将棋や囲碁の世界で最近よく耳にするのが「史上最年少」。将棋では藤井聡太が史上最年少で五冠を達成したのが有名だが、囲碁でも驚くほど低年齢のプロ棋士が誕生している。2022年の囲碁界は、相次ぐ「ジュニアプロ棋士」の誕生に沸いた。
なかでも9歳4か月で史上最年少プロ棋士になり話題を呼んだのが藤田怜央さん。我が子であり、プロ棋士の息子と接するときに心掛けていることを、父の陽彦さんに聞いた。
※こちらは「GetNavi」 2022年12月号に掲載された記事を再編集したものです。
遊ぶときはかわいらしい少年だが、碁盤の前ではプロ棋士の目に変わる
藤田怜央さん
2013年4月25日生まれ。4歳のとき囲碁に出会う。20年に日本棋院関西総本部のプロ候補生の院生に認められ、22年7月に関西棋院が設けた「英才特別採用規定」の採用試験に合格。9月1日付でプロ棋士として認定される。
藤田陽彦さん
理学療法士。日常生活を行ううえで基本となる動作の改善を目指す動作の専門家として活躍するとともに、子どもが抱えているメンタルの課題をサポートする活動を行っている。
リバーシゲームがきっかけで同じ白と黒の囲碁の門を叩く
怜央さんが囲碁を始めたのは4歳のとき。そのきっかけとなったのがリバーシゲーム。リバーシの天才少年を紹介したテレビ番組を見て、やりたいと言ったそうだ。
「休みの日などはずっとリバーシ。いつしか自宅では飽き足らなくなり、リバーシ教室やサークルを探したのですが見つからず、ならば同じ白黒の石を使う囲碁があると近くの囲碁サロンに相談してみたら、“しっかり座っていられるなら良いですよ”ということで通い始めたのがきっかけです」(陽彦さん)
囲碁を始めた当初からいまのような才能が開花したのだろうか。
「最初はそんなことはなかったんですが、4歳10か月で囲碁を集中してできるのは珍しい、また整地(※)が速いというのは言われました。怜央は記憶力が良かったんですよ。大阪メトロの路線と駅名や、全国各地の『今日の最高気温』を覚えたり。3歳上の兄と一緒に計算の宿題をやっていて、九九も早くに覚えましたね。歌と同様に覚えるんですよ」(陽彦さん)
※:終局後、白黒それぞれが有する“陣地“の形をきれいに整えること。四角形など数えやすい形になるように陣地を整え、縦・横の線の交わり目(目という)の数を数える。白、黒それぞれが有する陣地が多いほうが勝ちとなる
陽彦さん自身は囲碁をほとんど知らないため、怜央さんは囲碁サロンや子ども道場で鍛えているとのこと。自宅で囲碁のことはあまり話さないという。
「私は囲碁を教えられません。だから囲碁をするためのサポートをしてあげることが大切と考えました。そのなかで重視しているのが運動ですね。運動が脳を活性化させるというのは知っていたので。近所の公園や、休みの日だったら大きな公園に行って遊ばせる。寝る直前まで遊ばせてて、家にはあまり居させなかったですね。囲碁はPCやタブレットでもできるんですが、ダラダラやっていてもダメ。囲碁漬けにはしないようにしています。一時的に成績が伸びることもあるんですが、それは限定的なものだと思っています」(陽彦さん)
ただ、怜央さんの高い能力が周囲で評判になってきたとき、プロになることについて真剣に考えるようになったという。
「タイミングが難しいですね。これから年齢を重ねていくとプロになるのが厳しくなる。でも幼なすぎても難しい。ならばいまが良いタイミングかと思いました。プロになるからには世界一を目指す。それは私の思いでもあるし、本人にも“世界一になるぞ”と言い聞かせています」(陽彦さん)
陽彦さんが大切にしているのが、怜央さんが囲碁をするための良い環境づくり。それは碁盤に向かわせることだけではないという。
「スポーツ選手にはコーチやトレーナーがいますよね。そういう人のサポートがあって選手が活躍できる。だから私もひとりのサポーターとして怜央を支えています。朝食後には散歩をして、経営している鍼灸院に来て囲碁をします。棋譜を見ながら練習しています。ただ、囲碁から離れる時間も作ります。身体を動かすために卓球などをします。あとは心に余裕を持たせるのも大切だと思うので、ひとりでボーッとする時間もたまに作るようにしています」(陽彦さん)
好きなことが見つかったら、とことん付きあってあげる
「私は現在、学校に行けない子どものサポートをしています。その要因は人それぞれですが、子どもたちと接するなかで“こういう接し方が良いのか”と学ぶことがあります。怜央へのサポートにもつながっていると思いますし、逆もあります。その点ではうまくつながっていると思います」(陽彦さん)
怜央さんが近ごろハマっているのが動物。動物図鑑が好きという。
「最近、神戸どうぶつ王国に行きました。ハシビロコウが見たいって言うので。その動物園は、動物との距離が近いんですよ。怜央と私はすごく楽しみましたが、妻と兄は“ふ〜ん”という感じでした。囲碁とは違う楽しさを感じさせてあげることも必要と考えています」(陽彦さん)
陽彦さんが子育てで心掛けているのが、好きなことを見つける、そしてそれにとことん付き合ってあげることだ。怜央さんが大富豪ゲームにハマったときは、朝食後、午前中ずっとやっていたそう。
「学校の勉強ができるのも良いことですが、それよりも夢中になれることを見つける、見つかったらとことん付き合ってあげることが大切だと私は思っています。公園に行って遊ぶのもそうですが、いまの怜央にとっては囲碁。囲碁サロンや道場までの送迎も必ずしています」(陽彦さん)
プロの囲碁棋士としてこれから対局を重ねていくわけだが、怜央さんにはこれからどんな棋士になってほしいのだろうか。
「先ほども言いましたが世界一を目指してほしいと思います。そのために本場である韓国へ修行しに行くか、なんて話もしています。そして早い段階でタイトルを取れるような棋士になってもらいたいですね。プロの棋士でも、30歳を過ぎたあたりから徐々に力が衰えていくと言われています。頭の回転も遅くなりますし。そう考えるとスポーツ選手と同じなんです。これからは伸びるだけじゃなく、“勝てない”という壁に直面する状況もあると思います。そんなときでも囲碁が好きでいられるよう、とことん付き合ってあげたいと考えています」(陽彦さん)