こんにちは、書評家の卯月鮎です。飲食店で「お客様は神様です」なんて言葉をしばしば耳にしますが、神話やファンタジーが好きな私にはどんな神なのか気になります(笑)。「お客様は仏様です」とは言わないわけで、この”神様”には崇めるだけの神ではなく、人の意のままにならず、時に試練を与える存在、そんなニュアンスが含まれている気がします。神も祟り神、疫病神、貧乏神といろいろ。できれば福の神と思われたいですね(笑)。
南インド料理店総料理長の食エッセイ
さて、今回紹介する新書は『お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音』(稲田俊輔・著/新潮新書)。著者の稲田俊輔さんは料理人、飲食店プロデューサー。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けています。近年は食についての文章も多く発表。著書に『おいしいものでできている』(リトルモア)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』(柴田書店)などがあります。
「客」は「お客様」と呼ぶべきか?
料理人であり、飲食店プロデューサーであり、食に関するエッセイストとしても注目される稲田さんが、食の現場で体験した印象的な出来事を考察していく、ウェブマガジンの連載をまとめたエッセイ。
第1章「お客さん論」の冒頭は、飲食店での”客”の呼び方についてです。25年以上前のこと、お店の裏では「客」と呼ぶのが当たり前だったなか、稲田さんが新しくバイトで入った創作居酒屋は違いました。常に「お客様」と呼ぶ、それが鉄の掟。入店した日、先輩たちが「ああいうお客様はマジ勘弁してほしいわ」と、グチすらも「お客様」を貫いていたため、稲田さんは「すごいところへ来てしまった」とたじろいだそう。
その店は新興の会社が運営しており、幹部は異業種のメンバーだったため、顧客目線の徹底した接客の大事さをわかっていたのではないか、と稲田さん。
ただ、現在はお店とお客さんの関係性はもっと対等で、かつ何にも縛られないほうがいいという思いが強まっているため、本書では「お客さん」という言い回しを用いているそうです。
個人的に私が勇気づけられたのは、「ひとり客のすゝめ①――店は歓迎してくれるのか?」。これもよく議論される話題です。お店側の立場からいうと、おいしい料理を目当てに来てくれるひとり客はむしろうれしい存在だとか。
しかも、ひとり客は料理をたくさん楽しんでくれるので客単価が高く、おしゃべりに夢中なグループ客よりも在店時間が短めで、ビジネス的にもありがたい、と稲田さん。今度気になったお店があったら、勇気を出してカウンターに座ってみたいと思います。
コース料理が受難の時代を迎えている理由とは? 代替わりをして味が落ちたという評判は本当か? 居酒屋で水だけしか頼まないのは是か非か? 稲田さんが自身の経験をもとに答えを見つけていきます。
普段はあまり知ることのできない、”中の人”の視点は新鮮。言い回しは柔らかく、それぞれのエッセイにはオチもついていて、ふわっと温かい読み味。そのあたりは稲田さんの人柄でしょう。飲食店という場をより楽しむための提案にもなっています。
食べ物を前にすると、お客さん、料理人、オーナーに限らず、誰でもその人の価値観が露わになる。これが食の力かもしれません。
【書籍紹介】
お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音
著: 稲田俊輔
発行:新潮社
「客商売」にドラマあり! レストランは物語の宝庫だ。そこには様々な人々が集い、日夜濃厚なドラマを繰り広げている――。人気の南インド料理店「エリックサウス」総料理長が、楽しくも不思議なお客さんの生態や店の舞台裏を本音で綴り、サービスの本質を真摯に問う。また、レビューサイトの意外な活用術や「おひとり様」指南など、飲食店をより楽しむ方法も提案。食にまつわる心躍るエピソードが満載、人生の深遠を感じる「客商売」をめぐるドラマ!
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