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2024/12/18 6:30

松下洸平「今だからこそ書ける過去も。苦しかった下積み時代にも“ありがとう”と言える自分になれました」書籍『フキサチーフ』発売記念イベントレポート

松下洸平の初のエッセイ集『フキサチーフ』が2024年12月13日に刊行。その出版を記念し、12月16日、都内にて約50名の購入者を招いてのトークイベントが開催された。本書は雑誌『ダ・ヴィンチ』にて2021年4月号から2024年1月号に掲載された連載に、新たな書き下ろしを加えた全36篇で構成。下積み時代のエピソードや家族の話、そして自分自身に向き合う姿などを、彼らしい真っ直ぐな言葉で書き綴っている。トークショーはカバーイラストや紙選びなど、随所へのこだわりについても語られた貴重なひとときとなった。

 

【松下洸平さんイベントの写真一覧】

 

僕の3年半の全てがこの一冊に詰まっています

機材トラブルにより、開始時間が少し遅れてスタートした今回のイベント。松下さんは登壇すると、まず最初に「この後、予定がある方もいらっしゃるかもしれませんが……大丈夫ですか?」と来場者や配信に参加している視聴者に向けて、気遣いを見せていく。その後、ついに完成した本を手にした感想を聞かれると、自身で表紙や中の紙選びにまで参加したことに触れ、「できるだけあったかみを感じられる紙質を選んだのですが、実際に手に持った時、想像していた以上にほっこりする気持ちがしてうれしかったです」と喜びを伝えた。

 

続いて、3年半の連載が改めて一冊の本になったことについては、「連載当時は月に一本書いていて、書き終わるとすぐに次という感じでしたので、“何を書こうかな”という気持ちと時間にばかり流されていました」とコメント。「でも、こうして一冊にまとまると、そのときの想いも含めてギュッとまとまっていることが感慨深くもあって。僕の3年半のすべてがここに詰まっていると言っても過言ではないので、愛おしい気持ちになりました」と感想を語った。

 

また今回は書籍化にあたり、自らの手で過去の文章を大幅に改稿した部分も。連載が始まった頃の章を読み直した際は、「2021年の春から連載が始まったのですが、最初の頃はずっと『忙しい、忙しい』って言ってるなぁって思いましたね」と当時を懐かしみながら、苦笑い。「ただ、その後、もっと忙しくなることを今の自分は知っているし、この3年半の間に待ち受けているたくさんの出会いや別れなどを知らない自分がここ(エッセイの中)にはいて。それがちょっと不思議な感じもしました」と続けた。

 

なお、連載時は挿絵も自身で描いていた松下さんだが、本書のカバーについても、「自分から『描きます』と言いました」と申し出たそう。絵のモデルとなった場所も「できるだけ飾り気のない、皆さんが住んでいる街にもありそうな、広くも狭くもない坂道の路地を自分で歩いて探しました」とのこと。坂道を選んだ理由については、「山あり谷ありの人生なので、平坦な道よりも坂道のほうが自分らしいなと思って」と言及。また、「最初は“すっごくいい路地が見つかった!”と喜んでいたのですが、写真に撮ってからいざ描き始めたら、塀や電信柱がめちゃくちゃむずくて……(笑)」と、制作過程の裏話も飛び出した。

 

カバーイラストの苦労話はまだまだ続き、本を手にした時に、あまり目が届かないような帯の部分についても。「表紙に帯が付くことは編集者さんから聞いていので、重要な部分が隠れないように気をつけていたんです。でもね、ここがめっちゃ時間かかったんです!」と、帯で隠れた風景のイラストを指差し、泣き顔のような表情をのぞかせる一幕も。それでも、「考え方を変えれば、どこを開いても楽しいってことです!」と前向きな発言を残した松下さん。また、“どこを開いても楽しい”という自身の言葉を裏付けるように、表紙を外した先に見える本体に描かれた“フキサチーフ”のスプレー缶のイラストについても触れ、「実はこれ3回くらい描き直しました。意外とこうした絵のほうが難しかったりするんです。色の出方についても、何度も何度も出力見本を出してくださって。この本を作るために協力してくださった編集者さんや多くの方の愛が、この一冊には詰まっています」と完成にいたるまでのこだわりについても語ってくれた。

 

文章だからこそ素直に書けた自分の気持ち

連載時に書き綴ったエッセイは全部で34篇。本書にはそこに書き下ろしの2篇と、あえて連載では触れなかったコロナ禍のことについて書いた「あとがき」も収録。なかでも新たに追加された『居場所』の章では下積み時代のことにも触れ、大きな話題となっている。書こうと決めたきっかけは、「僕のことを知らない方にもこの本を楽しんでもらったり、共感する部分を一つで多く持ってもらえるものにしたかった」とのこと。「そのため、自分がどういう経緯でデビューをし、その後、何があって今に至るかを書きました。それを入れるうえで、やはり楽しかったことだけではなく、自分なりに悩み、苦しみ、悔しかったことも赤裸々に書くべきだと思ったんです」と新章を書いた動機について詳しく話してくれた。

 

