アートディレクター・山崎晴太郎「自分の作品に対する視野がさらに広がった一年に」『余白思考デザイン的考察学』第7回

ink_pen 2025/12/29
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アートディレクター・山崎晴太郎「自分の作品に対する視野がさらに広がった一年に」『余白思考デザイン的考察学』第7回
山崎晴太郎
やまざき せいたろう
山崎晴太郎

クリエイティブディレクター、アーティスト。企業のデザイン戦略とブランディングを軸に、グラフィックからプロダクトまで幅広くディレクションを手掛ける。「デザインで社会を変える」という信念のもと、省庁や企業と連携し課題解決に取り組む。セイタロウデザイン代表。複数のテレビ番組でコメンテーターとしても活躍。

デザイナー、経営者、テレビ番組のコメンテーターなど、多岐にわたる活動を展開するアートディレクターの山崎晴太郎さんが新たなモノの見方や楽しみ方を提案していく本連載。自身の著書にもなった、ビジネスやデザインの分野だけにとどまらない「余白思考」という考え方から、暮らしを豊かにするヒントを紹介していきます。第7回のテーマは「2025年の総まとめ」。自身の仕事やこの一年を通して感じたカルチャーの動向、さらには個人的ヒットアイテムなど、あらゆる面で2025年を振り返っていただきました。

国内におけるアートやカルチャーの広がりを強く感じるようになりました

──2025年も多忙な日々を送っていらっしゃいましたが、山崎さんにとって今年をひと言でまとめるとどのような一年でしたか?

山崎 仕事面に関して言えば、国内外を問わず、いろんな場所に行っていたなという印象です。1月から大阪の情報番組『おはよう朝日です』(朝日放送テレビ)にコメンテーターとして出演するようになったので大阪には毎週通っていましたし、海外からもアートフェアに呼ばれたり、個展を開催したりと、毎月のようにどこかしらに出かけていて。特に11月に招待アーティストとして参加したキプロスでの「ラルナカ・ビエンナーレ2025」は僕にとって初めてのビエンナーレだったこともあり、大きな経験になりました。

──海外での個展の開催は以前から精力的に行なっていましたが、やはり国ごとに反響なども異なるのでしょうか?

山崎 そうですね、違いはすごく感じます。そもそもの前提として、僕のアート作品は“余白に溢れた作品”が多いんです。“侘び寂び”が利いた枯山水的な世界観といいますか、もっとわかりやすく言うと、色味の少ない作品が多い。それもあって、アメリカのようなファーストインパクトが大事な国だと見せ方に少し苦労するんです。でも逆に、キプロスのような中東では最初から興味を持ってもらえる。ヨーロッパもそうですね。オランダではリチュアル(儀式的)な表現をしている部分を評価してもらい、インスタレーション作品の評判がとてもよかったりします。ドイツも親和性が高く、なおかつ若いアーティストを応援するような素地が国や都市全体にあるから、受け入れてもらいやすい。そういった意味では、この1〜2年の間にいろんな国で個展を経験してきたことで、自分の作品が勝負できる場所の見極めというものが見えてきたかなという印象もあります。

──では、国内の文化や流行の動向についてはいかがでしょう。この一年でインバウンドがさらに活性化し、改めて日本の文化も見直されている印象があります。山崎さんの目にはどのように映っていますか?

山崎 2024年に文化庁からお声がけいただき、国の文化戦略を作るお手伝いをしました。そのときにも思ったのですが、日本は観光と文化にいよいよ本腰を入れて向き合わないといけない時期に来ているなと感じます。もちろん、これまでにも文化や観光を生業としている方たちはその重要性を強く感じ、提唱していたわけですが、それをまとめていく側、つまり国側との間に温度差がかなりあったんです。「クールジャパン」といった取り組みはしていますが、各省庁を横断し、文化立国を実現するまでには至っていなかった。ただ、その機運が2024年あたりから徐々に出てきたように感じます。その一つとして、以前はSTEM教育(Science:科学、Technology:技術:、Engineering:工学、Mathematics:数学)と呼ばれていたものに「Art(芸術)」が加わったSTEAM教育の提唱が数年前から行なわれ、ようやくアートやカルチャーの分野も教育の観点で日の目を浴び始めた。これはとてもいい流れだと思います。

