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2015/11/28 16:00

ラグビー日本代表躍進の立役者、 荒木香織元メンタルコーチが語る、 “選手の成長”と“日本人のメンタル”。

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これまでラグビー日本代表チームのワールドカップでの勝利は、24年前(1991年)のジンバブエ戦のみでした。それが2015年イングランド大会では、2度の優勝経験がある強豪の南アフリカ共和国を皮切りに、サモア、アメリカ合衆国をなぎ倒し、予選リーグは3勝1敗。勝ち点の差で惜しくも決勝トーナメントへの出場を逃しましたが、選手たちの勇猛果敢な戦いぶりと、卓越した戦術が世界中から賞賛を浴びました。

 

この日本代表の選手たちが口を揃えて「影の立役者」だと評する存在が、メンタルコーチの荒木香織さんです。2012年のコーチ就任以降、エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)のチーム作りを支え続けてきました。彼女はアメリカでスポーツ心理学を学び、博士課程を修了後、現在は兵庫県立大学の環境人間学部で准教授として教鞭をとっています。

 

10月31日をもって任務が終了し、肩書が“元”日本代表メンタルコーチとなった荒木さんは、現在育休中。京都にある彼女が生まれ育った自宅にお邪魔して、インタビュー取材を行いました。(このインタビューの内容は「五郎丸ポーズの共作者、荒木香織メンタルコーチが振り返るラグビー日本代表の成長」および「五郎丸ポーズの意味は……「特にない」!? ルーティーンの共作者、荒木香織メンタルコーチがその秘密を語る!」にも掲載しています。コチラもぜひお読みください!)

 

今回は、日本代表選手たちとのエピソードなどの話題はもちろん、ラグビーから飛び出し、“日本人論”を語るなどグローバルなトピックにまで内容が発展、オドロキの内容まで、幅広く語ってもらいました!

 

~日本代表が直面したのは、“日本人ならではの課題”~

エディーHCが世界と戦うために荒木さんに求めたものは、“自主性”をキーワードに選手のメンタリティを変えることだったとか。

 

荒木さん「日本人は、監督や先生など上に立つ人から言われたことだけ黙って行う傾向にあります。世界で勝つためには、選手たちがもう少し自分たちから行動して、コーチに質問をして、選手とコーチがコミュニケーションを取りながらチームを作り上げていく必要があります。言い方は変ですが、そういう“西洋のマインド”を日本人の選手が持ち、自分たちがどういうラグビーをすれば世界で勝てるのか・世界で戦えるのかを意識できるようになることが、エディーHCからの要望でした」

 

スポーツの世界では、メダル確実と言われた選手が、本番で力を発揮できないことも多々あります。アスリートが時として大舞台に弱くなってしまうのも、自主性の欠如が要因のひとつだそうです。

 

荒木さん「言われた通りの練習をこなすだけでは、いくら練習の質が高くても大舞台では勝てません。平常心でも、リラックスしすぎていてもダメ。緊張しながら大舞台で力を発揮するために必要なメンタルのスキルをつけるためのトレーニングをしました」

 

その効果はすぐに出るものではないので、ワールドカップに照準を合わせてゆっくりと、しかし着実にトレーニングを行ってきたとのこと。

 

荒木さん「様々なアプローチを行ったので、全部は説明しきれません。例えば、核となる選手を決めて、その選手を中心にチーム全体に意図を落としていく方法と、個人ごとにメンタルを強化していく、という2つの手法を並行して行ったりしていました。そもそも日本代表自体勝ったことのないチームだったので、就任後の1、2年目は『勝ちの文化』を作ることにこだわりました。愛着やプライド、誇りの持てるチームにしようと。それをクリアした3、4年目の段階で、『自主性』をテーマに、軸を決めてそれを達成するにはどうすればええんか、選手一人ひとりの役割まで落とし込んで、行動を変えて目標を達成できるように、と選手と対話しつつ、メンタルを強化していきました」

 

4年間に及ぶ選手との二人三脚のトレーニングの結果、荒木さんは、すべての選手が成長したと断言します。

 

荒木さん「みんなすごく頑張ってくれはったと思います。スポーツは勝たないと評価されないけれど、選手たちはみんな将来ラグビー選手じゃなくなったときも、今回手に入れたメンタリティをもって社会人として生きていってくれるだろうなという手応えがあります。私個人としてはそういう成長やその過程を評価したいんです」

 

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~日本人のメンタルに「物申す!」~

インタビュー冒頭で、日本人に問われがちな“自主性”という課題を挙げた荒木さん。「海外にいたから日本人って最高だと思いますし、大好きです」と言いつつも、日本人が抱えるメンタルの問題を指摘します。

 

荒木さん「日本人は几帳面で、器用で、何をやっても完成度が高いところが武器だと思います。でも、そういう自分たちの素晴らしさに気付いていないし、気付いていたとしても自分に対して厳しい。“できる”の基準が高いんですよね。先生に『あかんあかん』『反省反省』と否定の教育を受けてきたから、いいところを伸ばしきれずにきている。その几帳面さがものづくりに向かっているときはプラスに働くけれど、対人になると他人も自分も追い詰める。失礼かもしれませんけど、男性、特に中高年の方は自分がそうされてきたから他者に厳しいですし、特に若い人や女性をなかなか認めない。年齢や性別といった“見えるもの”で判断せず、実際の行動や成果などをフラットに評価して伸ばしていくメンタリティが日本人には足りないと思います」

 

エディーHCをはじめとした外国人のスタッフと、日本人選手のギャップを埋めることも、アメリカで8年間の生活経験がある荒木さんに期待された仕事だったといいます。

 

荒木さん「日本人は見える目標にはたどり着けるけれど、想像できないことは目標にできないので、夢にも思っていないことを言い出す外国人についていくのが大変です。エディーさんは自分が言った大きなことを成し遂げられる人で、それをサポートするスタッフと環境があったので、今回は結果に結びついたんだと思っています」

 

ところで、気になるのは荒木さんの今後のキャリア。2016年は、4月に大学の教壇に復帰することは決まっているとのこと。スポーツのコンサルティングに関しては、時間の融通がきく個人選手に対してはずっと行っているそうですが、チームのメンタルコーチ、また、ラグビーの代表チームに戻る可能性はあるのでしょうか?

 

荒木さん「どうでしょう(笑)。チームスポーツに関しては呼ばれたら、年代やレベルや種目を含めてどうするかじっくり考えます。身体はひとつしかないですし、チームを勝たせるのは、個人を勝たせるよりも難しく犠牲にすることが多いので。いずれにせよ、これからもスポーツ心理学を通じてたくさんの人に夢、希望、やる気を提供できる仕事をしていきたいと思っています」

 

 

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プロフィール
あらき・かおり 1973年2月23日生まれ。京都府出身。学生時代は陸上競技部に所属し、ジュニアオリンピックに出場するなど選手として活躍。8年間に渡るアメリカでの留学・博士課程の取得の後、シンガポールの大学にて教鞭を取る。08年10月より兵庫県立大学准教授。スポーツ心理学についての研究を行う。12年から今年の10月まで、ラグビー日本代表のメンタルコーチを務めた。

 

取材・文/須永貴子 撮影/土居雄一(TRYOUT)