ビジネス
2022/5/18 19:15

太陽光の欠点を「2つの電池」でカバー。 工場を「再エネ」だけで動かす世界初の仕組みとは?

世界的な潮流である脱炭素化。化石燃料に頼らない、再生可能エネルギーへのシフトが加速しています。再生可能エネルギーには、太陽光、風力、水力、地熱といった種類がありますが、取り出せるエネルギーの量が安定しない、発電量が少ない課題があります。たとえば太陽光発電では、天気の良い日にしか、十分な電力を得ることができません。

 

この記事では、太陽光発電の欠点を克服すべく、パナソニックが新たに開発したソリューションを紹介。その取り組みとは、太陽電池に純水素型燃料電池と蓄電池を組み合わせることで、安定した自家発電を行えるようにしたというもの。3つの電池が連携した自家発電により、再生可能エネルギーのみで工場一棟ぶんの電力まかなうという、世界初の試みを取材しました。

 

↑ズラリと並ぶ太陽光パネル。その奥にあるのが純水素型燃料電池です

 

フル稼働できない太陽光発電を水素エネルギーでおぎなう

自家発電施設「H2 KIBOU FIELD」があるのは、パナソニックが多くの工場を構える滋賀県草津市。家電など、同社が誇る製品を多く製造しているこの草津拠点の一角に、太陽光パネルがズラリと並んだスペースがあります。外見上は、波打つように設置された太陽光パネルが目立っていますが、施設の主役はひとつだけではありません。それが、純水素型燃料電池と水素を貯蔵する大型タンク、発電した電力を一時的に保存する蓄電池です。

↑発電の効率を高めるため、太陽光パネルは東西に波打つように設置されています。その総数は1820枚。奥に見える数字は、写真撮影時点での発電電力(太陽電池と純水素型燃料電池の合計)

 

H2 KIBOU FIELDで発電した電力を消費しているのは、施設の近隣に立っている燃料電池工場です。家庭用燃料電池「エネファーム」などを製造しているこの工場が消費する電力は、ピーク時で680kW。一方、自家発電設備がフル稼働した場合の発電量は1065kWで、その内訳は太陽光が570kW、残りが純水素型燃料電池の495kWとなっています。

 

この数字だけをみると、自家発電施設の発電量には、かなりの余裕があるように感じられます。しかしここで強調したいのは、「設備がフル稼働した場合」という点です。太陽光発電が十分に稼働できるのは、天気が快晴のときに限られます。

 

しかも、570kWのフルスペックが発揮されるのは、快晴の夏至の日くらいだそう。太陽光発電で実際にまかなえる電力は、年間で見たら工場が消費するうちの20%がやっと。そのため、残りの80%を補完する存在が必要になります。

↑同施設の管理棟では、発電と電力消費の状況が常にモニタリングされています。取材当日は曇りだったので、太陽光による発電電力はフルスペックの約7.5分の1にとどまっていました。なお、発電量の数値の合計と需要量が釣り合っていない理由は、同社担当者曰く「デモンストレーションとして純水素型燃料電池の稼働数を増やしているから」だそう

 

そこで活躍するのが、純水素型燃料電池。この電池は「純水素」の名の通り、水素だけをエネルギーにして発電します。水素と空気中の酸素を反応させて電気を作る際に排出されるのは水だけであるうえ、発電効率が非常に高いため、脱炭素化への貢献が大きい発電方法です。この施設では、1台あたり5kWの発電ができる純水素型燃料電池を99台設置しています。

 

その特徴は、1台ごとの制御が可能という点にあります。つまり、1台の発電量=5kW単位で、全体の発電量を増減できるというわけ。太陽光発電は天気によって発電量が変わってしまううえ、工場が必要とする電力量も刻々と変化するため、その状況に応じて純水素型燃料電池の稼働台数を変更しているのです。

↑ズラリと並ぶ、純水素型燃料電池。「コォー」という運転音はありますが、その音は発電をしているとは思えないほど静かなものでした

 