──インバウンド旅行者に向けた文化の提示に焦点を絞ると、こちらが見せたいものをクローズアップするのか、それとも求められているものを新たに作りだしていくのかといった問題も散見します。

山崎 確かにそうですね。でも、それは結局どちらも大事なんですよね。それに近い話でいえば、とても興味深いことを聞きまして。銀座のほうにインバウンドのお客さんで朝食の予約が埋まる有名なお店があるそうなんです。というのも、旅行に行くと多くの人が昼食や夕食にこだわりますが、実は朝食がエアポケットになっていて、需要があるんです。それに、旅行者の視点で考えると、どうせ朝から観光に出かけるなら、銀座に寄って日本ならではの朝食を食べようと思う気持ちもわかる。

──つまり、観光客が求めているものと店が提供するものが自然と一致していったわけですね。

山崎 まさに。そのお店の朝食はもともと海外旅行者をターゲットに始めたものではなかったそうですが、SNSで発信したところ海外の方の目に止まり、高額ながらも今では半年先まで予約で埋まっているそうです。話を戻すと、やはり求められているものを追求するあまり、本来の文化が歪んでいくのは間違っている。そうではなく、本質的な価値は変わらないまま、その価値を切り口に還ることで国内外の方の需要とマッチさせて、最終的にお互いが幸せになるという形は一つの理想ですし、目指すべき姿かなと感じます。

初めてチェスカチェアを購入し、その魅力を実感

──ここからはGetNavi らしくガジェットなどについてもうかがえればと思います。2025年に購入し、個人的にヒットだったものはありますか?

山崎 GetNaviの本誌で「Makuake」のさまざまな製品について開発者の話をうかがいながら深掘りしていく企画をさせていただいているのですが、そこで登場したプロダクトはほとんど買っています。僕は昔から目の前に出てきたものに集中してしまう癖があり、お話を聞いていると、どんどん欲しくなっていっちゃうんです。なので、ものすごく上客(笑)。それ以外で買ったものといえば、久々に自転車にハマりました。以前から、ピストバイクというペダルとタイヤが完全に連動した自転車に乗っていたんですが、新しいピスト用のフレームを買いに新たに組み直したりしていました。

──それは何かきっかけがあったのでしょうか?

山崎 琵琶湖を自転車で一周する「ビワイチ」というイベントがあり、2025年も10月に開催されていたんですね。その話を息子から聞いて、「じゃあ、一緒に出るか!」ということになったんです。現地で自転車をレンタルすることもできるのですが、どうせなら自分の自転車で走りたかったので、息子と二人でオイルまみれになりながら初めて輪行して(笑)。でも、それもいい思い出になりましたね。

──琵琶湖一周って、結構距離があるように思いますが……。

山崎 一周約200kmです。僕たちは160kmの短縮コースを選んだのですが、それでも辛かった(笑)。公式サイトを見ると、女性たちが笑顔で自転車を漕いでる写真があったので、余裕なのかなと思っていたんです。そしたら北側はほぼ山でした。ただ、タイムを競うわけでもないですし、必ずしも一周する必要もなく、琵琶湖周辺の景色を楽しむだけのサイクリング感覚でも参加できるので、ほどよい緩さもあるんです。観光目的や地元の人たちとコミュニケーションが取れるという意味でも、すごく素敵な機会でした。

それ以外で購入した大きなものといえば、自宅用に新しく椅子を買いました。少し前に引っ越したのですが、そしたら家の中にいろんな居場所ができて椅子が足りなくなったんです。それで、以前から気になっていたマルセル・ブロイヤーのチェスカチェアを購入しました。

──以前から椅子もお好きだとお話しされていましたね。

山崎 そうですね。ただ、これまではヴェグナーやジョージナカシマに代表されるような、木で出来たものや有機的なフォルムの椅子が多く、工業的なデザインのものはあまり買ってこなかったんです。ですので、バウハウスを象徴するような椅子は初めてでした。結果的にすごくよかったです。やはり座り心地が抜群にいいですし、空間を彩る存在感があるので、一脚あるだけでほかの部屋とはまるで異なる雰囲気を作り出してくれる。長年愛されている理由がよくわかりました。

ウェアラブルデバイスから得たデータをいかに活かしていくかが今後の課題

──では、今注目しているガジェットはありますか?

