最近Twitterでよくシェアされている、「ちっこい動物」「そっくり木彫り」を見たことはないだろうか。手のひらサイズのかわいらしい動物や、木でつくられたとは思えない精巧な刺身などの投稿作品が続々バズり、「ワンコとクマ」のツイートは3.8万リツイート、12.7万いいねを獲得(2020年8月現在)。日本だけでなく海外でも多く拡散されている。
ワンコとクマつくりました。 pic.twitter.com/v8ctIzUxUm
— 川崎 誠二 Seiji Kawasaki (@sawsnht) June 26, 2020
あどけない表情と小さなサイズ感に、見ているだけで気持ちがなごんでしまう。作品をつくっているのは、木彫り作家の川崎誠二さん。
木彫りといえば、土産物のクマの木彫りか小学校の工作でつくった文箱ぐらいしか思い浮かばない……という人も多いだろう。でも、そんな地味(失礼)な木彫りをどんどんバズらせる川崎さんは一体どんな人なのだろう? 木彫り作家って一体どんな暮らし……?
そこで、静岡県沼津市で木彫り教室を開いているという川崎さんに、会いに行ってみた。
(取材・構成・撮影:樋口かおる)
本物にしか見えないこちらのチョコレートも、なんと川崎さんによる木彫り作品。海のそばのアトリエでは、生徒さんがそれぞれ作品を制作中。教室のあと、お話を伺った。
木のトーストがバズって木彫りの道へ
———木彫り教室を開いてもう長いんですか?
川崎さん いえ、定期的に生徒さんに来ていただくようになったのはここ1年とかで……。今、自分が木彫り作家になってしまったのも不思議な感じなんですよ。
———元々目指してはいなかったということでしょうか。どうして木彫り作家になったんですか?
川崎 きっかけは、6年前の姪の中学校の夏休みの宿題です。姪がつくった木のトーストが、ほぼ木片のままの状態だったんですね。それに僕が手を入れてTwitterに投稿したらバズって。それで「じゃあちょっと木彫りやろうか」と。それがはじまりですね。
木彫食パンのトースト、完成した!!
ほめて!ほめて!
(この気持ちの昂ぶりと、写真の地味さの差なかなかある。コーヒーとバターは本物です) pic.twitter.com/vXIMu7tZFJ— 川崎 誠二 の制作&日常のほう (@uko3000) August 30, 2014
———すごい。「トーストはそっくりな木彫りで、コーヒーは本物? バターは?」ってザワザワしそうな楽しい投稿です。それまでも木彫り作品は投稿していたんですか?
川崎 木彫りの投稿はトーストがはじめてですね。木彫りはこのときはじめたというか、その前は大学の美術部で1つ作品をつくっただけです。Twitterでは絵や写真を投稿したりしていて、トーストは特別に反応があって驚きました。その後もパンをいくつか彫って投稿して、“木彫りのパンの人”と言われるようになりました。
———はじめての木彫り投稿で「そっくり木彫り」が誕生していたんですね。バズっても、それを実際の職業につなげることは簡単ではないと思います。木のトーストの後、 “木彫り作家”への道はどんなものだったのでしょうか。
「おめぇは動物以下!」と言われて本気に。TV出演も
川崎 木彫りトーストが人気になったとき、僕は大学を中退して無職。自分でも「このままパン木彫り作家になって作品展を……」と妄想したり、周りにも「木彫やりなよ! いけるよ!」と言っていただいたりしました。うれしい一方、「そんなこと言われてもさあ」みたいな気持ちもありまして。
——— “バズったら、次はどうする?”みたいなマニュアル本はないですもんね。なにかにはつながりそうだけど、具体的にどうしたらいいか、わからないかも……。
川崎 木彫りパンの活動は続けながら、トーストがバズった一か月後くらいに近所の魚市場でバイトをはじめたんです。僕自身に飽きっぽいところもあるので、パンを彫ったり別の食べ物を彫ったりしながら、1年くらいは木彫りに本気腰を入れていなくて。
———そうなんですか。その後、心境の変化があったんですか?
川崎 心境というか環境の変化が。バイト先に出入りしていたおじさんに「おめぇは、動物以下だ!」と言われて、バイトを辞めたんです。
———ええ、それは一体どういう……。
川崎 バイトもフルタイムじゃなかったし、「ちゃんとしろ」という意味なんでしょう。それで就職先を探そうとしたんですが、ぐずぐずしてしまって。そんな状況で「いよいよ木彫りをがんばるか……」とつくったら、またドーンと。
木彫りのミョウガできた!
