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2023/2/17 19:30

映画監督・足立紳、妻とは年またぎ、娘とは長期戦のケンカではじまる2023年に少し凹む

「足立 紳 後ろ向きで進む」第34回

 

結婚20年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!

 

『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。2023年のNHKの連続テレビ小説『ブギウギ』の脚本も担当。いま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。

 

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1日(元日)

朝から西武遊園地に家族で行く。妻はやはり昨晩からの不機嫌を引きずっていて、家族間の空気が大変に良くない。

 

そんなギスギスしたなか、到着早々に「ゴジラ・ザ・ライド」に乗って私は三半規管をやられる。その後、ティーカップやその他くるくる回るやつを乗り続け完全にグロッキー。

 

「俺たち、もうこういうのは無理だね」などと笑顔で妻に話しかけるも妻は一言も口をきいてこないから、そっちがその気ならと受けて立つことにして私も無視することにした。子どもたちはすでに慣れっこなのか、そんな両親はほったらかしだ。

 

『喜劇 愛妻物語』を観た多くのお客様から「子どもの前でケンカをしてはいけない」とお叱りの言葉を受けたが、そんなことわかっている。でも、それがうまくできないから苦労しているのだ。考えてみれば、私の両親もよく私の目の前でケンカをしていた。でも、我が家と同じでどちらかと言うと、母親が父親に怒りをぶつけていた記憶がある。だからなのかどうなのかわからないが、二人のケンカがものすごく嫌だという記憶は私にはない。そして、どこの家庭でもお母さんはお父さんに対して厳しいのだと思っていた。言いたいことは言うのだと思っていた。

 

西武遊園地は今、昭和の街並みのセットが売りなのだが、園の広場で行われている歌や踊りなどのパフォーマンスも狙ってなのかどうなのか昭和っぽい。歌手が「東京ブギウギ」を歌っていた。

 

私は今、笠置シヅ子さんをモデルにしたドラマ『ブギウギ』のシナリオを書いているから縁起が良いと思った。夕暮れのなか、「東京ブギウギ」をぼんやりと聞いていると、妻が突如、立ち上がって踊りだした。私は驚いた。娘は踊る妻を恥ずかしがってどこかに消えた。息子もどこに行っているのかすでに姿が見えなかった。

 

夕日の中で踊る妻の背中は壮絶なものがなしさに包まれていた。ふと、この光景をどこかで見たことがあると思ったが、深田晃司監督の『LOⅤE LIFE』という映画で木村文乃さんが踊っていたダンスだった。

 

妻の踊りを見ながら、どうしてこの人と私は一緒にいるのだろうかと不思議な気持ちになった。小学生のころ、妹に対しても、どうしてこいつが俺の妹なんだろうかと不思議な気持ちになったことがあるが、あれとよく似た感覚だ。

 

一年の計は元旦にありというが、もしもその言葉が当たるなら我が家は今年最悪の年になるだろう。

 

 

※妻より

なんでも後ろ向きに考えるのは足立の特性です。言うほど悪くない。皆さま、今年も宜しくお願い致します。「ゴジラ・ザ・ミッション」(謎解き脱出ゲーム)は大変良い運動になりました。息子のトランシーバーの持ち方が、面白かったです。

 

2日(月)

箱根駅伝の一区だけを見て(学連選抜の選手の飛び出しがカッコ良かった)、いつもの喫茶店が正月休みなので、ファミレスで仕事。帰宅すると、娘と息子と妻が書き初めや冬休みの宿題をしていた。

 

「初詣はどうする?」と私が聞くと、みんな面倒くさそうに「寒いし、別に行かなくてもいい」と言うので腹が立った。初詣好きの私としては2か所くらい神社を梯子したい気分だったのだが、妻娘息子が3人で結託しているときはなにを言っても最高の悪者に仕立て上げられるので、暴れまわりたい気持ちをグッとおさえた。

 

夜、学生時代の友人たちとオンライン飲み会。北海道、福岡、長野、東京と場所はバラバラだ。50年生きていると当然、身の上にいろいろと起こる。苦しい状況のなかを生きている友人もいる。去年もほとんど同じメンバーでオンライン飲み会を正月にしたが、去年も苦しそうだった友人は今年もまた苦しそうだった。来年また元気に話せたらいいなと思う。元気じゃなかったけど。

 

3日(火)

