こんにちは、書評家の卯月 鮎です。私はファンタジーの書評をメインにしていますが、ミステリーの紹介を頼まれることもあり、話題のミステリーには目を通しています。
孤島だったり、雪山の山荘だったり、ゴシックな館だったり……。ミステリーの舞台はどこかファンタジーに近く、独特の空気感が漂っています。いつか孤島の別荘でも買って、ミステリーに耽る夏を過ごしたいものです。いや、この夢は危険ですね(笑)。
エラリー・クイーン研究の第一人者が解説
今回紹介する新書は『密室ミステリガイド』(飯城勇三・著/星海社新書)。著者の飯城勇三さんはミステリ評論家・翻訳家。特にエラリー・クイーン研究の第一人者として知られています。『エラリー・クイーン論』(論創社)、『本格ミステリ戯作三昧』(南雲堂)、『数学者と哲学者の密室』(南雲堂)で本格ミステリ大賞・評論部門を三度受賞。星海社新書から『エラリー・クイーン完全ガイド』を刊行しています。
密室という小宇宙の魅力
本書は密室ミステリーの名作50作を歴史順に追うというブックガイド。そこに大きな工夫が加わえられています。
前半の第一部は「問題篇」として、密室の概要と見取り図、作品のあらすじと解説が見開き2ページにまとまっています。名探偵のあなたなら、これだけでトリックを見破ってしまう……というのはさすがに無理でしょうが、どのような仕掛けが施されているのか、あれこれ考えられる作りになっています。
密室ミステリーの幕開けは、元祖推理小説でもある『モルグ街の殺人』(エドガー・アラン・ポー)。パリのモルグ街で起きた母娘殺人事件。現場となったアパートメントの4階にある2室は施錠され、表側の窓からは誰も出ていないことが証言からわかっています。そして裏側の窓は内側から釘付けされていました……。果たして密室の真相は?
『ニッポン樫鳥の謎』(エラリー・クイーン)、『本陣殺人事件』(横溝正史)、『すべてがFになる』(森博嗣)……など、海外20作&国内30作の計50作は傑作揃いで、本好きならば読んでいる作品も多いでしょう。それでも改めて、その密室構造の秀逸さに注目させられます。思えば『姑獲鳥の夏』(京極夏彦)は登場人物たちのクセある存在感と妖怪談義に魅了されっぱなしでしたが、ある種の密室ものでもありました。
装置といえる大掛かりなものから、ごくシンプルなトリックまで、密室の歴史をたどりながら比べることで、また違った景色が見えてきます。
そして第2部は「解決篇」。なんとネタバレありで、その密室トリックがいかに優れているかが解説されていきます。
コラム「密室はどう作られる?」「密室はなぜ作られる?」も読み応えがあり、次点50作リストも短評付きでミニガイドとして役立ちます。何しろ、密室トリックを含む各作品の本質的な面白さが見開きにギュッと閉じ込められていて、パラパラめくれる気安さと中身の濃さには脱帽です。
現実世界には密室殺人はほとんどないでしょう。密室とは現実から切り離された異世界であり、部屋というほぼ最小単位で構成されたエレガントな小箱。それを作り出しているのが犯人であり、異世界というタブーを阻止するのが探偵である。密室ミステリーの犯人が魅力的に思えるのも、これが理由かもしれません。
【書籍紹介】
密室ミステリガイド
著:飯城勇三
発行:星海社
〈密室〉の独奏と変奏の歴史を辿る本格ミステリガイド!
密室ミステリ、それは本格ミステリというジャンルにおける最長・最大のテーマです。先行する作家が生み出した密室トリックをジャンピングボードとし、後続する作家が更なる斬新なトリックやバリエーションを追究するーーその連鎖により、古今東西で数多の密室ミステリの傑作が生み出されてきました。本書では、密室の独創と変奏の歴史を確かめるべく、『モルグ街の殺人』から始まる海外20作+『本陣殺人事件』から始まる国内30作の密室ミステリ・ベスト50をセレクト。問題篇ではネタバレなし・すべて図版付きで紹介し、解決篇ではネタバラシして考察します。新たな〈密室〉の可能性を切り拓くため、密室の歴史をこの本と共に駆け抜けましょう!
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。