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2020/12/17 20:00

先人たちが日本に対して残したかったものは何だったのか−−『日本独立』渡辺 大インタビュー

第二次世界大戦直後、GHQ占領下において日本の独立を求めて奮闘した吉田 茂と白洲次郎。憲法制定や独立までの歴史の舞台裏を日米両国の視点から鋭く描いた映画『日本独立』が、公開前から大きな話題を呼んでいる。自由な憲法を目指すといいつつ、一方で自由とは相反する検閲を行っているGHQ。後世に戦争の現実を伝えようと、GHQの検閲と約6年もの歳月を闘い続けた「戦艦大和ノ最期」の執筆者、吉田 満という物語の重要な役を演じる渡辺 大さんを直撃し、本作に懸ける思いや戦争や日本国憲法に対する自らの考えを語ってもらった。

(取材・撮影:丸山剛史/執筆:小野田衛)

 

『日本独立』は社会的意義のある作品

──第二次世界大戦前後の日本を描いた作品です。撮影前に当時のことを勉強しましたか?

 

渡辺 改めて吸収するというよりは、前から個人的に近代史には興味があったんですよ。高校の選択授業も近代史でしたしね。20歳くらいからこうした戦争関係の作品に出演させていただくことも多かったので、自然と関心が高くなったという面もあります。日本史って取り扱うテーマが膨大じゃないですか。ところが受験という意味でいうと、どうしても近代史っておざなりにされがち。僕は昔からそこに違和感を覚えていたんです。「この国がどうやって作られていったのか?」ということを考えるとき、近代史はものすごく重要だと考えていたので。

 

──たしかにそうです。

 

渡辺 教育でしっかり教えないなら、こういった映像作品で伝えていくことに一定の意味があるんじゃないかと考えているんです。大げさに言ってしまえば、社会的意義があるというか……。あと今回の作品で監督を務めた(伊藤)俊也さんとは以前から面識があったので、伝えたいことがわかっていたんですよ。ちょくちょくお会いしたり、年末年始になるとお手紙のやりとりをさせていただいたりもしていましたしね。だから僕自身も役に入りやすいところはありました。

 

──伊藤監督とそこまで近しい間柄だったんですね。

 

渡辺 ありがたいことに可愛がっていただいています。最初に仕事でご一緒させていただいたのが25~26歳のときだから、もう10年くらいのつき合いになりますね。俊也さんは過去に津川雅彦さん主演で『プライド・運命の瞬間(とき)』を撮っていて、そこでは極東裁判や東条英機を取り上げていた。それとは別にどうしても扱いたかったテーマが、今回『日本独立』で扱っている日本国憲法だったんです。

 

──監督にとっても、満を持しての作品というわけですか。

 

渡辺 それは間違いないです。一方で僕にとっても、今回のように第二次世界大戦のことを正面から捉えるような作品は役者として非常にやりがいを感じるんです。1人の日本人としても、祖父母が経験した戦争というものに対する関心がありますし。やっぱり理由もなく戦争を始めたはずがないし、ああいった戦争の終わり方にしてもなんらかの理由があったはず。「なぜ、あんなことになったのか?」というところで、すごく好奇心が刺激されます。

 

──戦時下の人間を表現するにあたって意識したことは?

 

渡辺 同じ人間だし、同じ日本人かもしれないけど、当時の人と今の人間では価値観も物事の捉え方もすべてが違うはずなんです。死が身近にあるから、当然、死生観だって変わってきますよね。当時、10代だった少年たちは今の50代~60代くらいの感覚で死を捉えていたとしてもおかしくはない。これはもう学ぼうとして身につくものではないんですよ。リアリティを出すことがすごく難しい。

 

──俳優が誰かを演じる際は、説得力が重要になってきますよね。戦争を知らない世代の渡辺さんがリアリティを追求するのは大変そうです。

 

渡辺 極端な話、これが300年前、500年前の出来事だったらフィクションとして役に落とし込むことができるんです。だけど75年前の出来事ということは、当時のことをリアルタイムで知っている人がいるってことじゃないですか。僕が演じた吉田 満さんだって戦後ずっと活躍されていた方だし、「それは違うよ」って言われる可能性は大いにある。だから演じることが怖いですよ。ただ、そこで助けになったのが現在83歳になった俊也さんの存在。俊也さんが作るからこそ、説得力が増した部分は確実にあります。

