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「口は災いのもと」「キジも鳴かずば撃たれまい」。そんなことわざがあるように、日本では語らないことに重きを置く傾向があります。といっても、上に立つ者は自分の考えを表明しないと周りはなかなかついてこないもの。そういえば、説明不足と言われ降ろされた総理大臣もいたような……。
海外では演説が非常に重要視され、著名な政治家には専門のスピーチライターがいるというのはよく聞く話です。人の心を動かす演説は、ちょっとした魔法のようなもの。ファンタジー好きの私には、言葉で時代が変わるという現象にゾクゾクします(笑)。
説明力抜群のコンビが名演説を丸裸!
さて、今回紹介する新書は『世界を動かした名演説』(池上彰、パトリック・ハーラン著/ちくま新書)。
著者の池上彰さんは、説明不要の人気ジャーナリスト。2005年にNHKを退職して以降、テレビ、新聞、雑誌、書籍、YouTubeなど幅広いメディアで活躍しています。
パトリック・ハーランさんは芸人、東京工業大学非常勤講師、流通経済大学客員教授。お笑いコンビ「パックンマックン」のパックンとしてもおなじみです。現在は「報道1930」「めざまし8」でコメンテータを務めるなど、報道・情報番組にも多数出演しています。
チャーチルが使ったテクニックとは?
本書は、20世紀半ば以降の15の名演説を著者の2人が対談形式で解説したもの。解説のあとには、演説の原文(英語の場合のみ、一部抜粋)と日本語訳の要約も掲載されています。
最初に取り上げられた演説は、1940年6月4日に英国下院議会で行われたウィンストン・チャーチルの「我々は戦う。岸辺で、上陸地点で、野原で、街路で、丘で」。第2次世界大戦時にイギリス軍の負け戦を勝ち戦に転換させた名演説です。
まず、池上さんが当時の英国の状況を説明してくれます。ナチス・ドイツ軍の侵攻がベルギー、フランスへと進み、フランス軍を支援するために大陸に送られたイギリス軍が屈辱的敗北を喫し、ヨーロッパ本土からの撤退を行う直前だそうです。この演説によって国民は鼓舞され、その後の長い空爆にも耐えられたといいます。
一方、パックンは英語を母語とする話者として、この演説のどこにグッとくるのかを解説してくれます。
演説の序盤で、ドイツが噴火した(eruption)という激しい表現に続けて、swept(押し流す)、sharp(鋭い)、scythe(鎌)と同じsの音が3回繰り返されます。「最初の音の韻を踏むアリタレーションという手法ですが、この響きの良さといったらないんです」とパックン。
英語のテクニックが駆使され、聞いているほうはワクワクしてくる、という感想も。日本語訳だけではわからない演説の技法と、それがもたらす魔力。内容以外に注目した解説はとても勉強になります。
池上さんもパックンもわかりやすく説明する力に長けているため、演説の要点がすっと掴めるのが本書のいいところ。それを頭に入れたうえで各演説を読めば、”世界が動いた”理由も納得できます。まさに、名演説のガイドブック!
演説内容はビジネスや日常会話のヒントにもなりそうですし、英語の勉強にもプラスになるでしょう。もちろん激動の20世紀を演説を中心に振り返る歴史本としても読み応えあり。それぞれの名演説の音声は動画サイトにアップされていることも多く、本書を読みながらチェックするとさらにわかりやすくなります。歴史を変えるのは、お金でも、武力でもなく、言葉なのかもしれません。
【書籍紹介】
世界を動かした名演説
著:池上彰、パトリック・ハーラン
発行:筑摩書房
そのとき歴史が動いた。時代を揺さぶった言葉とは。現代史に残る15本の演説を世界情勢、表現の妙とともに読み解く。知っておきたい珠玉の名言と時代の記録。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。