箱根駅伝の山下りのみを見て、ファミレスで仕事。午後、娘と息子と『THE FIRST SLAM DUNK』(監督・脚本・原作:井上雄彦)を鑑賞。私がたいして原作を知らないからか、世間の同年代の人たちがおしっこちびらんばかりに騒いでいる理由がよくわからなかった。ただ、試合が無音で続くところは残り数秒で逆転劇が起こることもあるバスケットボールというスポーツの持つ興奮のようなものがよく表れていて、身を乗り出した。

 

帰りにブックオフに寄り、息子とレジに並んでいたところ、息子がウロウロして前の人に割り込むような形になったので、「お姉さんの後ろにちゃんと並びなさい!」と大声を出したら、「お姉さんじゃないから~」と振り返った方が、なんと娘の保育園時代のママ友だった。

 

卒園以来の10年振りにお会いしたが、ぜんぜん変わってなかった。娘が保育園時代はお迎えのあとの西友やオオゼキでばったりお会いすることが多かった。息子を怒鳴り飛ばさなくて、そして鼻くそをほじっていなくて、本当によかった。

 

夕方、ようやく家族で初詣に行った。三が日中に行かなければそれは私のなかでは初詣にならないのでギリギリ間に合った。

 

10年前は、生まれたての息子を連れてラグビー見に行ってました……寒かった……。このころは毎年お正月、無理矢理ラグビー観戦に連れて行かされてたな。行かないと文字通り暴れるから。(by妻)

 

5日(木)

朝から仕事。いつもの喫茶店もようやく営業が始まった。「あけましておめでとうございます」という挨拶はなく、いつものように「おはようございます」なのが居心地がよい。

 

昼すぎに仕事を切り上げ、息子と娘を連れて中野まで自転車で行く。3人でパスタ屋で昼飯を食べたあと、まんだらけに。

 

元日「ゴジラ・ザ・ライド」に乗ってから、キングギドラが欲しくて欲しくてたまらなくなった息子がお年玉でキングギドラを買いたいと言うので連れて行ったのだ。私はどなたかの手作りのグレムリンが凶暴化したときのフィギュアを、娘は『ブルーロック』何巻かとジブリのフィギュアを買っていた。帰りにドン・キホーテに寄って娘が美肌用品を買っていた。

 

今日から『雑魚どもよ、大志を抱け!』の原作が新しいカバーで発売。映画も原作も、どうかよろしくお願いします。ちなみにこの小説に書いた前書きだけはすごく褒められることが多い。本文も褒めてほしい。

 

7日(土)

大阪でドラマの打ち合わせ。その後に、『嘘八百 なにわ夢の陣』の大阪舞台挨拶に顔を出す。佐々木蔵之介さん、友近さん、森川葵さんの舞台挨拶だったのだが、中井貴一さんがサプライズで登壇。スタッフも誰も知らなかった正真正銘のサプライズ。かっこいいサービス精神だと思った。

 

8日(日)

朝から喫茶店で仕事。息子と娘がもう一回まんだらけに行きたいと言うので連れて行く。娘、お年玉で漫画を大量購入。

 

受験は来月だが、大丈夫なのだろうか。というか、この散財は受験からの逃げ、あるいはストレス発散なのかもしれない。そう言えば近ごろ娘の部屋が目を見張らんばかりにきれいなのも受験のせいかもしれない。私に似て片付けがものすごく苦手だったはずなのに急にやり出すのはどう考えても変だ。

 

10日(火)

始業式。息子、少しグズったが登校出来た。

 

早稲田松竹に『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(監督・脚本:シャンタル・アケルマン)を観に行く(しかし私が知る限りの最長タイトルかと思う。それまでは『死んでしまったら、私のことなんか誰も話さない』これも傑作)。DVDを購入していたのだが、バカな私は字幕なしのものを買っていた。が、観てみるとこれは字幕なしでもぜんぜん問題のない映画だった。

 

近ごろ私は映画を観ていると、日常生活で抱える些細な悩み事や問題をふと思い出してしまい、気づくと映画に戻れなくなっていることが多々あるのだが、この映画は戻れる。というのは、この映画自体が我々の日常生活と地続きになっているからだ。

 

わずか3日ほどの日常が3時間以上の尺で丁寧に描かれる。普段、映画やドラマが省略してしまうような場面で埋め尽くされている。誰もが映画やドラマを観ていて、省略されたその時間が実は一番辛いとこなんだよなあなどと思ったことがあるはずだ。例えば大切な誰かが死んでしまったとして、映画やドラマは死んでから次のシーンが10日後だったり、1か月後だったり、1年後だったりするが、その省略された時間も、人は息をして飯を食い、うんこをしているわけで、この映画はほとんどそういう時間が描かれている。観ていると、日常ってここまで絶望か……? と思わなくもないが、人の数だけ日常があり、誰の日常を描いてもきっと同じくらい面白いはずだ。

