クラブジャズのはじまりは「アシッド・ジャズ」ってホント?
今回のテーマは「CLUB JAZZ」です。さてさて、困った。クラブでかかりそうなジャズ? クラブミュージック・ミーツ・ジャズ的な? 勢いで着手してしまいましたけど、知っているようでいざ説明するとなかなかに悩ましいのがCLUB JAZZ(以下、クラブジャズ)なるもの。定義に関して個人差がとにかく激しいジャンルかと思うので、「最終的にはご自身の耳でご判断ください」と先に逃げておきます。
クラブジャズのおおもとは、「アシッド・ジャズ」と呼ばれる音楽だと解釈しています。振り返れば、80年代半ばからカルチャー好きやファッション好きの間で、「ジャズで踊る」ムーブメントがロンドンのクラブ界隈を中心に盛り上がりをみせていました。そもそも「アシッド・ジャズ」誕生のベースにあるのが「ジャズで踊る」姿勢であり、さらには1950年代から脈々と続くイギリスのジャズダンス・カルチャーにたどり着きます。
そんな「アシッド・ジャズ」の芽生えに大きく関わるキーパーソンたちを見ていきましょう。まずは80年代初頭から伝説のイベント「Jazz Room」で、ジャズで踊らせることに挑戦していたUKジャズDJのオリジネイター、ポール・マーフィー。彼はスウィングやビバップ、アフロ・キューバンを得意としており、どこか観念的で難しそうなジャズを、ダンスミュージックの文脈に置き換えて、かつ身近な踊れる音楽として認知させた功績は非常に大きいものがありました。
その彼に影響を受け、後にアシッド・ジャズやクラブジャズを牽引していくDJのジャイルス・ピーターソン。英国国営放送BBCのDJとしての顔を持つ彼は、自らのDJパーティーで、ソウルジャズ、ファンク、ジャズファンク、ファンキーフュージョンなど、温故知新的な70年代のブラックミュージックを積極的にプレイしていました。いわゆるレア・グルーヴ(時代を経て再評価された過去の音楽のグルーヴ)と呼ばれるジャンルです。彼はここからジャズ・ファンクの魅力を発信し、リバイバルヒットさせていきます。
そして、3人目がブラジル音楽とUKクラブシーンをつないだDJのパトリック・フォージ。彼がジャイルスとともに始めたサンデー・アフタヌーン・パーティ「Talkin’ Loud and Saying Something」で、ジャズ・ダンサーやモッズたちをロックオン。いよいよアシッド・ジャズというあらたな概念のジャズが発信されていくことになります。アシッド・ジャズで何よりも重要なのは、ダンスフロアで機能するジャズ。つまり、しつこいですが「踊れるジャズ」、これに尽きます。レアグルーヴ的な意匠をまとった、ファンキーで躍ねたリズムセクション、そして黒いグルーヴ。これこそがアシッド・ジャズのベースにある音楽性です。
でも、聴き直してみると、確かにジャズ・ファンクの焼き直しがほとんどで、なにがアシッドってことなんでしょうか? アシッドといえば、80年代後半から90年代前半にドラッグカルチャーと密接にリンクした、アッパーなダンスミュージック「アシッド・ハウス」が世界のクラブを席巻しましたが、「アシッド・ジャズ」はケミカルなニュアンスを含んでいません。いや、一部はあったのかも? かつてのジャズメンがそうであったようにね。なんてことを揶揄したという説もあれば、ジャイルスがプレイ中の現場で「ACID」の文字がスクリーンに流れたことがきっかけ、などなど不透明な都市伝説もあったりします。
最重要人物のジャイルス・ピーターソン
ちなみに、ジャイルスは盟友であるDJのエディ・ピラーと一緒に、1987年にレーベル「アシッド・ジャズ・レコーズ」をすでに設立しており、90年代に入るとアシッド・ジャズを代表するジャミロクワイやザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズなどの作品もリリースしていきます。そしてアシッド・ジャズの入門編的なコンピレーション盤「トータリー・ワイヤード」シリーズも重要な作品でした。新世代が奏でるアシッド・ジャズと、そのモチーフでもある70sソウルやジャズ・ファンクなどの新旧音源を同居させた作りは、まさに初期渋谷系の雑食的なリスニングスタイルと重なる部分がありました。
ジャイルスは90年に「アシッド・ジャズ・レコーズ」から身を引き、新たに自身のレーベル「Talkin’Loud(トーキング・ラウド)」を設立します。ここからガリアーノ、ヤング・ディサイプルズ、インコグニートなどのアシッド・ジャズ・ムーブメントを牽引した数々のアーティストを輩出していきます。彼は日本のアーティストも積極的に紹介しており、当時の東京発クラブジャズシーンの象徴でもあったUFO(ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイション)と契約し、アルバム「United Future Organization」をワールドワイドにリリースしました。
90年代半ばに入り、一連のアシッド・ジャズの狂騒が落ち着いていくなかで、ジャイルスは次なるUKクラブシーンを席巻したドラムンベースでも、4ヒーローやロニ・サイズといった新たな才能をフックアップし、クラブミュージックの確かな先導者としてさらなる信頼を獲得していくことになります。
名門「ブルーノート・レコード」とヒップホップシーンとの邂逅
