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2023/1/24 21:30

「東京」が「トーキョー」の変わるとき。外国人から見た東京とは?『異国トーキョー漂流記』

筆者が住んでいるのは、新宿・渋谷から電車で30分圏内の私鉄沿線のとある町。THEを付けたいくらい典型的な郊外なのだが、数年前から徐々に、そして目に見えて起きている変化がある。

 

 

筆者の生活圏にも国際化の波

外国から来て住んでいると思われる人たちの人口の増加が止まらない。急速に国際化が進んでいるのだ。わんこの散歩で近くの公園を通りかかると5歳くらいのブロンドの女の子が『アンパンマンのマーチ』を大声で歌っているし、スーパーではイスラム圏出身と思われる女性がレジ前に並んだ和菓子を楽しそうに選んでいる。公共料金を支払うためにコンビニに行くと、中国の方と思われる店員さんが丁寧な言葉遣いで親切に対応してくれる。そしてしばらく前から、向かいのアパートに住んでいるネパール人の家族と会釈を交わす仲になった。

 

こういう状況は六本木とか麻布、あるいは渋谷あたりに限られたものだと思っていた。しかし、国際化はTHE郊外である筆者の生活圏にもおよんでいる。

 

東京とトーキョーの境界線

異国トーキョー漂流記』(高野秀行・著/集英社・刊)は、著者高野氏が皮膚感覚で接したさまざまな場面を切り取ったエッセイ集だ。という言い方でコンセプトだけ紹介しておいて、まずは章立てを見てみよう。

 

第一章 日本をインド化するフランス人
第二章 コンゴより愛をこめて
第三章 スペイン人は「恋愛の自然消滅」を救えるか⁉
第四章 開戦! 異国人バトルロワイヤル
第五章 百一人のウエキ系ペルー人
第六章 大連からやってきたドラえもん
第七章 アリー・マイ大富豪
第八章 トーキョー・ドームの熱い夜

 

皮膚感覚という言葉には、物理的にも心理的にも近い関係に身を置いた人たちが共有した時間や空間という意味合いを込めたつもりだ。「同じ釜の飯を食う」という表現がある。そこまで距離が詰まっていないとしても、筆者は向かいのアパートに住んでいるネパール人家族と空気を共有しているのを実感している。場や空気を共有する人々の間で生まれるケミストリーの面白さ。それがこの本のテーマにほかならない。

 

外国生まれの人の眼を通して再認識できるもの

著者の高野氏は、高校生だったころにアメリカから来た女の子を連れて街歩きをしたことがあった。会話もぎこちなく、昼ご飯のチョイス—定食屋のカツ丼—も失敗に終わったが、ひとつだけ忘れられない印象が残った。

 

そのアメリカ娘と一緒にいると、見慣れた東京の街が外国のように見えるのだ。漢字と仮名とアルファベットがごっちゃになった猥雑な看板群。くもの巣のように空を覆う電線。機械のような正確さと素早さで切符を切る改札の駅員…。

『異国トーキョー漂流記』より引用

代り映えしない日常風景のひとつひとつが、“アメリカ娘”の眼に写る映像として高野氏の脳裏に投影されたのだろう。その感覚を、高野氏はこんな言い方で表している。

 

これまで毎日のように目にしていたもの、だけど何とも思わなかったものが、ことごとく違和感と新鮮味を伴って、強烈に迫ってくるのだ。

『異国トーキョー漂流記』より引用

 

 

受け手によって変わる表情

『ブラック・レイン』とか『ロスト・イン・トランスレーション』で見た映像といったニュアンスだろうか。いや、心象的には『ブレードランナー』に寄っていたかもしれない。日本に住む外国出身の人たちを通した東京はどう感じられ、どう見えるか。そういう一定した視点を通した文章が綴られていく。透過する人物のありようによって、東京はさまざまな表情を見せる。

 

「自分探し」の旅で日本に流れ着いた黄金の国ジパングを求めていたフランス人、「日本のマイケル・ジャクソン」になろうとしていたザイール人、親子三代にわたって日本と中国の間で翻弄されてきた中国人、亡命同然に流れ着いたイラク人……。彼らを通して見えるトーキョーはときに笑いが止まらないほど面白く、ときに途方もなく寂しく、ときに意味もなくいじらしい。

『異国トーキョー漂流記』より引用

 

 

生活の場がシュールな感覚で満たされるとき

そして、高野氏が“東京がトーキョーに変わる瞬間のときめき”と表現するものがちりばめられた8つの物語が綴られていく。筆者にとっては生活の場である東京を舞台にして語られるのに、シュールな場面ばかりだ。

 

私の前でシルヴィがほっそりした体をくねらせていた。身につけているのは小さなパンツ一枚である。頬は紅潮しているかもしれないが、顔も体も白一色に塗りたくっているのでわからない。

『異国トーキョー漂流記』より引用

 

え? どんな場面だよ? ああ、そうか。これが東京からトーキョーに変わる瞬間のときめきなんだ。ここで紹介したのは第一章の冒頭部分だ。どの章も魅力的な書き出しで、後の展開が全く読めない。だからこそ異国漂流というフレーズがぴたりとはまる。

 

本書に綴られている話の主人公8人は、明日乗る電車で隣の席に座っているかもしれない。東京のどこかで外国から来た人を見かけたら、本書の主人公の誰かを思い出すかもしれない。あとがきの文章はあまりにも素敵すぎて、あえてここでは紹介したくない。噛みしめるように読んで、“彼ら”を通して伝わってくるトーキョーを自分に投影していただきたいと思う。

 

 

【書籍紹介】

 

異国トーキョー漂流記

著者:高野秀行
発行:集英社

「私」には様々な国籍のユニークな外国人の友だちがいる。日本に「自分探し」に来たフランス人。大連からやってきた回転寿司好きの中国人。故国を追われたイラク人etc…。彼らと彷徨う著者の眼に映る東京は、とてつもなく面白く、途方もなく寂しく、限りなく新鮮なガイコクだ。愉快でカルチャー・ショックに満ち、少しせつない8つの友情物語。

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