グルメ
2019/4/26 18:30

「料理アプリ」随一の濃度で語るーー料理研究家・土井善晴がiPhoneを使いアプリで伝える料理の本質

春めく若葉のような黄緑色——。まだ湯気をまとう鮮やかなエンドウ豆が、山椒の木を使ったすりこぎで粗めに潰され、雪平鍋の中へ放り込まれる。そこに砂糖が加えられ、ぐつぐつと煮込まれていくことで、徐々にうぐいす餡が出来上がっていく。

 

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このとき、中途半端な温度では、仕上がった餡が傷みやすくなってしまう。しっかりと高温で煮込むことが重要だ。餡の仕上げには、少量の塩を加えることで、甘みが引き立つ。

 

↑茹でる前のエンドウ豆たち

 

“いま美味しくてもしょうがない。味見は未来を見ているんです。冷めた先を読む。今はどうでもいい——”

 

自宅を兼ねたキッチンスタジオ。スタッフが設置したiPhoneのカメラに向かって、こう語りかけるのは、料理研究家の土井善晴氏だ。彼は「土井善晴の和食」というアプリで、ほぼノーカットの料理動画を配信し、料理のノウハウや、自身の考え方を発信している。

 

↑撮影中の土井善晴氏

 

市販のロールパンに切れ目を入れ、常温に戻したバターと、仕上がったばかりのうぐいす餡を挟む様子はヨダレを誘う。スタジオに広がる甘い香りも加わり、ジュワーっと唾液が口に広がっていく。

 

↑「エンドウ豆の塩茹で」をアレンジした一品、「うぐいす餡パン」がこちら

 

「みなさんもどうぞ——」との甘い誘惑に、取材中の筆者もうぐいす餡パンの一切れを頂戴した。シンプルだが、ゆでたての豆の青い香りが、ほんのりと口の中で広がる。絶品だ。

 

“レシピは設計図じゃない、台本なんです——”

レシピ動画アプリは、既に世に溢れている。しかし、土井氏の動画がそれらとは異なるのは、語る、語る、語る、とにかく語ることだ。

 

例えば、古き良きナポリタンの作り方。通常のレシピ動画アプリならば、1分で終わる。しかし、「土井善晴の和食」では、土井氏がじっくり8分間語り続ける。

 

↑ナポリタンの調理過程で、玉ねぎに焼き色をつける

 

熱々のフライパンに玉ねぎを入れたら、「焼き」により香ばしさを加えるために、動かしてはいけない。フライパンに接する面の140度、反対側はわずか30度。混ぜるとその中間になってしまい。うまく高温で火が通らず、余計な水がでてしまう——。

 

↑こちらのナポリタンも後で試食させてもらった。控えめに言って激ウマであった

 

この手の内容は、普通のレシピ動画では得られない。「土井善晴の和食」は、プロの料理研究家なればこそ知る調理のコツやちょっとした肌感、そういった類のインスピレーションを得るためのコンテンツになっているわけだ。「アプリで視聴できる料理教室」とでも、言うべきだろうか。

 

↑おいしくて美しい料理は、人の心も満たす

 

”テレビじゃ尺が足りないから——”

土井氏がアプリでレシピを提供するようになったそもそものきっかけは、デアゴスティーニで「週刊 土井善晴のわが家で和食」という料理マガジンシリーズを出していたことだという。同シリーズでは1冊につき50ほどのレシピを用意していたため、全101号では大まかに5000レシピのストックができた。

 

つまり、「土井善晴の和食」アプリを提供する背景には、マガジン作成でストックした資産が再活用されているわけだ。アプリ開発には、株式会社Yappliが提供するクラウド型アプリ開発プラットフォーム「Yappli」が使われている。これは、専門知識を持たずとも直感的にアプリ開発が行えるというツールで、ブログサイトにおけるCMSのような存在だ。撮影もプロ向けの機器を使っているわけではなく、iPhone XSで行われている。

 

