こんにちは、書評家の卯月 鮎です。カボチャタルトに和栗のモンブラン、キノコの炊き込みご飯に焼きサンマ……。食欲の秋をいいわけに暴飲暴食が過ぎてしまったら、芸術の秋の出番です(笑)。
ピアノの演奏を聴くのが好きな友人に勧められたのが、ショパン国際ピアノコンクール(ショパンコンクール)。5年に一度ワルシャワで開催される、16歳以上30歳以下のピアニストたちが腕を競う世界最高峰のコンクールです。
オンライン配信にも積極的で、昨年2021年に開催された第18回の模様もYouTubeで視聴することができます。弾き方も音色もそれぞれ個性的。順位に関係なく、あなたの心をつかむピアニストに出会えること間違いなしです。
ピアニスト&文筆家が見たショパンコンクール
そのショパンコンクールをさらに楽しむための新書が「ショパンコンクール見聞録 革命を起こした若きピアニストたち」(青柳 いづみこ・著/集英社新書)。著者の青柳 いづみこさんはピアニストで文筆家。1990年に文化庁芸術祭賞を受賞し、1999年には評伝『翼のはえた指』で吉田秀和賞を受賞するなど、ピアノ演奏と執筆を両立させる希有な存在として注目を集めています。
若きピアニストたちがコンクールを変える!?
2021年10月に開催され、日本人ピアニストが2位と4位に入賞して大きく報じられた第18回ショパン国際コンクール。本書はこのコンクールの本戦を現地で聴いた青柳さんによるレポートとなっています。
個性派揃いで、既存の価値観をくつがえすような演奏が相次いだと青柳さん。2章から5章までは、本戦ファイナリストたちの横顔や演奏スタイル、実際に本戦ではどのような演奏だったかが語られていきます。
やはり読みどころは日本人として内田光子さん以来51年ぶりに2位入賞した反田恭平さんの章。反田さんはショパンコンクールのために6年かけて「傾向と対策」を練ったとか。ワルシャワのショパン音楽大学に留学し、肉体改造を行って筋肉と脂肪をつける。「サムライ」風に後ろで結んだ長い髪も、強い印象を与えるための作戦のひとつだったそうです。
本戦では「ピアノ協奏曲第1番」を演奏した反田さん。私も動画で視聴しましたが、豊かな音が心に響いてきました。言外にさまざまなふくみをもたせた巧みな歌いまわし、という青柳さんの評もまさにぴったり。客席からスタンディングオベーションも起きていました。
個人的に本書で知り、気になってすぐに演奏を聴いてみたのが、3位となったスペインのマルティン・ガルシア・ガルシアさん。自由なコンクールの象徴となったという彼は、鼻歌を歌いながらピアノを歌わせるように弾いていくスタイルが特徴。予選の動画では、口を動かしながらものすごく楽しそうにピアノを弾いている姿が印象に残りました。そんな彼が歌いながらピアノを弾く理由も書かれていて、なるほどと納得しました。
かねてから天才少女として名を馳せ、今回4位に入賞した小林愛実さん、東大で音声処理について研究していた経歴を持ちピアノ系YouTuberとしても知られる角野隼斗さん(第三次予選まで進出)……。読めば読むほど魅力的なピアニストばかり。このレベルになると、演奏技術だけでなく、その人のすべてが音となって表現されるのでしょう。
ピアノ演奏を聴くのが好きな人はもちろん、私のような門外漢にもフレッシュなピアニストたちの人物像がわかりやすく伝わってくる一冊。プロのピアニストが演奏のどこに着目しているかも知ることができました。青柳さんの鋭くも愛にあふれた演奏評を読みながら、ショパンコンクールの動画を楽しむ、これぞ芸術の秋を満喫する夜長の過ごし方でしょう。
【書籍紹介】
ショパンコンクール見聞録 革命を起こした若きピアニストたち
著:青柳 いづみこ
発行:集英社
5年に一度行われ、世界三大音楽コンクールで最も権威があるショパン・コンクール。若きピアニストの登竜門として有名なその第18回大会は、日本そして世界中でかつてない注目を集めた。デビュー以来“一番チケットが取れないピアニスト”反田恭平が日本人として51年ぶりに2位、前回大会も活躍した小林愛実が4位とW入賞。彼らと予選・本選を戦ったピアニストたちは、皆レベルが高く個性的で、コンクールの既存の価値観を覆すような演奏を見せつけた。これまでと大きく変わった今大会の現場では何が起こっていたのか? 音と言葉を自在に操る著者が検証する。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。