 

自分の生活に直結する作品

──渡辺さんの演じた吉田 満は実在の人物で、小説『戦艦大和ノ最期』の作者として有名です。

 

渡辺 もともと僕は『男たちの大和/YAMATO』に出たこともあり、戦艦大和に思い入れがあるんです。ただ大和を描くときって、どうしても玉砕して終わりという物語になりがちでしてね。沈没した「そのあと」まで踏み込むことは少なかった。だけど少ないながらも生き残った人がいたのは事実で、その中でも吉田 満さんは後世に戦争のリアルを伝えようとGHQの検閲と闘い続けてきた。これは単に小説が雑誌に載るかどうかの問題ではないんです。日本人が過去との対話ができなくなってしまう瀬戸際だったんですよ。

 

──表現の自由を標榜するGHQが実はガチガチに検閲していた。

 

渡辺 僕はこれってすごく重要なメッセージだと思う。今はSNSで個人がなんでも発信できる時代で、もちろんそこにはいろんな不自由さもついて回るんだけど、自由に表現できることのありがたみなんてほとんど意識されていない。もし戦後にGHQの検閲がなかったら、今ごろはいろんな価値観が変わっていたんじゃないかな。だって戦争に負けた瞬間にそれまでの価値観が全部変わり、「戦前のことは全部なしにします」って急に言われ始めたんですよ? こんなに不自然な話もないでしょう。無念という思いを抱えながら戦地から帰還してくる人にしたって、急に日本人の価値感が180度変わっていたら戸惑いますって。

 

──終戦から75年が経ち、戦争に対する日本人の意識も低くなっています。そんな中、このような形で戦争を描いた本作を世に出す意味とは?

 

渡辺 戦争の悲惨を描く。それは当然の話なんですよ。では、なぜそんな悲惨なことになったのか? 水面下でどんな争いがあったのか? そういうところを捉えていかないとダメだと僕は思うんです。この『日本独立』という映画が面白いのは、感情を爆発させるシーンがある一方で淡々と事実を説明するシーンも多いということ。観た人が立ち止まって考えるような、そんな作品になっているはずです。

 

──多面的に戦争を考えることができる作品ともいえますね。

 

渡辺 やっぱりアメコミのヒーロー作品じゃないんだから、単純に正義と悪が分かれる性質のものではないんですよ。お互いに正義があって、それぞれ譲れない主張があった。そんな中で日本国憲法が作られていった。その成立のディテールを知っていると、自分の生活に直結する現行の法案を考えるきっかけにもなるでしょう。

 

──決して過去の話ではなく、今にも繋がる話だということですか。

 

渡辺 日本国憲法の成立を巡って、吉田 茂と白洲次郎はGHQのマッカーサーを相手に戦った。この戦いは結果的に負けるわけですけど、そこには日本をどういう国にしたいのかというはっきりした思いがあったわけです。その思いは知っておくべきですよ。つまりスコアボードに10対0と書かれるようなワンサイドゲームではなく、様々な理想が交錯していたということです。みんな、それぞれに真剣で必死なわけですから。GHQはGHQでアメリカ国内の事情や対ソ連の考えがあったわけで。

 

──政治や外交は思想だけじゃ勝てない面がありますよね。ときにはいやらしい駆け引きも重要になってきますし。

 

渡辺 そこなんですよ。だから逆に今の人は白黒を簡単につけすぎだと僕は思う。その結論に至ったまでの経緯とか、なぜそこを落としどころにしようとしているのかとか、そういう部分に考えが回らない。そんな好き・嫌いで単純に決められるようなことばかりじゃ世の中はないから、もっと多面的な角度でニュースを見るべきじゃないかと僕なんかは考えてしまう。要するにそれって想像力ですよね。それが成熟した大人の考え方だし、そういう人が集まったのが成熟した国家。そこを国民は目指さなくてはいけないんじゃないかと。

 

──これもネットの影響なのか、短絡的な暴論のほうがインパクトがあって目立つ部分はあるかもしれません。

 

渡辺 「戦争は愚かだ」「愚かな戦争をやった昔の日本人は幼稚だった」。あとからダメ出しするのは簡単でしょう。だけど今の日本人が成熟した大人になったと本当に言えるかというと、そこは微妙だと僕は思うんです。というか、日本人に限らず世界中の人たちが75年前より賢く生きているとは到底思えないんですよ。「歴史から本当に学んでいるんですか?」と改めて問いたい気持ちがありますね。果たして後世の人たちが今の僕たちを評価してくれるんでしょうかね?