これまであまり明かされなかったデビュー当時のエピソードだけに、司会者からの「書くことへの葛藤はなかったのか」という質問には、「今だからこそ書けるかなと思いました」と力強く回答。また、「辛さの中にいる時って、それを思い出したくなかったり、消し去りたいと感じることのほうが多いと思うんです。でも、今になってやっと、“あんなこともあったなぁ”と思える自分になってきたタイミングでもありました。あの頃の自分がいたからこそ、こうして今、皆さんにお話ができると思うと、苦しかったことにも“ありがとう”って言える。だからこそ、書けた文章だったように思います」と続けた。そして、「面と向かってだと恥ずかしくて言えないことでも、文章だと書けることってありますよね。手紙のほうが自分の気持ちを素直に出せるような。それに近い感覚だったように思います」と執筆中の感情を振り返った。

 

悲しさから抜け出すために、どんなことでもいつも最後は前向きに

この『フキサチーフ』を読むと、全編に渡って書かれている松下さんの“常に前向き”な姿勢に心を打たれる。その一方で、『俺』の章などでは「これまで何度か自分を見失ってきた」といったネガティブな言葉も散見する。そこで、「改めて、今は松下洸平ってどんな人間だと思いますか?」という質問が飛ぶと、「今皆さんが見てくださっているこれが僕」との答えが。「いろいろと紆余曲折し、自分が何者か分からないことがありましたし、いろんな者になってみたり、こっちのほうがかっこいいんじゃないかと思ってやってみたこともありました。でも、巡り巡って、これ以上にも以下にもなれないというか、このまんまが自分なんだと思います」と話す。さらに、「かっこつけることもできないし……」と言葉を続けると、最後には、「もうちょっとクールな人間にも憧れたんですけどね。できなかったので」と苦笑いを見せ、会場を笑わせた。

 

また、このエッセイがどの章を読んでも“前向きな”言葉に溢れていることについては、「正直、僕は常に前向きなわけでもないんです」と心根を吐露。「悩んだり、悲しんだりもします。でも、エッセイに関しては、ネガティブさだけでは終わらせないようにして、最後には小さな光をそっと置くように心がけました」と自身が綴る言葉へのこだわりを語ってくれた。また、「でもそれって、読み手の皆さんのためというよりも、自分のためだったかも」と続けると、「悲しいことを悲しいままで終わらせてしまうと、そこから抜け出せなくなってしまう自分がいそうで。だから何かあっても、“明日頑張ろう”という気持ちを最後に残して終わるようにしていました」と、何事にも前向きな姿勢を貫くことへの思いを口にした。

 

ただ、こうしたマインドは昔から持ち合わせていたものではなく、「いろんなことがあって、この考えになりました」とのこと。「悲しみから抜け出せない時期もありましたし、ときには失ったものもあるかもしれません。自分は器用な人間ではないので、悔しいことや悲しいことがあると、いっそ全てを捨ててしまおうかと思った瞬間もありました。でも、せっかく好きで始めたいろんなことに対して、“それでいいのかな”と思うようになって。そうやって、少しずつ、少しずつ考えが変わっていったように思います」と、自身の“今”の立ち位置を語った。

 

約30分のトークイベントはあっという間に予定の終了時間に迫り、改めて、「本が発売してから『読んだよ』という感想がちょっとずつ届き、本当に皆さんの手元に届いているんだなと思うと、すごくうれしく思います」と感謝の言葉を述べた松下さん。また、さまざまな反響を目にしたことで、「日記のように残していた僕の文章が誰かの背中を押す日が来るなんて思ってもみなかったので、本当に書いて良かったなと思います」と言葉を続けた。そして最後に、「僕自身も10年後にこの本を読み返した時に懐かしんだり、この本に助けられることがあるかもしれません。一生懸命、がむしゃらに頑張っている自分がこの本の中にはいるから、僕にとってすごく大切な一冊になっています。皆さんにとっても、何かに悩んだり悲しいことがあった時にこれを読んでいただくことで、もう一日頑張れる力をお届けできればいいなと思っていますので大事にしてください」と挨拶をし、トークイベントは終了した。

松下洸平●まつした・こうへい…1987年3月6日、東京都生まれ。俳優、シンガーソングライター。2008年、CDデビュー。09年にミュージカル『GLORY DAYS』で初舞台を踏み、俳優としても活躍。18年には『母と暮せば』『スリル・ミー』で読売演劇大賞 杉村春子賞・優秀男優賞を受賞。代表作にNHK連続テレビ小説『スカーレット』、主演ドラマ『放課後カルテ』、舞台『母と暮せば』など。2025年1月22日(水)より東京・東急シアターオーブほかにてミュージカル『ケイン&アベル』に出演。

 

 

 

『フキサチーフ』

著者:松下洸平
定価:1,760円(本体1,600円+税)

最も旬な俳優であり、アーティストでもある松下洸平が、初のエッセイ集を刊行。雑誌『ダ・ヴィンチ』で2021年4月号から2024年1月号まで連載された同名エッセイに加え、2篇の書き下ろし+あとがきを収録。本のタイトルの「フキサチーフ」とは、画材の一つで、完成した作品が色褪せたり擦れて剥げてしまわぬように画家が最後に絵に吹きつける定着液のこと。本書は、日々の景色や出会いを、「書く」ことで描写し、「。」を付けて整理していくことで、“松下洸平自身の日常のフキサチーフになれば”という思いからはじまったエッセイ連載をまとめた一冊。(プレスリリースより)。

 

撮影/山口宏之 取材・文/倉田モトキ