 

それにしても……この映画のセックスシーンはなんというかすごい。今までに見たことのないようなセックスシーンである意味すごくリアル(ハードではないです)。

 

11日(水)

聞きたくなかった報告を受ける。1週間もすれば立ち直れることはわかっているのだが、人生においてあと何回こういうことがあるのだろうか。立ち直るまでの一週間が本当に辛い。

 

13日(金)

朝から喫茶店で仕事。昼、サウナに行く。サウナのテレビが映っておらず、何とかというカードを差し込んでくださいという案内が画面にずっと出ている。誰も番台に文句を言いに行かないので、しびれを切らして私が言いに行ったら、番台のおばちゃんと客のじいさんが壮絶なケンカをしていた。下半身をタオルで隠してしばしケンカが終わるのを待って、おばちゃんに言うと、おばちゃんは不機嫌な感じで男性サウナにどかどかと入って来て、テレビを直してくれた。

 

夕方、2階に住んでいる難民仮放免中のSさんを呼んで夕食。我々家族にものすごく気を使っている。お国柄がどんな気質なのかわからないが、まるで日本人のような気の使い方だ。

 

私が手料理をふんだんに作って振舞ったが(※私もいろいろ作ってるじゃん。なんでも自分だけの仕事にするところが嫌いです。by妻)、あまり食欲はなさそうであった。そしていつ聞いても変わり映えのしようのない日常の話を聞く。

 

息子が「Sさんの国では『こんにちわ!』ってなんて言うの?」とか、「肉はなに食べるの?」とかいろいろ聞くので、そういうときにはSさんも笑顔を見せていらした。

 

14日(土)

午前中、息子の学校公開へ行く。私は授業中の息子よりも、休憩時間中の息子の動きがとても気になる。気になるのは、友達とうまく遊べているかな? というところだけだ。

 

中休みというちょっとした休憩時間があるのだが、息子がどうするのか見ていると、教室から出て来て校舎と校舎をつなぐ橋?(渡り廊下というのか?)で横になって寝はじめた。

 

「いつもそうしているのか?」と聞くと、いつもは違う場所で横になっているとのことだった。昼休みもそうしているらしい。それが落ち着くのなら、そうしていればいいと思うが、息子の心の中はどうなのかわからない。ものすごい悲しみに満ち溢れているのかもしれないし、ものすごく楽しいのかもしれない。

 

16日(月)

朝から喫茶店で仕事。

 

夕方、息子の眼科へ。眼鏡の度が進んだらしく、よく見えないとのこと。裸眼で0.1も見えていないみたいだと言われびびった。目薬をさして視力を測る流れだったが、息子は目薬に恐怖を覚え、大声のおたけび。私も苦手なのだが、指で目を無理やり開かれるのが怖くてたまらないのだ。

 

先生と看護師さんが、なだめ、しかり、説得などありとあらゆることをするも、結局ダメ。45分粘ったが、目薬はさせないとのことなので、目薬をささずに検査する。

 

帰り、息子が「ごめんね」と言うのが切ない。不安パニックが来た時は本人もどうすることもできないのだろう……今まではなんで息子はみんなが普通にやっていることができないのだろうと落ち込んだが、もうなんとなくトリセツがわかったきたので「大丈夫だよ」とだけ答えた。でも、大癇癪で大泣きしてしまったあとは、息子も私もどっと疲れる。

 

17日(火)

朝から大阪打ち合わせなのだが、出がけに娘と大ゲンカ。ケンカの理由は書かないが「ほんと性格サイテーだよね」という捨て台詞を吐かれる。ブチ切れそうになったが新幹線の時間があるので気持ちを押し殺して家を出る。

 

だが、どうにもムシャクシャしていたので、東京駅で超豪勢な寿司の弁当を買った。まだ新横浜も過ぎていないのに、食い散らかしてやろうと思ったら、あけた瞬間に寿司を落としてしまった。怒りをコントロールできないとえてしてこういうことがある。ただ泣くしかなかった。

 

18日(水)

