江戸川乱歩が描いた魅惑的な悪女・お勢。彼女の圧倒的な存在感をそのままに、新たなオリジナルストーリーとして気鋭の作家・倉持 裕さんが戯曲化・舞台化した『お勢、断行』が衛星劇場にて早くも放送される。一時はコロナ禍で公演中止となりながらも、2年越しでお勢を演じたのは倉科カナさん。また、彼女が溺愛する少女・晶には福本莉子さん。公演を終えたばかりの2人に、今作への思いをたっぷりとうかがった。
【倉科カナさん&福本莉子さん撮り下ろし写真】
晶のすべてを求めるあまり、劇中で莉子ちゃんに抱きついちゃってました(倉科)
──今回の舞台を終え、改めてどのような作品だったと感じていますか?
倉科 キャストも物語も本当に素晴らしい作品でした! どのキャラクターもしっかりとフィーチャーされていましたし、何度かタイムリープをして同じ場面が繰り返されることがあるのですが、それによって物語を多角的に見せることも出来ていて。今まであまり見たことのない舞台になっていたのではないかと思います。
福本 江戸川乱歩の原作を題材にしていますので少しダークさがあるものの、倉持(裕)さんの演出によってユーモアが加わり、とても見やすい作品になっているなと感じました。それに、倉科さん演じるお勢さんのお着物など衣装も見応えがあって。放送だと、そうした細部も楽しんでいただけるのではないかと思います。
──お2人が演じたお勢と晶にはそれぞれどのような印象を持たれましたか?
倉科 お勢は“稀代の悪女”と呼ばれているほどの女性で、すごくクレバー。悪に対する美学や哲学も持っていますし、ただの悪人とは呼べない存在感がありますね。掘り下げれば掘り下げるほど魅力的な人物ですし。しかも、その一方で晶さんを溺愛したりと感情を顕にするところもあるので、“稀代の悪女”である一面とは別に、人間味のある女性として演じたいなと思っていました。
福本 晶はお勢さんとは対照的に、純粋無垢すぎるお嬢様ですね。今作は登場人物のほとんどが悪人なので(笑)、その中で晶は翻弄されてしまう。誰が味方で誰が悪なのか分からない状況になってしまうんです。でも、唯一、お勢さんのことだけは慕っていて。けど、そのお勢さんにも翻弄されるから、また悩んでしまう(苦笑)。そうしたどこまでも純粋な姿を大事にしました。
──では、お互いから見た、それぞれの役の魅力は?
倉科 莉子ちゃんが話してくれたように、晶さんはとても純粋ですね。でも、だからこその残酷さも感じます。お勢はどちらかというと汚れている身なので(笑)、晶さんのことが光のように見えることがあるんです。そうした、一見するとまるで正反対のような2人ですが、でも実は根本の部分で繋がっているようなところもあって。だからこそ、お互い引き寄せられたのかなと思います。
福本 お姉様として慕ってしまう気持ちはすごくよく分かります。……ただ、お勢さんってたまに難しいことを言うんですよ(笑)。
倉科 たまにじゃないよ。ほぼ難しいことばかり言ってる(笑)。
福本 ですよね! だから、一緒にお話をしていても晶はたまに置いてけぼりになっちゃうんです。しかも、お勢さんは賢いから、晶がちょっと疑問を口にしただけで、聞きたかった答えの先のさらにその先のことまで話してくれる。すると、逆に困惑しちゃって(笑)。だって、酷い時にはお勢さんってどんどんと一人でしゃべってるんです。晶としては、「えっ、ちょっと……お勢さん!?」という感じです(笑)。
倉科 ごめんね。そうなっちゃうよね(笑)。
福本 しかも、言ってる内容はよく分からないんですが、それでもきっとすっごく恐ろしいことを話してるに違いないというのは伝わってくるので、たまにお勢さんのことが本気で怖くなります(笑)。
倉科 (笑)。けど、私としては、お勢って本当に晶さんのことを大切に思っていると解釈して演じてるの。言い方を変えれば、“なんとしてでも、この子が欲しい”という感情すらある。だから、本番でも晶さんへの執着が日に日に増していってて。
福本 そうだったんですね。でも、そうした態度をあからさまにお芝居で見せることはされていませんよね? 2人だけのシーンでも晶の前ではお勢さんって淡々としている感じがしますし。それに、常に“あなたはどう思ってるの?”という感じで心の中を覗かれているような気持ちになるんです。ですから、そこまで晶に執着していたというのは意外でした。
倉科 淡々としていても、心の中では、“晶さんが望むもの、求めているものをすべて私が叶えてあげたい!”という気持ちでいっぱいで。その証拠に公演の途中ぐらいから私、やたらと晶さんをベタベタ触るようになったでしょ?(笑)
福本 あ、確かに!「悔しくってたまらないわ!」のセリフのところですよね?
