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2020/9/3 10:15

さらば! 新宿ゴールデン街劇場。キーマン2人に訊く「これからの劇場、芸人のあり方」

新型コロナウイルス感染拡大の震源地とやり玉に挙げられることの多かった新宿歌舞伎町。「夜の街」以外での感染も急増する中、以前ほど問題視されることはなくなったが、まだまだ歌舞伎町を避ける傾向は強く、街に活気は戻っていない。

 

歌舞伎町1丁目にある飲食店街「新宿ゴールデン街」も、かつては連日多くの客で賑わい、外国人観光客の姿も目立っていたが、コロナ禍以降は潮が引くように客足は途絶えた。都の休業要請期間を経て、一時期よりは客が戻ってきたものの、いまだに週末の夜でも人の数はまばらだ。

 

そんな先行きの見えない状況の中、新宿ゴールデン街に居を構える「新宿ゴールデン街劇場」が2020年8月末日をもって閉館、15年の歴史に幕を下ろした。

 

2005年の開館以来、演劇、音楽ライブ、お笑いライブ、トークショーなどのイベントを行う小劇場として営業を続けてきた新宿ゴールデン街劇場は、2017年からワハハ本舗が運営を行っている。

 

なぜ新宿ゴールデン街劇場を運営することになったのか、閉館を決断した理由、これからの展望などを、ワハハ本舗主宰の喰 始(たべ・はじめ)氏と新宿ゴールデン街劇場支配人の林大樹(はやし・ひろき)氏に伺った。

 

ゴールデン街に恩返しをするための劇場経営

↑ワハハ本舗主宰の喰始氏(右)と新宿ゴールデン街劇場支配人の林大樹氏(左)

 

――ワハハ本舗が新宿ゴールデン街劇場の運営に関わった経緯から教えてください。

 

喰始さん(以下、敬称略):ここのビルのオーナーさんが若いころからゴールデン街に入り浸っていたような人で、ゴールデン街に恩返しをするために飲み屋を始めたい、どうせなら劇場もやりたいということで新宿ゴールデン街劇場を始めたんです。最初は従業員を2人雇って運営していたんですけど、その2人が辞めてしまい。オーナーさんは僕と同じ年で、「この年齢で自分が運営するのはしんどい」ということで相談を受けたんです。ワハハ本舗も、けっこう新宿ゴールデン街劇場を借りていましたからね。

 

――喰さん自身、ゴールデン街で飲むことはあったんですか?

 

:二十代半ばから三十歳後半までは毎晩のように飲んでいました。なので僕も思い入れがあって、やってみようと思ったんです。当初は、小規模な音楽やお笑いのライブ、トークショーなどを中心にやれたらいいなと思っていたんです。ただワハハ本舗の本家が忙しくて、貸館がメインになって、林君に任せてやってもらっていました。正直言ってコロナに関係なく、そのころから赤字経営だったんです。

 

林大樹さん(以下、敬称略):年間を通じてだと収益はトントンぐらいだったんですけど、たとえば演劇だとロング上映じゃないと貸館としては収益にならないんです。特に梅雨の時期なんかは埋まらないので、そういうときは知り合いの芸人さんに安く貸したりしていました。

 

:毎日レンタルしてくれる人がいればいいけど、そうもいかないですしね。そもそも楽屋が2畳ぐらいしかないので、お芝居で使うのは難しいんです。キャパも40人程度ですしね。使わないよりも使ったほうがいいだろうってことで、空いているときは僕が自分のトークライブを1コイン500円でやったりもしたけど、収益的には何もならなかったですからね。

 

――打開策などは考えていたんですか?

 

:僕ら自身が企画を立てて、芸人さんなどに声をかけてイベントをプロデュースしようと。ゴールデン街は外人さんも多いので、外人客相手に言葉の壁がないショーをやりたいと考えていました。その矢先にコロナ禍が起きたんです。オーナーさんも多少は家賃をまけてくれたけど限度がありますからね。だったら我々は手を引きますよと。そういう話をしたら、オーナーさんも今後は劇場の運営自体が難しいから、改装して飲み屋にするって話になったんです。

 

――そもそもワハハ本舗で常設劇場を持ちたい気持ちはあったんですか?