今日は自宅を事務所とされている方との打ち合わせ。妻がお土産にこれを持って行けと家にあるいろんなお菓子などを袋に入れてくれたのだが、ポテチとかエビセンとか家にある余り物がなんだかゴミみたいに見えたので「こんなゴミみたいなの持って行けないよ」と言ったら恐ろしく怒り狂ってしまった……。めちゃくちゃ怖かった。

 

※妻より

「ゴミ」って言葉が嫌でした。なんだよ、「ゴミ」って……。そもそも、足立が次から次へとお菓子を買うから(しかも最後まで食べない。全て食べかけで放置)、家がお菓子の山になります。それを、私がママ友や色んな人に配りまくる(もちろん未開封のものを)のを、足立は恥ずかしがる? のです。もっと高級なものなら配れ!とかぬかすのが腹立たしい。イワシせんべいとかイチゴポッキーとかでも、おすそ分けをもらったら私は嬉しいですけど。自意識過剰だがら家にあるものを持って行ったら恥ずかしい、って気持ちなんでしょうね……。相容れないことの一つです。

 

19日(木)

朝、出かける時に娘が妻に「昨日、学校でDVの講座受けた」という話をしていた。「え!DV?」詳しく聞いてみたいが、私は娘とケンカ中なので聞けない。耳をすましていると、「デートDV」とのこと。LINEの返信が遅いとか、他の異性と話すなというような行動制限をかけるのはなぜか男のほうが多い気がする。

 

その他に良かれと思って(心配して)やったこと、はずみで言ったことが相手を傷つけたりする。そしてそれが他人にはわかりにくかったり、言いづらかったりして当事者は孤立しがちになる、みたいなプリントも貰ってきた。

 

幼い時から自尊心を大切にするためにも、こういう教えは必要だと思う。自分のことよりも、他人に対しての接し方を無理して頑張ったり我慢したりし続けていると心が壊れやすくなるのではないかと思う。なによりも自分の事を大切にしないと、他人のことも大切にできないのだ。

 

23日(月)

いまだ娘とケンカの継続中。

 

妻と娘が受験のことなど話しており、その会話に入りたいが入れない。なんだか妻もグルになって私を無視しているように感じるのは完全に被害妄想だろう。いや、先日のお菓子をゴミ扱いした件があるからあながち被害妄想ではなく本当に無視されているのかもしれない。

 

娘はケンカしても、2年ほど前ならば「パパごめん。こういう状態イヤだから仲直りしよう」などという素直な言葉を言ってきていたが、中3ともなると「もうこのオヤジと縁切れてもいいや」という感じにも思えて焦る。だが、なかなか仲直りをするきっかけをつかめない……。これは夫婦ゲンカも同じだ。年を食えば食うほど修復に時間がかかっている。積もり積もったものもあるからだろうが、私もいいかげんに「余計な一言」というのをやめねばらない。

 

24日(火)

息子とディズニープラスの『ガンニバル』を観ていたら娘がちょっと入って来た。娘も夢中になって観ているのだが、怖くて一人では観られないのだ。これをきっかけに普段通りとはまだいかないが、少し修復した。『ガンニバル』に感謝だ。

 

それにしても、『ガンニバル』も劇場だったらR-15指定がついて子どもとは観られなかっただろう。息子は先週公開された『キラー・カブトガニ』(監督:ピアス・ベロルツハイマー)という映画を楽しみにしていたのだが、R-15指定とわかって非常にがっかりしている。「多分、カブトガニが人間の顔食ってるからだよ!」と大きな声で力説していた。

 

昔と比べるのはあまり意味がないのかもしれないが、私は小学3年で『食人族』(監督 ルッジェロ・デオダート)を映画館で観た。父親が私と友達数人を連れていってくれたのだ。ああいう映画を家族や友人でキャーキャー言いながら観るというのはなかなかに楽しいものなのだが……。どうせ、今はもっと酷いグロテスクな映像をネットで見られてしまうのに……と身も蓋もないことも思ってしまう。

 

26日(木)

10年に一度の寒波到来。めちゃくちゃ寒い。が、話題の映画が今日までと知り、やらねばならないことが沢山あるにもかかわらず、寒いのは大嫌いだが今日を逃したら一生後悔すると思い、朝一番満員電車に揺られて映画を見に新宿に行くも、新宿のみ明日からの上映だった。

 

このまま家に帰るのも癪だから、巷で評判になっている演劇を当日券で見に行く。6000円もしたのに全く面白くなかった。というか、私はまったく理解できなかった。面白さが理解できないということではなく、話がまったくわからなかった。ただ、会場はどっかんどっかんウケていたから、大いに自信を失くした。最近はこういうことがとても多く、自分の鑑賞能力を疑わざるを得ない。

