自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開けて注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、基本はなかなか他人には聞きにくいもの。この連載では、そういったノウハウや、知っておくとグラスを交わす誰かと話が弾むかもしれない知識を、ソムリエを招いて教えていただきます。
「ワインの世界を旅する」と題し、世界各国の産地についてキーワード盛りだくさんで詳しく掘り下げていく当連載は、フランスをはじめとする古くから“ワイン大国”として名を馳せる国から、アメリカなどの“ワイン新興国”まで、さまざまな国と産地を取り上げてきました。最終回となる今回は、南アフリカのワイン。寄稿していただくのは引き続き、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。
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南アフリカワインを旅する
アフリカ大陸の南端に位置する南アフリカ共和国。主要産地であるケープタウン近郊は、雄大な自然に囲まれ、“世界中でもっとも美しいワイン産地”のひとつとして数えられます。
この国におけるワイン造りの歴史は、オランダの東インド会社の入植とともに始まりました。初代総督ヤン・ファン・リーベックの1659年2月の日誌には、こう記録されています。「今日、神を賛美します。ケープのブドウから最初のワインが造られました」。
19世紀前半、イギリスがケープタウン周辺を支配下に治めてから、酒精強化ワインやブランデーはイギリスに輸出されるようになりました。そして害虫フィロキセラがヨーロッパに蔓延した19世紀半ばに、南アフリカワインはヨーロッパ中で消費され、大きな市場をつかむことになります。現在のヨーロッパ・スタイルの味わいの基礎を形作ったのも、この頃だと考えられます。
ところが、フィロキセラ禍から立ち直ったヨーロッパは輸入ワインに頼る必要がなくなり、20世紀に入ると、南アフリカではブドウの余剰問題が深刻化することになります。そして20世紀を通じて南アフリカのワインを統制する役割を担った“KWV”=南アフリカブドウ栽培者協同組合が設立されました。KWVは、現在に通じる豊かな自然環境の保護やワイン法の制定、ブドウ畑の登録制度など、現代南アフリカワインの礎を築いた側面と、厳しい統制によって生産者の創意を長く委縮させたという、功罪を併せ持つ存在でした。
大きなターニング・ポイントは、1991年にアパルトヘイト政策が廃止され、1994年にネルソン・マンデラ政権が誕生したことです。国際的な孤立から解放された南アフリカワインは輸出拡大へと舵を切り、ヨーロッパのワインを知った若手世代は、次々に新しい個性的なワインを産み出すようになりました。アパルトヘイト時代に比べると輸出量は20倍以上にもなり、ワイン生産量で世界第8位のワイン大国に変貌を遂げました。つまり、南アフリカのワインの新しい歴史は、ほんの四半世紀前に始まったばかりなのです。
これから期待される南アフリカの社会の進化、有色人種の権利拡大は、より一層の変化を南アフリカワインにもたらしてくれるのではないでしょうか。
1. コンスタンシア
2. ケープタウン
3. ステレンボッシュ
4. ケープ地方スワートランド
5. ケープ・サウス・コースト、ウォーカー・ベイ
1. ケープタウン郊外 コンスタンシア
− “南アフリカワイン”をヨーロッパに知らしめた伝説の甘口ワイン −
ケープタウンは、南アフリカに3つある首都のひとつ。ポルトガルの航海者、バルトロメウ・ディアスが発見した喜望峰を抱える都市です。東インド会社の入植後、初めてワインが植えられたのもケープタウンでした。そして18世紀後半にケープタウン南郊のコンスタンシアで小粒のマスカット「ミュスカ・ド・フロンティニャン」が主体となった遅摘みの甘口ワイン「ヴァン・ド・コンスタンス」が生まれます。当時、まだ砂糖が上流階級向けの嗜好品だった時代に、「ソーテルヌ」や「トカイ」といった甘口ワインと並んで、ヴァン・ド・コンスタンスはヨーロッパに南アフリカワインを知らしめ、王侯貴族に愛されました。顧客リストにはヨーロッパだけではなく、ジョージ・ワシントンやトーマス・ジェファーソンといった名前が並び、かのナポレオンもセント・ヘレナに幽閉されてなお、ヴァン・ド・コンスタンスを愛飲したと伝えられています。
ところが、この伝説の甘口ワインはフィロキセラの被害に遭い、一度は生産が途絶え、ワイナリーは幾度となく所有者が変わります。そして20世紀後半、クライン・コンスタンシアの所有者となったダッジー・ジョースト氏がワイナリーを復活させ、1985年に新しいヴァン・ド・コンスタンスのファースト・ヴィンテージをリリースしました。18世紀から19世紀にかけて、南アフリカワインを代表する名声を獲得したこのワインの再生は、国内外で大きな話題を呼び、現在に至ります。