完成まで、長かったよぉ…… pic.twitter.com/TPAtkf59Ma— 川崎 誠二 の制作&日常のほう (@uko3000) July 16, 2015
———あ、木彫りのミョウガ! 覚えてます。本物と木彫りの見分けがつかない……。それで、ついに木彫りが職業に?
川崎 TV番組に呼ばれたり、公共の美術館で展示したり。公募展でも賞をいただきました。ドイツの本にも掲載されて……。
———おお。Twitterから大きく広がりましたね。
川崎 でも、持ち込んだアートギャラリーでは「ふ~ん、奥さんがけっこう稼いでいるんですね」とか、「私の目からすると、これは土産物レベルね」みたいなことも言われて。独身なのに。
僕は自分の作品が好きなので、「この野郎!」と思いましたよ。でも同時に自分に対しては「社会からこぼれ落ちている」「だめ人間」という意識もありました。
———そんなことが。「こぼれ落ちている」とは、どういう意味でしょう?
川崎 僕は東北大学工学部にいたんですけれども、大学の友人知人は有名な企業で働いていたり、研究者としてのステップを進めていたり、「年収が1000万を超えた」といった話を聞いたりもしました。そういうことで「自分は定期収入もないし、何者にもなれていない」と感じたんでしょうね。人と接することも少なかったので、社会とのつながりが薄い感覚もありました。
———そうですか。投稿は周りに “毎回すごい!”と見えていても、背景にはいろんな日々が……。その後、「こぼれ落ちている」意識は変わりましたか?
合わせるのではなく、自分を好きな人のほうを向く
川崎 ジャックランタンのカボチャを被っている猫の作品がありまして、つくる前に「こういうものを彫ろうと思うんだ」と周りに話したら、あまりピンと来ない感じだったんですよ。でも、実際に作って投稿したらかなり評判が良くて。「こういうものをつくったら多くの人に喜んでもらえそう」という自分の感性に対して自信がつきましたね。
ジャックランタンの仮装をする猫の木彫り作りました。小さいです。2cmくらい。 pic.twitter.com/6KJIZsksUj
— 川崎 誠二 Seiji Kawasaki (@sawsnht) October 9, 2019
———かわいい!
川崎 私の作品に「欲しい」という声をたくさんいただくようにもなりました。木彫りをはじめた頃にTwitterで「これいけるよ!」と言われていたのと、「欲しい」と言ってもらえて、実際にお金を出してもらえるというのはぜんぜん違うなと感じています。
———なるほど。パッと見てすぐに忘れてしまうのか、フォローや購買といった次のアクションにすすむのかどうか、ちがいますよね。
川崎 そうですね。自分の作品をサイトで販売しているんですが、最初は「本当に買ってくれる人がいるのか?」「値段はいくらにすればいいのか?」と悩みました。でもやってみたらすぐにポポポッと注文が入ったんです。
ありがたいことに今はかなりお待ちいただいているような状態で、買っていただいた方からは「写真で見るより実物のほうがずっといい」「親子三代で楽しんでいます」と感想をもらっています。それで、自分の作品を好きでいてくれる人に向き合えばいいのかなと。
———嫌味を言う人を見返すのではなく、別の方向を見ると。
川崎 自分を好きじゃない人に合わせる必要は、別にないかなと。木彫り教室もはじめて生徒さんとのつながりもできたり、国勢調査で「木彫り作家」と記入したり。
———国勢調査?
川崎 国勢調査に職業の記入欄がありますよね。それまで職業を聞かれる機会が特になくて、はじめて「木彫り作家」と書きました。あとは確定申告をする際にも「木彫り作家になってる!」という実感がわきますね。
「そっくり!」「かわいい!」をきっかけに広がれば
———Twitterをきっかけに、本当に“木彫り作家になったんですね。うまくいかないことがあっても、木彫りを続けられたのはなぜですか?
川崎 作品にすぐにレスポンスをもらえるTwitterの性質が僕には合っていたのかなというのと、木を彫ることはおもしろいので。
———木彫りの煮干しもおいしそう……。「そっくり木彫り」にはどんな意味があるんですか?