少々、文脈から外れますが、まさしくヒップホップ・ミーツ・ジャズ的な「ヒップホップ・ジャズ」も存在します。アシッド・ジャズが興隆し始めた90年代に、60年代、70年代のジャズの音源をサンプリングし、ラッパーをフィーチャーしたジャジーなヒップホップがとにかく流行ったのです。象徴的だったのが、イギリスのUS3(アス・スリー)です。当時はまだサンプリングの許諾事情が緩かった時代。彼らはジャズの名門「ブルーノート・レコード」にいくつものリーダー作を残す、ギタリストのグラント・グリーンの名曲「Sookie Sookie」を無許可で使用した、「Tukka Yoot’s Riddium」をスマッシュヒットさせます。
この曲を聴いた「ブルーノート・レコード」の社長、ブルース・ランドヴァルが自社レーベルとの契約を持ちかけて獲得。メジャーデビューシングルとして、ハービー・ハンコックの「Cantaloup Island」をオフィシャルにサンプリングした「Cantaloop(Flip Fantasia)」をリリースし、日本も含めて世界で大ヒットを記録しました。いわゆる超特大の大ネタを正規に使用できるということで、彼らと「ブルーノート・レコード」との契約はちょっとした事件でした。
ひもとけば、80年代後半にマイケル・ジャクソンのプロデュースで知られる天才プロデューサー、クインシー・ジョーンズがジャズとヒップホップとの蜜月の関係性について言及しています。インプロヴィゼーション、ビート、ライムを引き出しに、ラッパーとビバップのジャズメンとの類似性を公に指摘したことも、上記のことを大きく後押ししたのかもしれません。ってこれは深読みでしょうか。
また「ブルーノート・レコード」の過去の音源を、クラブミュージック的解釈でリメイク、リミックスする日本主導のオフィシャル企画盤が非常に多いことも見逃せません。これは国内でクラブジャズやヒップホップ・ジャズの需要が高いことを伺わせます(いくつかSpotifyで視聴可)。90年代半ばから今にいたるまで、様々な手法で「ブルーノート・レコード」の音源に新しい命が吹き込まれ、再生されているのです。
様々な枝分かれと融合、日々進化していくクラブジャズ
ジャズの影響下にあるクラブミュージックは、世界中で様々なスタイルと融合しながら進化していきます。例えば、テクノやトリップホップ的な手法を生演奏に取り入れた「フューチャージャズ」。90年代後半からドイツや北欧のジャズメンが、エレクトロニカの要素を取り入れた現在進行形のジャズサウンドをクリエイトしていきます。ドイツのジャザノヴァ、ノルウェーのブッゲ・ヴェッセルトフトが代表格でしょうか。この「フューチャージャズ」は、ジャジーなドラムンベースやブロークンビーツも「フューチャージャズ」として含むこともあり、「Nu Jazz(ニュージャズ)」とも呼ばれていたりします。
2000年代初頭にウエストロンドンから生まれた「ブロークン・ビーツ」は、ジャズ、ヒップホップ、ハウス、ブラジリアン、アフロ、ドラムンベースにいたるあらゆる音楽性をクロスオーバーさせた音楽で、なによりも複雑なリズムかつインテリジェンスなサウンドが大きな特徴でした。ジャズとも親和性が高く、例えるなら2000年代の最新型のフュージョンといっても過言ではありません。このシーンのベースを作ったバグズ・イン・ジ・アティックのアルバム「BUGZ IN THE ATTIC」にその真髄が見てとれるので、機会があればぜひとも聴いてみてください(Spotifyでは未配信)。
あとは……厳密にはクラブジャズの範疇ではないので、触れるべきか迷ったのですが、クラブミュージックともコネクトしている「現代のジャズ」で聴くべき2人の天才アーティストがいます。まずはLAジャズシーンから登場し、フライング・ロータスが牽引するLAビートシーンとも接点のある、新世代ジャズメンでサックス奏者のカマシ・ワシントン。ヒップホップ世代ならではの感性が反映された、コズミックソウル的なスケールの大きい音世界は唯一無二。彼の才能を見抜いた世界最高峰のラッパー、ケンドリック・ラマーは自身のアルバム「To Pimp A Butterfly」で彼を大きくフィーチャーしました。
そして、稀代のピアニストのロバート・グラスパーも最重要人物のひとり。「ブルーノート・レコード」に所属するサラブレッドで、ジャズを下地にヒップホップやR&B的アプローチで魅せるグラスパー節にヤラれる人が続出。スリリングなサウンドアプローチとグルーヴ感にあふれたモダンなサウンド。とくにループ感のあるピアノセクションは、彼もまたヒップホップ世代であることを痛感させます。この両者は狭いジャズのコミュニティを飛び越えて、それこそクラブミュージック好きの層からも厚く支持されているところが、素敵だなあと思えてしまうのです。
と、いろいろと触れていきましたが、極論すれば、ジャンルは違えど、ジャズの要素を感じとることができれば、もはやクラブジャズってことなのかもしれません(ってホントか?)。それにしてもジャズというものは、時代とともに日々進化すべき宿命にある音楽であることを痛感してしまいます。
というわけで、今回はヒップホップ・ジャズも含めたクラブジャズ的なアプローチの楽曲を、洋楽と邦楽を織り交ぜて年代順にセレクトしてみました。Spotifyアプリをダウンロードすれば有料会員でなくても試聴ができますので、奥の深い「クラブジャズ」を楽しんでみてください。
【クールなClub Jazzにハマるプレイリスト40曲】
1.Some Dumb Cop gave Me Two Ticketes Already/Beastie Boys ビースティ・ボーイズ(1989年リリース)
2.Hot Music/Soho, Pal Joey ソーホー、パル・ジョイ(1989年リリース)
