Vol.129-4
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはアップルが開発した「Apple Vision Pro」。この製品が何を目指しているのかを解説する。
アップル
Apple Vision Pro
3499ドル~
アップルはVision Proを「空間コンピュータ」と定義した。頭にかぶるヘッドマウントディスプレイ(HMD)を使った機器は、これまで「VR機器」「AR機器」などと呼ばれることが多かった。だが、アップルはVRという言葉を使わなかった。
本誌版連載でも解説したように、その理由は、“手垢のついた言葉を避けた”ということもあるだろう。「コミュニケーション系」や「ゲーム系」のサービスをアップルがあまり提供していないから、ということもあるかもしれない。
だがもっとも大きいのは、「MacやiPadのような、あたりまえのツールとして使ってほしい」という考えが強いからだろう。
ウインドウを好きな場所に置き、実物大の人の姿を空中に浮かばせてコミュニケーションをとり、時には映画を巨大なスクリーンで楽しむ。Vision Proで実現されていることは非常に未来的な要素に見える。
だが、やっていること自体は、MacやPC、タブレットの画面内と大差ない。それを「わざわざ大袈裟な機器を頭にかぶって行なうのか」という見方はあるだろう。しかし一方で、我々はこれまで“画面の中”しか自由に扱うことができなかった、という言い方もできる。だから家の中に、テレビやPC、スマホにタブレットと、用途に応じた画面サイズの製品を多数配置して暮らしていたのだ。
だが、Vision Proのような機器が理想的な形で機能するなら、それらのディスプレイのほとんどは不要になる。さらには、ディスプレイを置けなかった場所にも表示できるし、平面のディスプレイでは難しかった立体物の表現も簡単だ。
まずはいろいろなところに平面の情報を置くところから始まるだろうが、それが定着すれば「情報を立体のまま活用する」時代がやってくる。そのひとつの形はいわゆる3D映画だが、ビジネスや通販などにも有用だ。
とはいえ、そうした世界を実現するには多数の努力が必要だ。Vision Proでも、理想をすべて実現するのは難しいだろう。たとえば、どれだけ大量の情報を自由に配置できるかといえば難しい部分もあるだろうし、MacやiPhone以外、要は「アップル製品以外」を仮想空間に持ち込んで生活できるかは未知数だ。重量や価格というわかりやすい制約もある。
しかしこれは、マウスを併用する「GUI」が出てくる前のPCや、スマホ以前の「フィーチャーフォン」の時代に、出てきたばかりのMacやiPhoneがどう評価されたか、という話に近い。実用性としてはこれまでの機器の方が良い部分もあったし、新しいものはコスパも悪い。だが、新しい技術でしか体験できない“未来に続く世界”はある。
そういう意味では、Vision Proは、1984年に初代Macintoshが登場する前に発売された「Lisa」に近い。Lisaは当初1万ドル近い価格で売られ、のちのMacほど仕事に使いやすかったわけではない。だが、Macが示した「GUIの可能性」のほとんどをすでに実現しており、そこからリファインした存在としてMacが生まれた。
Vision Proは高いといってもLisaほど高価ではない。だから同じような道筋を辿るというわけではないが、「変化を辿ってみれば、本質的な変化の提案はあそこでなされていた」と評価される製品になる可能性は高い、と筆者は考えている。
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