↑写真左が液体水素を蓄えるためのタンク。その右が液体窒素タンクです。液体窒素は水素配管の弁の開閉や、非常時に配管内の水素を窒素で置換するための窒素ガスを作るために使用。なお写真中央の箱状の物体は、大規模連結の機能を強化した最新式の純水素型燃料電池です

 

↑水素タンクをその真下から撮影。この巨大なタンクには、最大7万8000リットルの液体水素を貯蔵できます

 

↑液体水素は非常に冷たいため、タンク付近の配管には大量の霜がついています

 

ところで、太陽光発電のパワーがゼロになってしまった場合、純水素型燃料電池をフル稼働させても、工場が求める電力量を供給しきれないケースが想定されます。そういった事態を乗り切るために設置されているのが蓄電池です。この蓄電池は、電力状況に余裕があるときを見計らって、発電した電気を貯蔵。電力需給が厳しくなったときに放出します。

 

電力会社からの買電をゼロにする、100%自立した自家発電の仕組みが成立しているのは、太陽電池、純水素型燃料電池、蓄電池の3つが備わっていてこそ。その結果として、H2 KIBOU FIELDが電力を供給する燃料電池工場では、消費するエネルギーの全てを再生エネルギーでまかなう「RE100」を実証していきます。

↑一見、物置に見える蓄電池。太陽光パネル、純水素型燃料電池といったほかの設備と比べると大きさこそ小さいものの、RE100達成のためには必要不可欠です

 

2023年の実用化、海外も含めた本格的展開を見据える

パナソニックの担当者によれば、水素エネルギーの活用には、まだまだ課題が多いといいます。たとえば、水素を燃料にして発電する際の安全基準を定める法律が、いまだ整備されていない、など。統一ルールがない現在では、消防法や電気事業法、高圧ガス保安法といった複数の法律を参照しながら施設を運用しているそうです。その問題を解決すべく、同社では政府や自治体などとも連携しながら、統一ルールの策定に向けた取り組みを行っています。

 

そして、水素エネルギーの大規模な活用事例がまだ少ないため、エネルギーを効率よく使用するシステムの確立がなされていないことも課題です。そもそも、太陽電池と純水素型燃料電池、蓄電池を組み合わせた自家発電施設は世界初のものであり、安定した運用と効率化に向けた課題を未来に向けて解決していくための実験的存在でもあります。

 

そういった背景から、H2 KIBOU FIELDでは、水素や蓄電池の使用を極力減らして効率的な発電・消費を行うためのデータ集計も行なっています。

↑99台ある純水素型燃料電池のうちの1台は、発電時の排熱を再利用できる「コージェネレーション」の仕組みに対応。写真右の蛇口からは、排熱で温められた60度の湯が出るようになっています。コージェネレーションを活用した際のエネルギー効率は最大95%で、ほとんどロスがありません

 

燃料となる水素の安定供給や、水素を生成する過程でのCO2排出を抑えるという”水素そのもののクリーン化”という課題も残っています。しかし、水素がもたらすエネルギーを最大限に活用するには、「産む」側だけでなく「使う」側の効率も同時に上げていくことが必要です。パナソニックが自家発電施設を設置した理由は、水素を「使う」うえでの課題を解決するためだといいます。

 

同社の担当者によれば、この施設で集めた知見をもとに、”3つの電池”を組み合わせた自家発電を世界的に普及させていきたいとのこと。再生可能エネルギーへの関心が高い欧州や、大幅な経済発展で電力需給が逼迫している中国を念頭に、海外への波及を視野に入れています。2023年には、H2 KIBOU FIELDで行っているRE100の仕組みを実用化し、グローバル規模で展開していく予定です。

 

実は、家庭にとっても”希望”がある話

今回紹介したパナソニックの試みは、一般家庭とも無縁ではありません。というのも、水素発電はエネルギー効率が非常に良いため、燃料費を安く抑えられるのです。。つまり、水素エネルギーが普及すれば、電気代の抑制につながる可能性もある、というわけ。化石燃料の価格が高騰している昨今ですが、「H2 KIBOU FIELD」がその名の通り、多くの人に希望を届けてくれる施設になることを祈るばかりです。