 

(c)2020「日本独立」製作委員会

 

たまには立ち止まって自分の国のことを考えてみる

──安倍政権のときは改正議論も巻き起こりましたけど、渡辺さん自身は日本国憲法についてどのように考えているのですか?

 

渡辺 改正議論というけど、今は議論以前の段階で止まっちゃっている気がするんですよね。「危ないんじゃないか」「絶対に改正するべきだ」「それは好きじゃない」とか感情論をぶつけ合っているだけじゃないですか。それは議論とは呼べないですよ。なぜそうなるかというと、ひとつには知識がないから。

僕個人の考えを言うと、75年も立てば価値観も変わるわけだから憲法改正を考えるのもありじゃないかと思います。ただし、その際は感情論を排してきちんと議論することが必要。まずはその段階に進むことじゃないでしょうか。本来だったら、日本人が日本の憲法のあり方についてしっかり考えるというのが独立国家としてのあるべき姿なはず。賛成とか反対とか言う以前に、日本人が自ら考えることができるようにならないとダメだと感じます。

 

──なるほど。憲法問題に関しては、とかく感情的になりがちですからね。

 

渡辺 ただ、これは憲法に限った話じゃないですよね。だって主権は国民にあるわけじゃないですか。国民が国のことを決めるべきなのに、それをしようともしていないわけで。みんな毎日の生活に追われて忙しいのはわかるけど、たまには立ち止まって自分の国のことを考えたほうがいいんじゃないかなというのが僕の考えです。

 

──戦中・戦後の混乱期と今のコロナ禍は似ているという声もありますが、そこはいかがお考えですか?

 

渡辺 国難を迎えているという意味では共通しているでしょうね。それゆえに国民は余裕がなくなっている。余裕がないと往々にして自分以外の他人に温かい目線が持てなくなる。誰かのために何かをできるような存在に、この75年で人類は進化したのか? そういう投げかけがあると思うんですよ。コロナが激化する中で、誰かのせいにしたりとか、どこかの国を排除したりとか、そういう部分ばかりが目につきますからね。75年前の宿題を何もクリアできていない気がするんです。これは日本だけじゃなく、アメリカだって同じ宿題を抱えている。世界をリードする大国としての役割を果たしているとは、お世辞にも言えない状態ですから。

 

──すぐ中国のせいにしたり、つばぜり合いをする始末です。

 

渡辺 だからこれは国家というよりは人類のテーマなのかもしれない。もし人類が成熟できるとしたら、それは歴史からきちんといろんなことを学んだときですよ。この『日本独立』は学ぶためのヒントになるはずです。

 

──最後に、この映画をどのように楽しんでもらいたいですか?

 

渡辺 こういう近代史や憲法のテーマを扱うと、どうしても右だ左だというイデオロギーの話が出がちなんですけど、まずは一度そういった発想を取り払って観ていただきたいんです。吉田 茂さんや白洲次郎さんをはじめ、先人たちが日本という国に対して残したかったものは何だったのか? そこがテーマとしてはすごく重要だと思っていますので。これは決して世代を選ぶような作品でもないし、幅広い層の方に観ていただき、そして考えていただけたらなと思います。

 

【INFORMATION】

(c)2020「日本独立」製作委員会

 

映画『日本独立』

出演:浅野忠信、宮沢りえ、小林 薫
監督・脚本:伊藤俊也
配給:株式会社シネマメディア
(c)2020「日本独立」製作委員会

12 ⽉ 18 ⽇(⾦)より TOHO シネマズ シャンテ他全国順次公開

【公式サイトはコチラ

 

【衣装協力】
イザイア/イザイア ナポリ 東京ミッドタウン
tel:03-6447-0624