なぜ、下絵を描くのか?
そもそも、内田先生とは、何者か。彼は、元々施設職員として福祉の仕事をしていた。しかし、教員になりたいという想いがあり、通信教育で資格を取得。まず臨時職員という形で3年間を過ごした。その後、小学校教員の試験に合格し、初任で同校に配属された。それからもう10年が経つという。中高の美術教員としての資格も持つ。
内田先生に、なぜiPadで下絵を描くのか、ということを尋ねてみたところ、興味深い答えが返ってきた。――“もっと大胆に描いて欲しいから”という理由だ。
下絵無しで生徒に絵を描かせると、どうしてもこじんまりした作品になってしまうそうだ。もっと大胆な色や構図で絵を描いて欲しい。そういう想いで下絵を使う工夫を始めたという。
“下絵を使うと、「気づき」が生まれるんです。例えば、「この線は羽に見える」とか。実際、画面からはみ出るくらいに描けるようになるので、見ごたえのある絵になっていきます。” (内田先生)
一方で、こうした下絵づくりは、必ずしもiPadとロボットで行う必要はない。内田先生は、“例えば、夏に水着を着て、裸足になって足に絵の具をつけて歩いてもよい。それでも楽しめるはずです”と述べる。iPadを活用することは一つの選択肢なのだ。“授業そのものの目的が大事なので、そこは意識してやっています”、とのこと。
“iPadを使い始めて、自由度が広がった――”。内田先生の発する言葉からは、ICT機器活用のリアルが伝わってくる。
iPadを活用することで成長するチャンスが生まれる
特別支援学校では、iPadのようなツールを活用するための準備段階も重要だ。先生がプレゼンする内容を、見られるか・聞けるか、それ自体が学習内容になる場合があるからだ。何か刺激があったときに、生徒が拒否反応を示してしまうと、それは“学習”にならなくなってしまう。iPadのような機器を導入するには、生徒の段階にあわせたアセスメントが必要になる。この生徒はiPadを使って大丈夫、という段階になって、初めて授業で活用できる。
一方で、実際にiPadを活用できる条件が整うと、(担当の先生にもよるが)ほぼ全ての教科で使われることになるという。内田先生曰く、“iPadという教科がないので、一つの「教具」という位置づけになる”からだ。例えば、理科で災害について調べるのに使う。国語なら作文を書くときに使う、といった具合である。 手の可動域が限られてしまう場合でも、スワイプやタップで操作するiOSのUIなら、いろんなことに活用しやすい。
印象的だったのは、音声入力を使って、発音の練習を試みることもあるということだ。“専門家からは怒られちゃうかもしれないですけれど”――なんて笑いながら、内田先生は説明する。“例えば、Siriを使った発音の練習で、「キ・リ・ン」と分けて発音すれば認識される。そういうことに気づくことが大切なんです。もちろん、たまに誤変換されることもありますが、その生徒の場合は誤変換される内容を楽しめるから、学習のモチベーションにもなっています。”
iPadを活用することは、生徒が成長するチャンスを生むことにもつながるという。内田先生は、“障がいのある子にとって、刺激が少なくなってしまうことが良くない。障がいそのものではなく、障がいから起こる環境によって、成長するチャンスを逃してしまう”と指摘する。こうしたチャンスを逃さないのが、教師の腕の見せ所だ。
例えば、月曜の朝に開かれる「合同朝の会」で、気管切開をしている生徒が、「DropTalk」というアプリを使って作文を発表をした。他の生徒の前で話す貴重な機会だが、iPadというツールを活用することで、こうした機会を逃さずに、課題に挑戦できる。そして、何より、他人と繋がるきっかけにもなる。ICT機器の活用には、一言では語りつくせない魅力がある。
“一人一人、クリエイティブであってほしい”と内田先生は述べる。“作品をアウトプットすることをイメージしますが、そうではありません。例えば、iPadに触れると、音で聴いたり、映像や写真で見たりすることができます。そういったことに生徒が自分から手を伸ばしていければよい。友達に聞かせたり見せたり、テレビに写したりする。その子の動きがダイレクトに環境を変える。それも表現の一つなんです。そういうことを丁寧に見ていきたいですね。実際に子ども達は1年くらいかけて、着実に成長します”(内田先生)