3.Jazz Thing/Gang Starr ギャング・スター(1990年リリース)
4.My Definition Of A Boombastic Jazz Style/Dream Worriors ドリーム・ウォリアーズ(1990年リリース)
5.Jazz(We’ve Got)/A Tribe Called Quest トライブ・コールド・クエスト(1991年リリース)
6.Lesson One/Stone Cold Boners ストーン・コールド・ボナーズ(1991年リリース)
7.Sunship/Sunship サンシップ(1991年リリース)
8.Keep It Coming/The Brand New Heavies ザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズ(1991年リリース)
9.Prince Of Peace/Galliano ガリアーノ(1992年リリース)
10.Get Yourself Together Pt1&Pt2/Young Disciples ヤング・ディサイプルズ(1991年リリース)
11.Loud Minority – radio mix/United Future Orgnization ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイション(1992年リリース)
12.So What!/Ronny Jordan ロニー・ジョーダン(1992年リリース)
13.Tukka Yoot’s Riddim/US3 アス・スリー(1993年リリース)
14.Music of the Mind/Jamiroquai ジャミロクワイ(1993年リリース)
15.Bad Brother – How Ya Like My Wheel Mix/DJ Krush, Ronny Jordan DJクラッシュ、ロニー・ジョーダン(1994年リリース)
16.Souffles H/Mondo Grosso モンド・グロッソ(1994年リリース)
17.Bug In A Bassbin/Innerzone Orchestra インナーゾーン・オーケストラ(1996年リリース)
18.Ballet Dance/Roni Size & Reprazent ロニ・サイズ&レプラゼント(1997年リリース)
19.Fedime’s Flight/Jazzanova ジャザノヴァ(1997年リリース)
20.Universal Reprise/4Hero, Ursula Rucker 4ヒーロー、ユースラ・ラッカー(1998年リリース)
21.Attempt/Wibutee ウィブティー(1999年リリース)
22.Breathe/Minus 8 マイナス8(2000年リリース)
23.The Season(Swag’s Vocal Mix)/Beanfield ビーンフィールド(2000年リリース)
24.Gigantic Days/Ian O’Brien イアン・オブライエン(2000年リリース)
25.Change/Bugge Wesseltoft ブッゲ・ヴェッセルトフト(2001年リリース)
26.High Jazz/Truby Trio トゥルービー・トリオ(2002年リリース)
27.Stargazer/Kyoto Jazz Massive キョート・ジャズ・マッシヴ(2002年リリース)
28.The Final View/Nujabes ヌジャベス(2002年リリース)
29.Man With The Movie Camera/The Cinematic Orchestra シネマティック・オーケストラ(2003年リリース)
30.Mwela, Mwela(Here I Am)/Jazzanova, Bugz in the Attic ジャザノヴァ、バグズ・イン・ジ・アティック(2004年リリース)
31.Continuous function/福富幸宏(2004年リリース)
32.The Rain/Reel People, Sharlene Hector リール・ピープル、シャーリーン・ヘクター(2005年リリース)
33.In All the Wrong Places/Kero One ケロ・ワン(2006年リリース)
34.Waltz For Jason-Full Nine Yards Reedit/Hajime Yoshizawa 吉澤はじめ(2008年リリース)
35.1960 What? – Opolopo Kick & Bass Rerub/Gregory Porter, Opolopo グレゴリー・ポーター、オポロポ(2012年リリース)
36.Let It Ride/Robert Glasper Experiment, Nora Jones ロバート・グラスパー・エクスペリメント、ノラ・ジョーンズ(2013年リリース)
37.By Fire/Hiatus Kaiyote ハイエイタス・カイヨーテ(2015年リリース)
38.Icy Roads(Stacked)/Joe Armon-Jones ジョー・アーモン・ジョーンズ(2019年リリース)
39.Blue Eyed Monster/Soil & “Pimp” Sessions ソイル・アンド・ピンプ・セッションズ(2019年リリース)
40.Truth/Kamasi Washington カマシ・ワシントン(2017年リリース)