 

:逆に常設劇場は持たない主義だったんです。すごく贅沢なことなんですけど、所属事務所が小屋を用意しても、出る側って役者でも、芸人でも、同じ場所だと飽きるんですよ。演出家の僕ですら、同じ小屋でずっとやるのは飽きます。

 

――それは意外です。

 

:昔は、どの劇団も小屋を持つのが夢でした。でも実際に小屋を持って、何パターンか公演をやってみると、使い方って決まっちゃうんですよ。それよりは違う空間でやるほうが面白いってなるから、結局は貸館になっちゃうんです。新宿ゴールデン街劇場も演劇やお笑いライブだけじゃなくて、他とは違う妙な空間にできたらいいなと考えていたんですけど、寝かしたまんまだったというのが正直なところです。

 

コロナ禍のなか、お互いに「ごめんなさい」でいいと思うんです

 

――新宿ゴールデン街劇場は4月中旬から休館しましたが、都などから特別な要請はあったんですか。

 

:クラスターでも出ない限り、それはないんです。昔話をすると、昭和が終わって平成になったとき、「昭和天皇が亡くなったので、しばらく舞台などは自粛してください」って要請があったんですけど、そのときも命令ではなく、「できればお願いします」という程度のものでした。あくまでもお願いだから、やったからと言って、その後に何か言われることもなかったんです。そのときと一緒で、そこまで強く言えないんですよ。

 

――一斉にライブや舞台が中止になりましたが、ワハハ本舗にも大きな影響はありましたか?

 

:2000人規模の劇場でやる予定があったんですけど、それは中止せざるをえなかったです。僕らの場合は中野区が持っているホールだったので、小屋代は払わずに済みましたが、それまでかかった経費は一切回収できません。もちろん国からの保証もありません。歌舞伎みたいな古典芸能や、文化的なものには何らかの保証もあるでしょうけどね。

 

――新宿ゴールデン街劇場もキャンセルする利用者はいたと思うんですけど、キャンセル料は取ったんですか?

 

:一切取らなかったですし、4月以降の休館は、こちらから主催者の方に伝えました。閉館が決まって、まだ8月で閉館という情報を出す前に「他の小劇場で今年12月に公演を予定していたけど、コロナの影響でできなくなったから、新宿ゴールデン街劇場さんでやらせてもらえませんか」という連絡もいただきました。

 

――キャンセル料を取らないのも大きな決断だと思うんですが。

 

 当然ですよ。こういう状況のときは、お互いに苦しいんですからね。ところが、クラスターが発生すると、借りた側の問題でも、劇場の責任になるでしょう。どんなに劇場側が飛沫防止、アルコール消毒、検温などをやっても、どういう感染経路かは分からないですから、対策には限界があります。でも「なんで感染する可能性があったのにやるんですか」みたいな風潮に世の中がなっているじゃないですか。そこは誰かが一方的に責任を問われるのではなく、お互いに「ごめんなさい」でいいと思うんです。劇場側も、主催者側も、お客さん側も、取材をする側も、全員がごめんなさいでいいんですよ。そういう人間関係にしていくべきです。こういう取材でも、「なぜやるんですか」という質問は来ますけど、「なぜやらないんですか」という質問は一切来ないんです。両方の質問があるべきだと思いますね。

 

アフター・コロナの芸人の在り方とは?

 

7月15日から最終日まで「ここから始まるショービジネス」と銘打って、ワハハ本舗の所属タレントが日替わりでショーを行うラスト公演を行った。席間を空けるために客の入場人数は最大15名までとし、60分に一度の換気、入場時の検温と消毒、マスクの着用義務、舞台と客席の間をシートで仕切るなど、できうる限りの予防対策を行った。

 

しかし集客は苦戦を強いられた。8月7日に女性芸人5人で構成される「寿ガールズ」の公演を観に行ったが、週末の金曜日で20時開演だったにも関わらず、客席にいたのは18時に行った同公演を引き続き鑑賞する常連客のみだった。

 

