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スタートアップ
2016/10/19 13:00

21世紀のハサミ、“スマートデバイス”を活用して生きる力を育む「スマートエデュケーション」

五反田スタートアップ第4回「スマートエデュケーション」

 

iPadの中で動き回るユニークな“あおむし”。画面に触れてりんごを落として餌を与えたり、ときにはあおむしと一緒に遊んだり。ベストセラー絵本の「はらぺこあおむし」をインタラクティブな3D絵本へと発展させた「わたしのはらぺこあおむし」をはじめ、「おやこで やったね!できたね!アンパンマン」など数々の知育アプリを提供しているのが「スマートエデュケーション」だ。

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↑スマートエデュケーションが配信する「こどもモード」アプリ内で圧倒的な人気を誇る「わたしのはらぺこあおむし」の主人公

 

五反田を拠点とする企業にフォーカスし、起業のきっかけや五反田という地域についてインタビューしていく「五反田スタートアップ」連載第4回目は、株式会社スマートエデュケーションの代表取締役・池谷大吾氏に話を伺った。

 

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↑株式会社スマートエデュケーション代表取締役・池谷大吾氏

 

リアル子育てから気付いたスマートデバイスの可能性

――まず、スマートエデュケーションを起業して知育アプリの提供を始めたきっかけを教えていただけますか。

池谷大吾氏(以下、池谷)僕がいたサイバーエージェント・グループは起業家を輩出しやすい風土があり、役員にまでなりましたが気づけば35歳。社内で新規事業を立ち上げるという選択肢もありましたが、株式を取得する、つまりゼロから起業したいと考えるようになり、会社を辞めました。

 

それまで非常に忙しい毎日を過ごしていて、子育ては妻に任せっきりの、いわゆる「悪いパパ」でした。ところが、突然ノープランで仕事をやめてしまった。やることがないので、毎日家でゴロゴロしながら子どもたちの面倒を見ていました。

 

子どもたちは僕のiPhoneをペタペタと触りながら、気づくと難しいカードゲームのルールをすんなり覚えていました。それが、スマートフォンやタブレットを含むスマートデバイスが教育に役に立つんじゃないか、ということの気づきでした。

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↑「スマートデバイスの正しい使い方を教えれば、子どもたちの能力を伸ばす道具になる」と語る池谷氏

 

アプリなら、子どもには難しいカード切りや配る手間はないし、次に出せるカードをガイドしてくれる。子どもに足りない体力や器用さを補うものになる、と感じたんです。

 

ここで「スマートデバイスを子どもに触らせるのはちょっと……」という批判が出るかもしれませんね。日本では、知らないものに対するネガティブな見方が根強いですから。でも、“21世紀のハサミ”だと僕は考えているんです。

 

ハサミだって使い方によっては人を傷つけられます。飛行機に持ち込めないのもそのためですよね? でも、保育園、幼稚園で正しい使い方を教わるから、子どもたちは危険な使い方をしない。それと同じで、スマートデバイスにも良い面、悪い面があって、その使い方を学んで正しく使えば、最高の道具、教育に役立つ道具になるんじゃないでしょうか。

 

ちょうどサイバーエージェント・グループを一緒にやめた仲間も同じくらいの年齢で、ならばこれからを担う子どもたち向けの事業がいいんじゃないか、ということで始めたんです。

 

 

20世紀型教育に足りなかった「生きる力」の学び

――教育について、専門的に学んでいたとか、そのようなことは……

池谷 全くありませんでした。実際の子育てに根ざした経験から生まれたものですね。むしろ、「教育」についての下地がなかったからこそ、こういう発想が生まれたのかもしれません。

 

日本の20世紀型教育って、数値で見える化されているもの重視ですよね。なので、5教科などテストで点数を測れるものが重視される。偏差値や進学率、就職率なども同様です。

 

僕なんかも新卒で、いわゆる大企業に就職しましたが、それ以外に道はないと思っていました。いま思えば、学生のうちに起業している人もいたんですけどね、そういう人たちはアウトローのような気がしていました。でも、そんなことはなかったんです。大学卒業後の道は就職だけではなく、自分で仕事を作り出すこともできたんです。

 

生活の糧を得る仕事を見つけるのは、いわば「生きる力」。でも、学校ではそういった選択肢があるということは教えてもらえない。なぜなら“数値化”できないからなんですよね。

 

そこで僕たちは、すでに確立されているものではなく、「生きる力」を養うための教育による20世紀型教育の補完を目指しました。それまで教育に興味を持っていなかったからこういうことを始められたんじゃないかな、という気がしています。

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↑いわゆる5教科ではなく、生きる力を養うような資料が並ぶスマートエデュケーション社内の本棚

 

 

――「教育についての既成概念がなかった」というのは1つのキーワードになりますね。ところで、現在ではどのようなサービスを提供していらっしゃいますか。

池谷 2011年6月の起業直後からスマートデバイス向けの知育アプリ「こどもモード」を土台としたサービス展開をしています。これは未就学(0~6歳)のお子さんが対象ですね。また、アプリでいえば2016年4月から大手スーパーなどタッチポイントのあるところに優良知育アプリをパッケージした「egg」を置いて販売しています。

 

別の展開に、「こどもモード」を気に入ってくれた幼稚園の先生からの発案で、園児向けIT活用教育プログラム「KitS(キッツ)」があります。これは、園児が1人1台のiPadを活用し、発想力やチームワーク力を養うプログラムです。子どもたちはアプリも使いながら、お友達と様々な活動を行い、その結果をプレゼンテーション。先生はそれをサポートする側にまわります。

 

――えっ? 幼稚園児がプレゼンするんですか?

