしい人の見本市
著者が「恥ずかしい人の見本市」と形容するように、本書ではバラエティー豊かな恥ずかしさが次から次へと繰り出される。第1章の「他人の外見にいちいち文句を言う人」は、近頃問題になっているルッキズムに直結するもので、ひときわ刺さった。上司に指摘され、ヒゲを剃ることになった宅配便の男性とのやりとりをマクラに文章が進む。
ドレスコードの重要性は認めるものの、正直、きちんと仕事さえしてくれれば、背広は着ないでもかまいませんし、ヒゲだってあっていいと思うのです。どうもこの世の中は「この立場だったらこの格好でなくてはいけない」といった不文律があるようで、実に気持ち悪い。
『恥ずかしい人たち』より引用
こういう論旨をポジティブな感覚で受け入れられる人なら、この本はエンタテインメントとして十分に成立するはずだ。
楽しみながら深く考えてみる
これも気に入った。猛暑傾向が強くなったここ数年間の夏、いつでもどこでも見て、聞こえてくるあのセリフ。
この「水分補給を」と呼びかける人々ってのは、よっぽど人間をバカ扱いしているのかな、なんて思ってしまいます。「喉が渇いた」という状況になれば、そりゃ、誰からも指導されなくても水くらい飲むでしょうよ。
『恥ずかしい人たち』より引用
熱中症を防ぐためには、喉が渇いてからでは遅すぎる。そういう気持ちで言ってくださっているだろうことはわかっている。でもその程度の知識なら、ごく普通の日常生活を送っていれば自然に身に着く。知らないかもしれない人たち向けの注意喚起なの? もしそうなら、「より知らない人たち」に寄せてすべてを進めていくっていうこと?
自分と他人を比較する上でも、時代の変遷と重ねてみる上でも、恥という感覚の概念を根本から、楽しみながら深く考えていくのに最適な一冊だ。
【書籍紹介】
恥ずかしい人たち
著者:中川淳一郎
発行:新潮社
今日もまた「恥ずかしい人」が増殖中。態度がエラそう過ぎるオッサン、成功者なのに不満ばかりのコメンテーター、言い訳する能力も欠けた政治家、勝手な“義憤”に駆られた「リベラル」と「保守」。その醜態はネットで拡散され、一般市民は日々呆れ、タメ息をつく。それでも反省しない、恥ずかしさに気づけない者どもをどう考えればいいか。時に実名を挙げ、時に自らを省みながら綴った「壮絶にダメな大人」図鑑。