この取材を行った8月12日、海外でも活躍するパフォーマンス集団「3ガガヘッズ」の14時開演の公演も観たが、平日の昼間、しかも雷雨が襲うという悪条件もあって、客席は関係者の数のほうが多かった。

 

:閉館を決めたのは、第一波が収まりかけたころでした。その時点で、公演をやるほうが赤字だったんです。今日の公演を観ていただいても分かるとおり、現実的に考えて客が来るわけないですし、やらないほうが人件費もかからない。家賃だけ払えばいいんですからね。でも、このまま何もしないよりは、劇場という空間に「お疲れ様」って言うような気持ちでラスト公演を決めました。もしも劇場に心があるなら喜ぶんじゃないのかなって思ったんです。

 

――ワハハ本舗の所属タレント以外の出演者は考えなかったんですか?

 

:何か起きたときに責任を取るのは運営する会社ですからね。なので、ワハハ本舗内で「この指とまれ」とやりたい人を募って、希望者が公演をやったんです。

 

――まだまだ先行きが不透明な中、お笑い芸人の在り方も大きく変わらざるをえないと思います。

 

:当然、芸人の営業は減ります。でも、不特定多数のお客さんだからできない状況なんです。たとえば飲食店の開店30分前に芸人が行って、従業員を前にネタをやって「これから明るく働きましょう」という形の営業はできると思うんです。今日観ていただいた3ガガヘッズのライブは子ども向けに作ったネタですが、子どもたちに観てもらうのは難しくても、保育園で働いている人たちに観てもらって「楽しかった」と言ってもらえるような営業はありなのかなと。そういう場に対応できるように、いち早くコンパクトなショーを作ろうという意図も、今回のラスト公演にはあるんです。そういう依頼があってから考えるのでは遅いですからね。

 

――今後はネタ作りや見せ方も変化していくのでしょうか?

 

:していくでしょうね。すでにテレビやYouTubeで売れている芸人は別だけど、そうじゃない芸人は諦めて辞めて行く人も多いんじゃないですか。僕はそのほうがいいと思っています。今は芸人が多すぎるんですよ。東京だけで3万組いると言われていますからね。人数じゃなく「組」ですよ。おそらく5万人以上はいるはずですから、それでやっていけるはずがないんです。

 

――コロナ禍以降、ワハハ本舗の所属タレントで辞めた人はいますか?

 

:まだいないんですけど、コロナで鬱になって休んでいる人はいます。もともと、うちは食えてない人ばかりだから楽なんですよ。芸能の仕事だけで食えているのは久本(雅美)や柴田(理恵)とか上の何人かだけで、あとはバイトをしながらやっているので、実はコロナだろうがなんだろうが状況は一緒。むしろ売れている人たちの収入がガクンと減って、いろんなことが起きてくるんじゃないかな。

 

――所属タレントのモチベーションを保つために意識していることはありますか?

 

:今回のラスト公演みたいに、次までにこれをやらなきゃいけないという締め切りを作ってあげることですね。長距離だと諦めてしまうこともあるけど、短距離なら歩いてでもゴールにたどり着くじゃないですか。遠い先のことじゃなくて、直近の目標を作ってあげることが大切なんです。今回のラスト公演にしても、お金はもらえないけど、それのためにネタを作る。そうすると1~2か月はバイトもできない。金銭的にマイナスで、なおかつツマらないとボロクソに言われるわけですよ。でも好きだからやれちゃうんです。もちろん本人の意思で、強制はしません。そうやって次のステップを作ってあげるのが、こちらの仕事ですね。

 

――喰さんのお話を伺っていると、現在の状況を悲観するのではなく、上手く新型コロナウイルスと共存していこうという姿勢が伝わってきました。

 

:また昔の話になりますが、オイルショックのときにテレビの深夜放送がなくなって、ネオンも消えて、街が寂しくなったんですよ。でも僕は、その状況を楽しんでいたところもあったんです。無責任なことを言うと、今回のコロナ禍も嘆くんじゃなくて、それを面白がればいいんです。マイナス思考で物事を見るのではなく、後で振り返って「変な1年だったね」みたいなスタンスがいいのではないでしょうか。

 

(企画撮影:丸山剛史/執筆:猪口貴裕)