倉科 そう! なんだったら、抱きついちゃってるし(笑)。
福本 今言われて思い出しました。“あれ? 今日は距離が近いな”“今日はハグされたぞ”って思ってましたもん(笑)。
──そうした役へのアプローチに関しては、演出の倉持さんとはどのようなお話をされたのでしょうか?
倉科 今回は自由にやらせていただきました。でも、すごく細かく見ていらして、芝居がおかしくなっていくと的確な言葉をくださるという感じでした。印象的だったのが、私が稽古場で焦っていた時期があったんです。周りは素晴らしい役者さんばかりですし、“稀代の悪女”と謳っているので佇まいもしっかりしないといけなくて。そうしているうちに、逆に立ち姿や動きに変なクセがついてしまったんですね。それを見た倉持さんから、「少し表現を抑えて」と言われてしまって(笑)。でも、そのひと言があったおかげで、一度ギアを目いっぱいまで上げて、引き算するように場面に合わせてどんどんと芝居を抑えていくという方法を取るようになりました。
福本 私は台本を一人で読んでいただけでは分からないことがたくさんあったんです。セリフにも本音と建前がたくさんあり、心の奥底では別の真意があったりして。それが見えづらかったので、倉持さんに相談したことがありました。そうしたら、「裏の言葉ばかり考えてしまうとどんどんと混乱していくから、シンプルに台本どおりにやってみては?」というアドバイスをいただいて。それからはすごくラクになりましたね。
倉科 確かにこの作品は本当に難しいんです。時間軸もバラバラですし。場面の時間が急に戻ったりすると、それに合わせて私たちもギアを……。
2人 (同時に)グッ!と。
倉科 そう!(笑) グッとギアを上げなきゃいけない。
福本 当然、お客さんにも時間が戻ったことをすぐに分からせないといけないですし、視覚的にだけでなく、見る側の気持ちまで一緒にその時間軸に引き戻さないといけないので本当に大変でした。
倉科 ただ、大変ではありましたけど、考える楽しさもありました。倉持さんは私たちが提示した演技をいつも肯定してくださって。決して否定することなく、一度受け止めてくれたうえで、プラスアルファの演出を付けてくださるので、やりがいがあるんです。ラストシーンもほぼ任せてくださいましたし。そうした演出だからこそ、キャスト全員が生き生きしているんだと思います。
福本 とはいえ、私はやっぱりプレッシャーがありました。特に幕開けがそうで。この舞台は私のセリフからスタートするから、最初の頃は本当に余裕がなかったんです。でも、実際にはその余裕のなさが、逆にいいテンポ感になっていたみたいなんですね。というのも、少し慣れてから、“ここで気持ちを溜めたほうがいいかな”といろいろ試していたら、倉持さんに「最初のシーン、もうちょっとテンポを上げていこう」とダメ出しをされて(笑)。私がトップバッターでゆったりしたテンポを作っちゃうと、そのあとの共演者のテンポも緩くなってしまうからって。“それ、もうちょっと早くに言ってほしかったなぁ”と思いつつ(笑)、もう一度作り直したら、わざわざ楽屋まで来て「すごくよかったよ!」と言ってくださって。普段は寡黙ですけど、細かい気配りのある、本当に優しい方だなと思いました。
私、窮地に立たされるほうが結構燃えるタイプです(福本)
──また、この公演は当初2年前に上演を予定していましたが、コロナ禍によって延期となり、このたび待望の上演となりました。公演が決まった時はいかがでしたか?
