こんにちは、書評家の卯月 鮎です。最近はジンにハマっていますが、以前は赤ワインに夢中な時期がありました。赤ワインは飲み慣れてくると、深みのある重さがクセになります。ワイナリーごとの特徴や、ブドウの品種・ブレンドによる味の違いもわかってきて、自分の味覚が研ぎ澄まされていくような感覚になるのが楽しいんですよね。「ワインで歴史が動いた」というのも頷けるものがあります。
ワインと歴史の関わりを解き明かす
さて、今回紹介するのはワインと歴史の関わりを解き明かしていく新書『世界史を動かしたワイン』(内藤博文・著/青春新書インテリジェンス)。著者の内藤博文さんは歴史ライター。西洋史から東アジア史、芸術、宗教まで幅広い分野で活躍しています。著書に『「ヨーロッパ王室」から見た世界史』『世界史で深まるクラシックの名曲』(いずれも青春新書インテリジェンス)、『「半島」の地政学』(河出書房新社)などがあります。
優れた哲学者はワインによって生まれた!?
第1章「古代ギリシャの民主政治とキリスト教を育てたワイン」では、古代世界でワインが果たした役割がわかります。ギリシャは暑く乾燥した気候と石灰岩でできた水はけのいい土壌により、ブドウ栽培には絶好の条件が整っていました。
古代ギリシャ人のワインの飲み方にはふたつの特徴があったそうです。ひとつは食後に水割りでワインを飲むこと。ワインをそのまま飲むのは下品だったとか。私も今度試しにワインの水割りをやってみようかと思いました。
またもうひとつは、車座になって大きな杯で回し飲みをしていたこと。この酒宴はギリシャでは「symposion」と呼ばれ、英語で討論会を意味する「シンポジウム」のルーツとなったそうです。
「ワインは理性に何ら害を与えず、快い歓喜の世界に気持ちよくわれらを誘ってくれる」とは哲学者ソクラテスは語ったとか。ワインを飲む場は知的な会話の場にもなりやすく、だからギリシャでは優れた哲学者が現れた、と著者の内藤さん。水割りワインでほどよく酔うことで政治に関する討論が盛り上がったことでしょう。
ワインが歴史の大きな転換点を担ったことが見えてくるのが、第5章「フランス革命とナポレオンの暴風が産み落としたワインの『伝説』」。フランス革命は1789年7月14日のバスティーユ監獄襲撃に始まるとされますが、実はその前に伏線がありました。
パリ市民がバスティーユ監獄襲撃の3日前に、「3スーのワイン万歳! 12スーのワインを打倒せよ!」を合言葉に入市税門を襲撃したいきさつとは……?
ワインという私たちにも身近な飲み物に焦点を当てることで、ヨーロッパの複雑で激動の歴史がわかりやすく鮮やかに伝わってきます。各章ごとにゆかりある有名ワインが写真とともに紹介されるコラムも、ワイン好きには嬉しいところ。お酒のうんちく、歴史のうんちくが上手いバランスで混ざり合っています。
読みやすい文章でぐいぐいいけるのに歴史の深さにも触れられる、本書はたとえるなら質のいいカジュアルな赤ワインのよう。タンニンの苦みは人を知的に、あるいは瞑想的にさせると内藤さん。ワインを飲みながら歴史本を開く、そのマリアージュは格別でしょう。
【書籍紹介】
世界史を動かしたワイン
著:内藤博文
発行:青春出版社
世界史、とくに西洋の歴史はワインとともに発展してきた。古代ギリシャの民主政治と哲学を育んだのはワインであり、ローマ帝国の版図拡大にワインは欠かせないものだった。フランス革命の直接の起因はワインの高い税金への恨みでもあった。そんな世界史とワインの切っても切り離せない関係を明らかにした、読むほどに教養と味わいが深まる魅惑のヒストリー。現在でも手に入る歴史を動かした名ワインも写真付きで紹介。
楽天koboで詳しく見る
楽天ブックスで詳しく見る
Amazonで詳しく見る
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。