↑撮影機材はiPhoneを使っているというのがイマドキだ。メインアングルは高画質な動画を撮影できるiPhone XSで撮影

 

↑ 俯瞰など、様々なアングルからの映像を全てiPhoneで撮影していた

 

 

 

 

↑本格的な機材で囲まれるよりも土井氏の自然体な様子を取りやすく、それによって料理教室のような雰囲気が出せるとYappliの担当者は説明する。コンパクトで運搬もしやすいのもメリットだという

 

土井氏は、「いわゆる百貨辞典という体系だったものを作る上で、“料理のいろは”を学べるような普遍的な基礎をまとめていました。ノウハウをレシピ化するいい機会でもありました」との旨を述べる。

 

↑料理研究家の土井善晴氏

 

「アプリは目の前にあるものを自由に表現できる場だと意識しています」、と土井氏は続ける。「雑誌なら文字数の制限がありますし、ある種のパターンに当てはめていく必要がある。テレビにも時間の制限がありますし、視聴者の興味をそそるように不真面目に整えられてしまうこともあります。だからこそ、メディアに載らなくなってしまった言葉やメディアには興味を持ってもらえないような内容を、今の社会では埋もれて無くなってしまう事柄を、自由に話せるんです」

 

“レシピは料理ではない——”

筆者も素人なりに料理は好きな方だ。自炊を頻繁にする上で、ウェブサイトや、一般的なレシピ動画アプリに頼る日は多い。しかし、料理が上手くなりたいと思ったとき、こうしたツールはあまり助けにはならない。また、素人が適当にアップしたような、あまり美味しくないなんちゃってレシピに当たってしまい、不満が残ることもある。土井氏の試みは、結果的にこうした現状に一石を投じているようにも思える。

 

「料理とは何かと聞くと、世の中の人の多くは“レシピ”だと思っている。でも、私はレシピは料理じゃないと思っています」、と土井氏は語る。「レシピというのは、少なくとも設計図ではなくて、台本というべきもの。人それぞれによって、レシピという台本を見たら、それをどう演じるかがいつも変わるものなんです。土台、季節、気温、湿度、作り手の気分、食べる人の気分、お互いの関係性で生まれる空気や場——。そういったもので常に変化するものなんです」

 

↑「土井善晴の和食」アプリには、質問コーナーなども設けられている。全ての機能を使うには、月額360円のプレミアム会員になる必要があるが、無料でも一部の機能を利用可能だ

 

また、土井氏は、料理をまったく作らないことについても、警鐘を鳴らすが如く、自身の考えを語った。

 

「現代の多くの人は、“食べる”ことばっかりに意識が向いている気がするんです。料理というのは、栄養があって、満足があって、美食の楽しみがあるという認識で完結していて、“料理は作らなくてもよい”と思っている人も多くいます。つまり、表現者ではなく観客に徹するということ。それでは何か大切なことを失うのではないでしょうか。家庭料理というのは、“料理をして、食べること” のワンセットであるべき。それが我々の心を豊かにする源だと思うのです」

 

また、「人間らしい生き方を維持する上で、料理をすることは一番の原初的な行為ではないでしょうか」、と土井氏は言う。「料理をしたら幸せになる。これは本当だと思います。一人暮らしの自炊でも、表現者と観客という一人二役できます。子を持つ親も、子どもが自炊していると聞けば、“嗚呼、うちの子は大丈夫だ”、と安心できるものなのです。逆に高齢の親が自炊していれば、子どもは安心できるでしょう。そして……

……。

……。

 

↑この後、土井氏による料理哲学の講義は、約1時間にも渡って続いた。どれもめちゃめちゃ面白い話なのだが、この原稿で伝えるには限りがあるようだ。どうやらウェブ記事でも尺が足りない

 

そんな土井氏が発信する料理のエッセンス!!! 気になる方は、「土井善晴の和食」アプリが毎週1回配信する動画をご覧になってみてはいかがだろうか。

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