筆者は独り言が多い。何かに対して毒づくときも、ほとんどの場合は言葉に出して言う。奥さんへのちょっとした文句もそうしてしまうので、思わぬタイミングでピックアップされ、決して要らなかったはずの言い合いに発展することもある。
アサーティブネスの形
筆者はアサーティブネス(自他を尊重した自己表現もしくは自己主張)を意識することが多いのだけれど、この概念を日々の暮らしの中で実践していくのはなかなか難しいことを知っている。ただ、言葉にできそうでできない思い—往々にしてネガティブな資質のものが多い—を抱え込みながら自分から折れることを繰り返していてよいわけがない。そういう思いは、きちんとした言葉として口にして、体の外に出さなければならないはずだ。
でも、独り言であれ目の前の誰かに向けるものであれ、ストレートな感情をそのまま言葉にしてぶつけるのも大人げないと感じてしまう。少しであっても弱毒化して、きれいに排出する方法はないだろうか。筆者と同じこんな思いを少しでも感じたことがある人に、ぜひとも読んでいただきたい本がある。
毒を吐くならエレガントに
『エレガントな毒の吐き方』(中野信子・著/日経BP・刊)は、ひとこと言い返したい思いに応えてくれる一冊だ。しかも、ただ言い返すだけではない。関係性を壊したくない人を相手にしたシチュエーションに特化したノウハウを授けてくれるのだ。絶対的な軸として据えられているのは、京都(しかも洛中と呼ばれる中心部)に住む人々のコミュニケーション法にほかならない。それは、こういうことだ。
不快なことを見聞きすれば不愉快ですし、イヤなことをされたら気分が悪いのは当たり前のこと。その当たり前のことを、無視したり、抑圧したりして、なかったことにするのではなく、「エレガントな毒」として昇華しながら、自分の心も相手との関係性も大切にマイルドに扱っていこうという知恵が、京都人たちのイケズの中にはあるように思います。
『エレガントな毒の吐き方』より引用
そうそう。筆者が必要としているのはまさにこういうことなのだ。ならば、意識すべきは思いを弱毒化して排出するのではなく、昇華のプロセスを考えていく方法ということになる。
実践的な流れ
章立てを見てみよう。
1章 NOを言わずにNOを伝えるコミュニケーションが今こそ必要な理由
2章 [シチュエーション別] エレガントな毒の吐き方を京都人に聞きました
3章 「困った」「イヤだ」を賢く伝える7+3のレッスン
4章 科学の目でみる京都戦略
5章 ブラックマヨネーズに聞く! 京都人の驚異の言語センスと笑い
筆者はすぐに結論を知りたいタイプなので、まずは解決法と実践編である2章と3章を一気に読み切った。その後1章に戻ってから4章に進み、5章でまとめるという流れで読んでみた。筆者のようなちょっとクセのあるタイプの読者にも対応していただけている作りは、とても親切だ。
Q&Aでバーチャル体験
2章は例題演習といった趣で、さまざまなシチュエーションにおけるQ&Aで構成されている。
Q1 関係がそれほど深くない人から、無理な依頼をされて断りたい。どのように返す?
①「今、いそがしいのでごめんなさい」
②「いえ、うれしいですけどちょっと。もっと合っている人を探しましょうか?」
③「けったいな人やなぁ」『エレガントな毒の吐き方』より引用
もうひとつ。
Q4 忙しいのに、訪問客が長居して帰ってくれない。どう伝える?
①「このあと、用事があるんですよ」
②「さ、長いこと付き合わせちゃってすみません。お忙しいのにありがとう」
③「あんた、今日はぶぶ漬け狙ってはるんか?」『エレガントな毒の吐き方』より引用
それぞれのベストチョイスとその理由は本書で確かめていただきたい。また、第3章ではやんわりはっきり、そして賢くNOと伝える方法を教えてくれる。これって、まさに筆者が理想とするタイプのアサーティブネスじゃないか! 紹介されているレッスンは7つある。
①「褒めている」ようにみせかける
②「(遠回しな)質問」で相手自身に答えを出させる
③自分を下げる「枕詞」を入れて断る
④オウム返し質問で受け流す
⑤証拠のない第三者を引っ張り出す
⑥知っておくと便利な4つのキラーフレーズ
⑦褒められて居心地が悪いときは「受け入れて、流す」
上級編も準備されているが、それは7つの基本レッスンをしっかりこなしてから取り組みたい。
新しいロードマップ
東京と京都のコミュニケーションの質の違いを、「世界におけるアメリカ、日本における東京」というスケールに置き換えて見せてくれるのも興味深い。5章では、語られてきたすべての内容を京都人であるブラックマヨネーズに落とし込んで、お二人の実体験から検証できるようになっている。
この本は、アサーティブネスに関しての明確なロードマップとなってくれる。モヤモヤしているだけの自分にはさよならして、エレガントに毒を吐きまくろう。日常生活で、「自分がこの場さえ我慢すれば」と感じる場面も確実に減っていくはずだ。
【書籍紹介】
エレガントな毒の吐き方
著者:中野信子
発行:日経BP
脳は、「打ち負かしたい」「論破したい」ものー冷たくざらついた本音を言って、傷つけ合うコミュニケーションをとるのではなく、あたたかくやわらかな嘘で相手をしずかに見下し、思いやりながら距離をとる。そうすれば、事情が変化した、まさにその時、切らずに、あいまいな形で塩漬けにしておいた関係性を、コストもリスクも最小限に抑えた形で再構築できるはずー。NOを言わずにNOを伝える“大人の教養”を、一緒に身につけてみませんか。