川崎 僕の位置づけとしては、「人がものを認識すること」です。僕がつくった木のトーストを見て人が“パン”だと感じる場合、頭の中ではそれまで食べたパンの味や香りの記憶を再現されています。それがリアリティにつながっているんですよね。
———「ちっこい動物」はどうですか?
私の作った豆柴の大群です。木を彫ってます。 pic.twitter.com/aU7zs0KfGP
— 川崎 誠二 Seiji Kawasaki (@sawsnht) December 18, 2019
川崎 「ちっこい動物」シリーズは、戌年のお正月につくった“柴犬”がはじまりです。小さいという制約のなかで、デフォルメではなく、「ここがいいという特徴を拾ってぎゅっと表現してあげる」というチャレンジですね。「かわいさ」というのはこれまであまり意識してこなかったのですが、つくる自分にとっても見る人にとっても“癒やし”になりますね。ちっちゃいので、ちょっと配置するだけで物語性が出るのもおもしろいかなと思います。
———「そっくり!」「かわいい!」という単純な感想を持っていましたが、そう聞くとまた見る目が変わるような……。
川崎 それで良いと思います。実は、「TVで紹介するような“そっくり”は浅いアート」みたいなツイートを見て、「ムムムッ」と思ったこともあります。でも「そっくり!」「かわいい!」をきっかけにまず見てもらうことが大事だし、そこから僕の表現についても興味を持ってくれる人がいたらうれしいですよね。
小さな違和感をそのままにせず、彫りすすめていく
———木彫りの炒り豆の展示には、「だれであっても、今あるその姿は、いくつもあった他の可能性を捨てて選びとった姿」というメッセージが添えられていました。川崎さんはなにを捨てて木彫り作家になったのでしょうか?
川崎 僕はもともと理系で、研究者になりたかったんです。でも、そんな道やあんな道、あったはずのいろんな道はなくなって、なぜか木彫り作家になりました。“なにかになる” ということは、他の “なにかになる”可能性を捨てるということだと思っています。
木も塊の状態ではいろんなものになれる可能性を持っているけれど、ねこになってしまうと、もう他のものにはなれませんよね。
———なるほど。できなかったこと、やらなかったことにも意味がある……。木を彫ることには「失敗したら修復できない」というイメージがあります。川崎さんでも「かわいくならない」みたいなことはありますか?
川崎 「なんかかわいくならないなー」というときは、かわいくなるまでやります(笑)。“なんかちがう”という感覚は、大事だなと思っていて。彫っていて違和感があるなら、自分のなかに理想があって、まだそこに到達していないということ。それを見つけ出してあげる作業が、彫ることなのかもしれません。
———木を彫りながら人生の違和感を見つめ直したくなりました。川崎さんは制作スケジュールなどを一人で管理していて、違和感やストレスはないですか?
川崎 孤独感とか、つい怠けがちになってしまう大変さはありますね。でも僕はなんでも自分でやるのが好きで、人の指示を受けるのが苦手。だから人に合わせるといったストレスはないですね。わりと自然体で過ごせていると思います。
———最後に、Twitterがきっかけで、自分の人生は変わったと思いますか?
川崎 変わりましたね。はじめに木のトーストがたくさんの人に見てもらえたのは、「ほめて!ほめて!」という本当の気持ちがうまく乗ったからかもしれません。おもしろさとか本音の感情と、Twitterは相性がいいですよね。
中1の姪の夏休みの工作からはじまって、来年は中1の美術の教科書に、僕の作品が掲載されることになりました。今、謎の人生を彫りすすんでいますが、Twitterがなかったらまたちがう道があって、きっと落ち着くべきところに落ち着いたのだろうと思います。
Twitterがバズったことがきっかけと聞くと偶然の結果のように聞こえますが、ブレずに木彫りに向き合い続けた結果、今ではすっかり“木彫りの人”に。できあがってしまうと、ずっと前からその姿のように見える木彫りのクマやワンコたちのようです。川崎先生、ありがとうございました!
【プロフィール】
川崎 誠二(かわさき・せいじ)
1984年静岡県沼津市生まれ。木彫り作家。東北大学工学部建築社会環境工学科中退。姪の夏休みの工作を勝手に手伝って制作した『木彫のトースト』がネットで話題となり、写実的な木彫りの食べ物の制作を開始。『ZIP!』などのテレビ番組やメディアで多数紹介され、木彫キャラクターデザインも手掛ける。
Twitter:https://twitter.com/sawsnht
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