1989年10月10日、後楽園ホールで産声を上げたプロレス団体がFMWだ。大仁田厚が5万円で立ち上げた、テレビ放映のないインディー団体。スター選手は大仁田のみ。とはいえ、一度膝を壊して全日本プロレスを引退し、タレント業やほかの職業をしていた、「元」プロレスラー。体格はジュニアヘビー級だし、ファイトスタイルも派手なほうではない。
でも、このFMWがインディープロレスブームに火を点けた。異種格闘技戦(しかもプロレスvsテコンドーとかプロレスvsサンボとか)があったり、女子プロレスがあったり、まさになんでもあり。しかも試合のレベルは、かなり低い。客席からは終始ゆるい笑い声が起きているような感じだったのだが、大仁田が自分が弱いことを逆手に取り、泣きながらファンに「僕はプロレスが好きなんです!」と訴えかける涙のカリスマとなってから人気が上がり、電流爆破デスマッチで過激なデスマッチ路線をひた走る。当時大学生だった僕は、どハマりした。メジャー団体にはない泥臭さといかがわしさ、うさんくささがたまらなかったのだ。
大仁田抜きのFMW本
そのFMWの創設から伝説の川崎球場までの軌跡を追ったのが、『FMWをつくった男たち』(小島和宏・著/彩図社・刊)だ。
著者は、週刊プロレスの元記者。大仁田番としてFMW旗揚げ時から大仁田の(2回目の)引退まで、常に大仁田のそばにいて記事を書いていた。そんな著者が書くFMW本だからおもしろくないわけないのだが、この本のある1点が、さらにこの本をおもしろくさせている。
FMWの本は書くけれど、大仁田厚が主役の本にはしたくない
(『FMWをつくった男たち』より引用)
著者が、出版社からの依頼に対する要望のひとつがこれ。そして、本当に大仁田抜きのFMW本となっている。取材対象者は、すべて大仁田以外の元FMW関係者なのだ。
栗栖正伸の強さが際立っていた初期FMW
FMWの歴史をある程度知っている人にとっては、大まかな内容は想像できることだろう。ジャパン女子プロレスの話から始まり、TPGや格闘技の祭典、パイオニア戦士などなどを経て、FMWの旗揚げとなる(FMWに詳しくない人には何が何やらわからないかもしれませんね…)。
個人的にグッときたのが、初期FMWに参戦していた栗栖正伸のインタビュー。僕は栗栖正伸が大好きで、大仁田・ターザン後藤 vs 栗栖正伸・ドラゴンマスターのストリートファイトマッチが、プロレスの試合の中で5本の指に入るくらい好きだ。
また、大仁田とは有刺鉄線バリケードデスマッチ(リングの外に有刺鉄線が巻かれた板が置かれている。そこに落ちるたびに客席から悲鳴が起こる)で対戦。そのときのことを栗栖はこう語る。
当たり前じゃない! 誰があんなところに落ちたいのよ? ドーンと落ちていく大仁田がどうかしているんだよ(笑)。1回、顔から突っ込んでいったもんね。だから、大仁田は人気が出たんじゃない? そこは俺も認めているよ。政治家になったあとの大仁田厚はまったく認めてないし、バカだな、と思ったけれども、あのころのプロレスラー・大仁田厚は本当にすごかったよ!
(『FMWをつくった男たち』より引用)
確かにあの試合は、今ビデオで見ても興奮する。とにかく栗栖がリングに上がっていたころのFMWは、栗栖だけがイスをぶん回して強さを発揮していたような、そんなイメージがある。
FMWをつくった女
もう一人、おもしろいなと思ったインタビューが、FMWで広報を担当していた樋口香織だ。彼女が入社してから、FMWはきちんとした会社の体裁になっていく。彼女は選手たちの肖像権の管理や芸能の仕事を取り仕切るFMWクリエイティブに所属となった。
新しく会社を作るにあたって、本当にちゃんとしたんですよ。社会保険完備、とか。それに合わせてFMW本体も同じように仕組みを変えて、会社としてしっかりとしたものにしたんです。まぁ、普通のことではあるんですけれど(笑)。
(『FMWをつくった男たち』より引用)
本書では、彼女は「FMWをつくった女」と評されている。こういう人が一人いるだけで、会社というのは変わるものなのだなと感じた。男性メインの会社だったから、女性の目線でいろいろ仕事をしたというのもあるのかもしれない。
話を聞きたかったあの人たちはもういない
初期FMWのレスラーや関係者は、すでに鬼籍に入っている人も多い。もし、その人たちの話も聞けていたら、もっと濃い内容のものになったのだろうと思うと、ちょっと残念でならない。
FMWという団体は、道なき道をかきわけながらその歴史を作ってきた希有な存在。その生々しい歴史が垣間見える良書なので、ファンなら(元ファンも)一読する価値はあるだろう。
【書籍紹介】
FMWをつくった男たち
著者: 小島和宏
発行:彩図社
営業、広報、渉外担当、リングアナ…誰も知らなかった初期FMWの本当の物語。涙のカリスマ誕生前夜ー、主役は名もなき勇者たちだった!
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