乾燥させた小粒のマスカットから造られ、創出当時のゆがんだボトルを模した500mlのボトルに詰められたワインは、蜂蜜や桃のような豊かな甘みと、複雑さを演出するスパイスのニュアンスに加え、南アフリカワインの長い歴史を含んだ素晴らしい味わいを楽しませてくれます。
Klein Constantia(クライン・コンスタンシア)
「Vin de Constance2016(ヴァン・ド・コンスタンス2016)」
1万2000円
輸入元=ラフィネ
2. ケープタウン
− 南アフリカの都市型ワイナリー −
「優れたワインはテーブルマウンテンの見える畑から」という格言があるほどに、南アフリカのワインのほとんどはウエスタン・ケープ州のブドウから造られます。ケープタウンの中心にそびえ立つテーブルマウンテンの広大な敷地は、世界一花の種類が豊富な南アフリカの大自然の象徴であり、自然保護区として豊かな植物多様性を残していることから、世界遺産に登録されています。ケープタウンは南アフリカの初期から発展した都市で、前述の通り、現在は3つある首都のひとつ。規模としては南アフリカ第2の都市ですが、そういった豊かな自然環境に囲まれたワイン産業の中心としても位置付けることができるのです。
そんなケープタウンのワインに関する近年のトピックに、“アーバン・ワイナリー”の増加が挙げられます。アーバン・ワイナリーとは、畑と隣接せず都市部に醸造所を構え、持ち込んだブドウからワインを造る都市型ワイナリーのこと。21世紀に入りアメリカで生まれたといわれるこのスタイルは世界中に広がり、日本でも東京や大阪に近年続々と設立されて、話題を集めています。アーバン・ワイナリーは、都市部は交通の便がいいので輸送がしやすい、情報発信が容易である、人が集まりやすいなどのメリットのほか、何より多額の建設費を抑え小規模での開業が可能であるということが挙げられ、意欲ある若手が参入しやすい形態なのです。
ダンカン・サヴェージ氏は、ケープ・ポイント・ヴィンヤーズの醸造責任者として評価を高めたのち、ケープタウンの街中の倉庫街に醸造所を設け、自身のワイナリーを立ち上げました。この四半世紀に起きた南アフリカワインの変化の大きな要因は、1994年にアパルトヘイトと孤立主義政策が撤廃された後、若いワイン生産者が世界中のワインを知り、各地の技術を吸収し、自由なワイン造りを始めたことが第一に挙げられます。アーバン・ワイナリーは、そういった意欲ある新進の造り手が自身の思いを表現する手段として、これからも世界中で広まっていくことでしょう。
Savege(サヴェージ)
「Savage Red Syrah2017(サヴェージ・レッド・シラー2017)」
4800円
輸入元=ラフィネ
3. ケープ地方ステレンボッシュ
− 南アフリカワインの中心地 −
ケープタウンから東へ50kmの距離に位置するステレンボッシュ。オランダの統治時代の名残もあり、ヨーロッパのような白を基調とした建造物が立ち並ぶステレンボッシュの街には、南アフリカで唯一、ブドウ栽培と醸造学を学べるステレンボッシュ大学があります。ケープの有名ワイナリーがこの地域に集まり、最高級クラスのワインの多くを生み出すだけでなく、教育と研究の中心的役割を担い、国内外で活躍するワインパーソンもこの地域から輩出されているのです。
南はフォルス湾、東にはホッテントット・ホランド山脈、北には隣接する産地パールとの境界にシモンズバーグ・マウンテンと、海と山に囲まれた産地ステレンボッシュは、山々の織り成す丘陵地帯と西側の平地にブドウ畑が広がり、ブドウ栽培に適した気候、砂質や花崗岩といったさまざまな土壌に多くの国際品種が植えられています。以前は南アフリカの代表的な白ワイン用ブドウ品種「シュナン・ブラン」が主流でしたが、今ではカベルネ・ソーヴィニヨン、メルローといった、ボルドー品種やシラーが主流となりつつあります。ナパ・ヴァレーやバロッサ・ヴァレーのように気候や土壌は細かく分析され、ステレンボッシュはシモンズバーグ=ステレンボッシュ、ヨンカースフック・ヴァレー、パパハイバーグ、デヴォン・ヴァレー、ボテレライ、バンフック、ポルカダーイ・ヒルズの7つの小区画に分類されるようになりましたが、今のところエチケットにはほとんど表記されることはありません。それはナパ・ヴァレーに似て、単に「ステレンボッシュ」と表記する方が、完熟したブドウから堅牢な味わいのイメージを消費者に伝えやすいことが理由に挙げられます。
南アフリカのワインの特徴として多くの人が挙げるのは、ヨーロッパがワイン造りを主導したため、カリフォルニアほどのパワフルさはなく、ヨーロッパとアメリカの中間に位置するようなエレガントさと力強さの両立です。ステレンボッシュのカベルネ・ソーヴィニヨンもまた、ボルドーとナパ・ヴァレーの優れた側面を併せ持ったワインがこれからより生み出されることが期待されています。もちろん価格は、そのどちらよりもリーズナブルなところも、南アフリカワインの大きな魅力です。
Le Riche Wines(ル・リッシュ・ワインズ)