池谷 はい。先生が上から「これをこうしなさい、ああしなさい」と押さえつけてしまうのは、言い方がきついかもしれませんが、軍国主義教育のようなもの。先生たちは確かに「今まで」を生きてきたかもしれませんが「これから」のことはわかりません。僕たち大人は2020年までのビジョンは持っているけど、今の子どもたちが社会人デビューする2036年のことはわかりません。

 

ならば「これから」を生きて作る子どもたちの発想に任せるのがいいんじゃないかな、という考えに基づいています。

 

実際、先生が介入しないことで、子どもたちの自由な発想はとどまることなく開花しています。発達差のため、心の中にはアイデアがあるのにそれをうまく具現化できず、じっとしていられない、という子どももいます。でもITがあればそれを底上げできます。手先の器用さや体力に関係なく、自分の頭の中にあるものを形にできる。1人で作り上げたり、仲間とディスカッションした結果を大きなディスプレイに映して発表したり議論したりしてさらに次なる発想へとつなげていくことができるんです。

 

――なるほど。KitSを開始されてから現在までの道のりを教えてください。

池谷 提供をスタートしたのは2014年度、2つの園が取り入れてくれました。2016年度では20園以上にまで増えています。

 

幸い、導入幼稚園の園児を持つお母さんたちからの反応がよく、全国からお問い合わせをいただき、僕たちがそれら幼稚園を訪問してはKitSでの学習の進め方などを実演しています。

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↑問い合わせのあった場所であれば、全国どこへでも飛んで行き、カリキュラムの進め方を実演する。園児たちが全力で楽しんでいる様子が印象的だ

 

このカリキュラムは21世紀型スキルのため完全オリジナルですが、偏らないよう、アドバイスを受けつつ作成しています。

 

――「教育」に関することだと苦労も多そうですが……。

池谷 一度使っていただければ、この良さを理解していただけるためか、対ユーザーでは特にないですね。でも、良さが分かるまでに時間がかかるものであるというのも事実です。

 

事業計画通りにいかず、資金がショートしかけたこともありました。いよいよダメか……と思ったとき、サイバーエージェントの藤田(晋)社長が話を聞いて、「こういう事業は有意義だよね。でも、時間がかかりすぎてうちではやりたくてもできない。ゆっくりじっくり飽きずにがんばってほしい」と投資してくれました。自分たちが信頼されている、感じると同時に最高の褒め言葉をもらえたなと。

 

――現在のマネタイズモデルはどのようになっているのでしょうか。

池谷 こどもモードは月額制アプリ、KitSも幼稚園規模に応じて月ごとの利用料をいただいています。これは、常に最新のカリキュラムを届けるためでもあります。

 

 

【五反田企業編】オフィスにお金をかけるより開発資金とサラリーの多い方がいい

――では、いよいよ五反田編に入っていきます。御社が五反田にオフィスを構えた理由を教えていただけますか。

池谷 実は、渋谷、目黒、恵比寿が候補に上がっていて、少なくとも「五反田はないな」と考えていました(笑)。

 

僕たちが重視したのは快適に働くこと。狭いオフィスにお金をかけるんだったら、安くても広いところで仕事して、開発資金やもらえるサラリーが多いほうがいい。そう考えたとき、賃料の抑えられる五反田が急に浮上してきまして。

 

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↑「サイバーエージェントが渋谷だったので、『五反田はないだろう……』と考えちゃってたんですよね」と池谷氏

 

――実際、五反田を拠点にされて良かったことはありましたか。

池谷 便利ですよね。当社からだと山手線に5分で乗れます。機動力が高いのがいい。また、こういう事業内容のため、在宅ワークを認めているんですが、何かのことで会社や家を往復しなければいけないときでもやはり便利だなぁと感じます。住めば都ですね(笑)。

 

――良かったです(笑)。飲食店も多いのですが、よく行かれるお店を教えていただけますか。

池谷 すっと入れて当り障りのないところが好きで、ランチには「いづみや」というそば屋をよく利用します。で、カツカレーを食べる。僕が食べていると、入ってくるお客が次々にカツカレーを注文するのが面白くて(笑)。

 

――においにつられて注文してしまいそうです。夜はいかがですか。

池谷 僕ほら、普段、全国を飛び回っていて家族に迷惑かけてるでしょ?だから、こっちにいるときはできるだけ家で食べるようにしているんですよね。

 

でも、仕事関係で行くなら、お刺身が大ボリュームの「酒田屋」、あと「はっぴい亭」も利用しますね。

 

――五反田には今後もいてくださいますか。

池谷 そうですね、よほどのことがない限りここで仕事を続けていきたいですね。

 

――コラボしたい企業がもしありましたら、教えてください。

池谷 実はね、もうコラボしているんですよ、学研さんと。

 

20世紀型ではなく21世紀型の教育を、と言っていますが、既存の教育ももちろん重要なので、できれば融合させたいと考えています。僕らが起業したのは2011年。タッチポイントもなければまだまだ歴史も知名度もありません。それに比べれば、学研やベネッセはこれまで長いこと「きちんと」やってきて、その結果が日本の教育の高水準だと思っています。

 

そこを尊敬しながら、一緒にやっていければな、と考えています。

 

――では最後に、今後のビジョンについてお聞かせください。

池谷 教育をテーマに事業をしているので「今後は対象年齢を上げていくんですか」と聞かれることもありますが、それは目指していません。

 

僕たちが目指しているのは言葉を使わずに済む教育。アイデアやスキル、人の根本にある能力を引き出すものなんです。なので、世界中の子どもたちに使ってもらえるもの、ということですよね。

 

そして将来、子どもたちが成長してから「こどもモードで勉強したのはいい思い出だよね」と言ってもらえたら最高ですよね。

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↑カリキュラムを終えた園児たちから贈られたメッセージ。KitSで学んだ楽しさが伝わってくる