倉科 当時は公演が中止になるなんて思ってもみなかったので、信じられない気持ちでした。本番初日直前での中止だったので、せめてゲネはやろうということになったのですが、共演者さんやスタッフさんたちの顔を見るのがつらかったですね。泣いちゃいそうでしたから。でも、すぐに倉持さんが「必ず再演しましょう!」と言ってくださって、それがこんなにも早く実現して。今回、初日が開いた時は、“お客さんの前でお芝居ができるってこんなに幸せなことなんだ!”と喜びでいっぱいでしたし、まだまだ暗いニュースが続く中、こうして2年越しに幕を開けられたことは、多少なりとも演劇界に光が指し始めたというメッセージにもなるんじゃないかと思いましたね。
福本 私はこの復活公演からの参加になるのですが、ほぼ2年前のキャストがそのまま出演されていらっしゃったので、稽古場で孤立しちゃうかなと思っていたんです。でも、皆さんすごく優しくて。私のことを事前にいろいろと調べて話しかけてきてくださる方もいて、おかげですぐに馴染むことができました。ただ、皆さんにとってはある意味で二度目になるので、稽古のスピードがびっくりするぐらい早くって。それが一番の不安要素でしたね。
倉科 そうだよね。私もあの早さには驚いたもん(笑)。
福本 倉持さんがどんどんと進めていくから、私としては“え〜……ちょっと待ってぇ”と思ってて(笑)。しかも、周りはすごすぎるキャストさんばかりですし、私にとってはこれが初めてのストレートプレイだったこともあって、常にトップギアの稽古に必死についていくだけでした。
倉科 今回から参加してくれたのは莉子ちゃんと堀井(新太)くんだけだったもんね。でも、普段は放置主義の倉持さんが2人には寄り添って、丁寧に指示を出されていたから、それを見てほかの共演者さんと「いいなぁ〜」って羨ましく思ってた(笑)。
福本 あの時は本当にありがたかったです。あの倉持さんの指導があったおかげでなんとか無事に舞台に立つことができましたから。
倉科 本来なら心が折れてもしょうがない状況だったもんね。本当にすごく頑張っているなって思ってた。
福本 私、窮地に立たされるほうが結構燃えるタイプみたいなんです(笑)。だから今回も“よし、やってやろう!”って思ってて。あの状況、わりと嫌いじゃなかったです(笑)。
──お2人は今作が初共演でしたが、一緒にお芝居をされてどのような印象を持たれましたか?
倉科 莉子ちゃんはこんなに可愛らしいんですけど、中身は結構ゴリッとしているんです(笑)。芯がしっかりしていて。でも、サッカーをされていたと聞いて腑に落ちました。それにすごく機転が利くし、堂々としているし、柔軟性もある。何よりも頼もしいんです! 私がいつもフワッとしているタイプなので、いつも莉子ちゃんに「倉科さん、こっちですよ!」って助けてもらっていて。実は裏でお勢を操ってたのは莉子ちゃんでした(笑)。
福本 いやいや(苦笑)。倉科さんは所作の一つひとつがとてもきれいなんです。また、お勢さんは長ゼリフが多く、しかも古典的な言葉遣いなんですが、それをいろんな世代のお客様に伝えるために本番に入ってからもずっと試行錯誤されていて。そうした姿を拝見して、“かっこいいなぁ、プロフェッショナルだなぁ“って、いつも思っていました。
倉科 お芝居が定まっていないという意味では、ダメなのかもしれないけどね(苦笑)。
福本 いえ、どうすればよりよくなるかを毎日考えていらして。その姿勢が本当に素敵だなって感じていました。
倉科 でもそうした挑戦は、舞台上に莉子ちゃんが晶さんとしているからできたことなの。私が何をしても全部受け取ってくれるから。だからいつも本番で舞台に出る前は、“私はひとりじゃない。莉子ちゃんがいるから大丈夫!”って念じていて。毎公演、そうやって心の中でも助けてもらってた。
福本 本当ですか! 嬉しいです。私なんかでよければいつでも救います!(笑)
倉科 こちらこそありがとね!
──では最後に、放送に向けて楽しみにされていることを教えてください。
倉科 今回はどのシーンもすごく気になります!
福本 私もです。だって、本番中も2人して舞台裏でずっとモニターを見てましたもんね(笑)。
倉科 そのモニター越しでも、全部のシーンが本当に美しくて。だからこそ、今回の放送ではどういうふうに編集されているのか、私も楽しみなんです。
福本 セットや装置も含め、本番の舞台をご覧になられた方々からよく「立体的に見えた」という感想をいただいたので、はたして映像だとどう映っているのか、私もワクワクしながら放送を待ちたいと思います。
『お勢、断行』
CS衛星劇場 2022年8月28日(日)後 6・00よりテレビ初放送!
(STAFF&CAST)
原案:江戸川乱歩
作・演出:倉持 裕
音楽:斎藤ネコ
出演:倉科カナ、福本莉子、江口のりこ、池谷のぶえ、堀井新太、粕谷吉洋、千葉雅子、大空ゆうひ、正名僕蔵、梶原 善
(STORY)
時は大正末期、女流作家のお勢は資産家である松成千代吉の屋敷に身を寄せていた。屋敷には千代吉の娘・晶や住み込みの女中・真澄、そして小姑の初子からの圧力に苦しむ後妻の園がいた。ある日、園は代議士の六田とともに松成家の財産をすべて奪い去ろうと計画を立てる。が、思わぬところで殺人事件が起き、やがて計画は予想外の惨劇を生み出していく──。本編終了後に、倉持 裕、倉科カナ、福本莉子、大空ゆうひによるスペシャルインタビューも放送。
撮影/宮田浩史 取材・文/倉田モトキ ヘアメイク/北原 果(KiKi inc.)(倉科)、冨永朋子(アルール)(福本) スタイリスト/道端亜未(倉科)、武久真理江(福本)