 

諸々凹んで帰宅すると息子が帰っていた。最近息子の不安がまた少し強め。前からトイレには1時間に1回行くのだが、最近はその頻発トイレのあと、アライグマのように入念に手を洗っている。以前は泥水も飲むような野生児だったが、今では口に芝生が入っただけで「死ぬかも」と泣いている。

 

夜、家の守り神のダルマ(私の願い事が10個くらい書いてある)に「どうか死にませんように」と「どうか彼女ができますように」と真剣な表情で書いていた。そして一番端に、小さい文字で「とうちゃんのゆめがかないますように」と書いていた。息子を抱きしめたくなった(嫌がるのでもうだいぶ抱きしめていない。同じ布団で週に5日は寝ているが)。

 

映画『お盆の弟』の時に群馬出身のプロデューサー狩野さんに頂いた高崎ダルマは今も大事に飾ってあります。右は息子が描いたダルマ(by妻)

 

27日(金)

今日は朝から『雑魚どもよ、大志を抱け!』の取材日だった。たくさん取材をしていただいたが、どうしても終わってから、「ああ、なんであんなにつまらないことを言ってしまったんだろ……」と落ち込む。終わった帰り道に、面白い受け答えがどんどん浮かぶ。こういう取材をしていただく機会が私はあまりないから、たまにあるといつも同じ過ちを繰り返してしまう。事前に言いたいことを準備すればいいのだろうが、どうしてもそれは面倒くさくてできない。

 

29日(日)

妻ととある演劇を観に行った。数日前の演劇は意味不明だったが、こちらは大ファンの方が作・演出なので文句なく楽しかった。

 

作・演出の方がいらしたが面識はないので、会場の外に出た後、「作・演出の〇〇さんがいたね」と妻に言うと、妻は「え、ウソ!? 挨拶してこよ! ついでに『雑魚~』のムビチケ渡そうよ!」と言い出した。

 

私は、「えー……いいよ、面識もないし、恥ずかしい……」とモゴモゴしていたら、妻は「私、渡してくる!」とシャレのようなことを言いつつ、劇場に戻って行った。私はこういうことがまったくできないから、妻のこの行動力はすごく尊敬している。

 

「奥様もいたから挨拶してきた!」と戻ってきた上機嫌の妻が、思い出したように「……あんたさぁ、なんでそんなチキンなの? 挨拶するだけじゃん! だからチャンス逃すんだよ!」と言うので、「でも、俺のこういう控えめなところがもしかしたら逆に好印象持ってもらえたかもしれないよ」と私は言った。妻は「……あんた、それ、本気で言ってるでしょ」というので、私は「まあ、6割くらいは…」と答えたが、9割くらい本気でそう思っている。だからやっぱりチャンスを逃すのだろう。

 

30日(月)

朝、妻が「お礼のメールを送ったら返事がもらえたよ!」と昨日のお芝居の演出家の方から来たメールを私に見せてくれた。私も嬉しくなったが、よく読むと妻はその方の作品を2作もタイトルを間違えて「大好きです!」などとメールをしている。

 

「こういうのってさぁ、ものすっげーーーウソ臭く感じるんだよね。なんでちゃんと確認しないの?」と言うと、妻はキレてしまった。すべてはあんたがチキンなせいだとくる。これって俺が悪いのでしょうか? 「クイズ100人に聞きました」をしたいくらいだ。

 

夜、お友達のWさんの家で鍋を振舞っていただく。S監督とか俳優のYさんなどがいらっしゃり、ダラダラダラダラと過ごす。なんというか久しぶりに学生時代のような感覚に戻り、帰りたくなくなる。ダラダラしたままその家に泊まってしまうという懐かしい感覚だ。どのくらいダラダラしていたのかというと、「もしも人生で『どこでもドア』を一回だけ使えるとしたら、今、家に帰るのに使ってしまう」というくらい、ダラダラとそこを動きたくなく、でも帰らねばならないという状況だった。

 

 

【妻の1枚】

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【プロフィール】

足立 紳(あだち・しん)

1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が東京国際映画祭最優秀脚本賞。現在、最新作『雑魚どもよ、大志を抱け!』は2023年に公開予定。著書に『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』などがある。最新刊は『したいとか、したくないとかの話じゃない』(双葉社・刊)。