「Cabernet Sauvignon2017(カベルネ・ソーヴィニョン2017)」
3900円
輸入元=ラフィネ
4. ケープ地方スワートランド
− 南アフリカの大きな変化を体現する新しい産地 −
ケープタウン北部の一帯は元々、共同組合向けの原料ブドウの供給地でしたが、スパイスルートエステートが1990年代後半に設立されたことは、大きな変化の始まりでした。その初代醸造責任者だったイーベン・サディは自身のワイナリーからシラー主体のブレンド「コルメラ」、シュナン・ブラン主体の「パラディウス」をリリースし、その高い評価からスワートランドを一躍南アフリカワインの有望産地に押し上げました。
畑を管理はするが所有せず、古くから植えられている古樹のブドウを低収量で仕上げるスタイルは、それまでの協同組合の造るワインとはまったく別物の大きなスケール感を感じさせるもので、多くの若手生産者のロールモデルを造り出したのです。元々この地域は、1960年代から植えられた古樹が多く残っており、暑く乾燥した夏にも関わらず、水分を保つ深層の保湿性のある土壌のため、灌漑の必要がありませんでした。寒暖差も大きく雨も冬に集中するため、良質なブドウの収穫が可能な地域なのに、21世紀になるまで見向きもされなかったのです。イーベン・サディ氏に続くスワートランドの新進生産者の多くは、ナチュラルなワイン造りを志向し、“SIP”=スワートランド・インディペンデンド・プロデューサーズを結成し、独自の認証を定め始めました。
今回紹介するのは、日本人生産者として初めて南アフリカでワイン造りを行った佐藤圭史さんのワイン。学生時代に過ごしたオレゴンでワインの奥深さに魅了され、たどり着いたのは大自然に囲まれた南アフリカ。とくに意欲ある造り手にとって大きな可能性のあるスワートランドでした。
南アフリカワインのここ25年の大きな変化のなかで、もっとも劇的な変化を遂げたのはスワートランドです。これからインディペンデント・プロデューサーズの手によってどんな魅力的なワインが産まれるのか、期待の尽きない産地でもあります。
Keiji Sato(佐藤圭史)
「Cage Chenin Blanc2019(ケイジ・シュナン・ブラン2019)」
3600円
輸入元=ラフィネ
5. ケープ・サウス・コースト、ウォーカー・ベイ
− 南アフリカのピノ・ノワールの源流は1970年代に生まれた −
1975年、広告業界を引退したティム・ハミルトン・ラッセルは、ウォーカー・ベイ地区の海辺の街、ヘルマナスの高台ヘメル・アン・アード・ヴァレーで、高品質なピノ・ノワールとシャルドネのワインへの挑戦を始めました。当時、国際的に孤立状況にあった南アフリカでは、満足のいく苗木のクローンさえ手に入らなかったという話を聞いたことがありますが、現在南アフリカ屈指のピノ・ノワールの銘醸地であるウォーカー・ベイでブルゴーニュ品種の栽培に成功したワイナリーは、そんな時代にスタートを切っていました。
南アフリカというと温暖なイメージがあるかもしれませんが、アフリカ大陸の最南端であり海に近いブドウ畑は、海風の影響で、涼しい気候に向いた品種の栽培に向いています。1990年代後半になり、さまざまな南アフリカのワインが輸出されるようになると、ブルゴーニュとカリフォルニアの中間的な味わいというスタイルのピノ・ノワールやシャルドネはすぐに日本でも注目され、ハミルトン・ラッセルのワインはブルゴーニュ愛好家の間でもよく知られる存在になりました。それから約20年の時間が経ち、追随する多くの若手生産者が優れたブルゴーニュ・スタイルのワインを世に送り出すようになりました。黎明期を経て、着実に第2世代に引き継がれているのが、現在の南アフリカワインなのです。
今回紹介する「テッセラールスダル」は、南アフリカではまだまだ珍しい黒人の血を引く女性醸造家ベリーヌ・サウルスさんが2015年に初リリースを迎えた、新しいワイナリーです。ハミルトン・ラッセルで事務職として働き始めた彼女は、自然とワイン造りの奥深さに魅せられていきました。やがて醸造にも携わるようになり、醸造拠点をハミルトン・ラッセルに置きながら、自身のワインをリリースするに至ったのです。長らく少数の白人が独占してきた南アフリカのワインは世代交代のまっただ中にあり、期待される社会の変化に向けて少しずつ歩みを進めているところなのです。
Tesselaarsdal(テッセラールスダル)
「Pinot Noir2020(ピノ・ノワール2020)」
6500円
輸入元=ラフィネ
【プロフィール】
ソムリエ / 宮地英典(みやじえいすけ)
カウンターイタリアンの名店shibuya-bedの立ち上げからシェフソムリエを務め、退職後にワイン専門の販売会社、ワインコミュニケイトを設立。2019年にイタリアンレストランenoteca miyajiを開店。
https://enoteca.wine-communicate.com/
https://www.facebook.com/enotecamiyaji/