パワハラやセクハラから始まってカスタマー・ハラスメント、アルコール・ハラスメント、そしてアカデミック・ハラスメント。日本は、いつからこれほど多くの階層のハラスメントにまみれてしまったのだろうか。それとも、そもそも存在していたものが最近になって激しく顕著化しているだけの話なのだろうか。
モラハラはオールマイティ
家庭やコミュニティ、そして会社や学校という、プライベートなシーンでもパブリックなシーンでも最も深刻なのがモラル・ハラスメントだと思う。他のハラスメントは、おかしな言い方かもしれないがTPOめいた場面の特徴みたいなものが当てはまる気がする。しかし、モラル(ここでは“自分基準の誤った道徳観”という意味)が基軸になると、これも変な言い方になってしまうのだが、オールマイティなハラスメントとなる。
そのモラル・ハラスメントをさまざまな角度と深度からつまびらかにしていく『モラル・ハラスメントの心理構造』(加藤諦三・著/大和書房・刊)という本を紹介したい。改めて思ったのだが、これはかなり根深く広く、きわめて目立ちにくい陰湿で厄介な問題なのだ。
「あなたのため」は相手を支配するための言葉
「はしがき」の冒頭には次のような文章が記されている。
最も望ましい親は子どもを愛している親である。次は子どもを愛していないが、そのことを知っている親である。最悪は子どもを愛していないのに、愛していると思っている親である。最悪よりもっと酷いのは、子どもを情緒的に虐待しながら、子どもを愛していると信じ込んでいる親である。
『モラル・ハラスメントの心理構造』より引用
加藤氏によれば、今の日本にはこういう親がたくさんいるという。もう少し読み進めてみよう。
そしてこれは親子関係ばかりでなく、夫婦関係でも同じことである。職場にもいる。公の場にもいる。それがこの本でいうモラル・ハラスメントである。彼らが持ち出してくる言葉は、つねに「あなたのため」というモラルである。
『モラル・ハラスメントの心理構造』より引用
騙されてはいけない。加藤氏によれば、「あなたのため」という言葉は相手の心を縛り、相手を支配するための言葉であり、“相手の心にかける手錠”にほかならない。
リアルで身近な問題
十分すぎるほど怖い響きで満ちた文章で綴られる「はしがき」の後は、以下のような章立てになっている。
序 章 モラル・ハラスメントの現実
第1章 モラル・ハラスメントによる悲劇
第2章 モラル・ハラスメントの特徴
第3章 モラル・ハラスメントの心理的罠
第4章 モラル・ハラスメントはなぜ危険なのか
第5章 モラル・ハラスメントとの戦い方
よく聞くようになったことは間違いないが、モラル・ハラスメントという言葉の定義を正確に理解している人はどのくらいいるだろうか。そのあたりから始まるこの本のページを繰るたびに、読む人が例外なく抱くだろう陰鬱な気持ちが深まっていく。リアルで身近な問題としてとらえるべき必要性が、これでもかと提示され続けるからだ。
「なぜ、わかりにくい人間関係なのか」「モラハラの被害者は欲求がなくなる」「モラハラで楽しむ能力を失う」「理解できない事件の裏に潜むもの」「見せかけの好意の正体」「他人の不幸を喜ぶ人」「モラハラはなぜ分かりにくいか」「感情的恐喝という手段」「ネチネチといじめて相手を放さない」……。ダークな響きの見出しが並ぶ。
フレネミー的資質とモラハラ
少し前に“フレネミー”という言葉が流行した。友達のふりをして近づいてきて、さまざまな実害を与える人を意味する。親身になって相談に乗る。常にいい人であり続ける。心を許せる相手であることを常に示し続ける。しかし圧倒的な善の仮面の裏側には、どんな形であれマウントを取り、そこをフックにしてすべてをコントロールしようという思いが渦巻いている。
モラル・ハラスメントをしかける側にいる人間のプロフィールは、フレネミー的資質と少なからずクロスオバーする。もう一度言うが、こうした人間は学校にも職場にも、コミュニティにも、そして家庭内にも存在する。フレネミー的資質を持った人間がモラル・ハラスメントという行いを通し、ありとあらゆるシーンで毒をまき散らし、増殖させるのだ。これが事実なら、自衛するしかない。
共に生きる上で接する相手を間違えないために
一番怖いのは、モラル・ハラスメント構造がいかなる形の人間関係にも当てはまるという事実だ。毒親とかヘリコプター・ペアレントとか、ママ友同士のマインドコントロールとか、さらにはあまたあるストーキングの事例まで、かなりの部分がこの本のコンセプトで説明できるだろう。ただ、そのエッセンスは筆者を含む大部分の人にとって意外なはずだ。
要するにモラル・ハラスメントの被害者と加害者の関係は、自己執着の強い人と強度の依存心を持った人の歪んだ関係である。すでに書いたように心に葛藤を持った人同士の共食いである。共に生きる上で接する相手を間違えている。
『モラル・ハラスメントの心理構造』より引用
知らず知らずのうちにモラル・ハラスメント的状況を自ら呼び込んでしまったり、共創してしまったりするケースもある。共に生きる上で接する相手を間違えたら、そこには悲劇しか生まれない。身近なシチュエーションで誰にでも起こり得る想像を超えた悲劇を避けるためにも、ぜひ目を通しておきたい一冊だ。
【書籍紹介】
モラル・ハラスメントの心理構造
著者:加藤諦三
発行:大和書房
「あなたのため」「仲良くしよう」「人間は皆同じ」は、すべて嘘!愛の言葉を持ち出し、相手を縛るモラル・ハラスメントは、人の心を弱くして、生きるエネルギーを奪うーその恐ろしい実態を解明する!