山崎 ウェアラブル系が今後どう変化していくのかがすごく気になっています。実はウェアラブルグラスをいくつか購入してみたんです。一つはレンズに文字情報が出たり、Googleマップと連携したりとプロンプターのように使えるもので、もう一つは写真も撮れるものでした。カメラ機能がついたウェアラブルグラスは面白かったのですが、どちらもこのままでは生活スタイルを大きく変えるほどの実用性はないなと感じました。話題にはなっているけれど、いまいちピンとこない感覚と言いますか。例えば、15年ほど前に3Dテレビを各メーカーがこぞって出していましたけど、リビングで家族みんながメガネをかけて映画を観るって無理があるんじゃないかと、潜在的に多くの人が感じていたと思うんです。それに近いものをウェアラブルグラスにも感じました。

──技術的にはすごいことだけれど、世の中はそれほど求めていないという感覚でしょうか。

山崎 そうですね。ただ、ウェアラブルデバイスの分野でこの先まだ進化できる余地があるのはメガネしかないなとも思っているんです。機能性や視野の範囲などとどう向き合っていくかを考えつつ、一方で鯖江市とコラボしてファッション性を高めていくなど、いろんな方法で広がりを作れるのではないかという気がしています。

──確かにウェアラブルデバイスの代表格であるスマートウォッチに関しては、すでに行き着くところまで行ってしまったように感じます。

山崎 だって、いろいろと測りすぎですよね(笑)。僕もスマートウォッチやOura Ringを持っていますけど、昔は確かに画期的だったものの、今は機能も種類も溢れすぎてコモディティ化してしまっている。それに、機能が充実していくのはいいことですが、データが蓄積されていくだけで、それをどう活かすかがユーザー任せになってしまっているんです。謳い文句で「骨密度を測れますよ」と言われても、その数値を毎日求めている人ってそれほどいないわけで。食事で例えると、本来は「この料理が食べたい」という欲求が先にあって、それを簡単に作る方法を教えますよという流れがあったのに、今は関係のないレシピまでもが洪水のように押し寄せてきて、「あれ? 何が食べたかったんだっけ!?」という現象が起きている気がするんです。もちろん、これはガジェット好きな自分自身にも言えることで。この溢れかえったデータをどう活かすのか。その向き合い方や、さらに新たなウェアラブルデバイスの活用法などを今後は突き詰めていきたいなと考えています。

山崎さんがオススメする2025年の個人的ヒットカルチャー

《BOOK》

『すべての、白いものたちの』 ハン・ガン著/斎藤真理子:翻訳

ノーベル文学賞を受賞したハン・ガンさんの作品は2025年の上半期にすごく読みました。なかでも、最初に買った『すべての、白いものたちの』が印象的でした。それまで韓国文学を読んだことがなかったのですが、哲学的な思想が自分にすごく合っているなと感じて。“白”をテーマにした内容も、僕も『余白思考』という本を書いているだけにシンクロする部分がたくさんありました。 自分自身の人生を拡張した感覚も味わえて、今年出合った本の中ではミラクルヒットでした。

《MOVIE》

『プラットフォーム』

2019年に作られたスペイン映画ですが、今年観て衝撃を受けました。ジャンルとしてはSFホラー。何百層にも分かれた建物が舞台になっていて、最上階にいる人間はテーブルに山のように積まれた食事を自由に食べることができ、その料理がどんどんと下の階に下がっていくので、下層階にいる人間たちは徐々に減っていく残りものにしかありつけない。しかも、本来は全員が満たされるだけの分量があるにも関わらず、そこに人間の業や欲が生じることで、憎しみから争いも起きていく。これってまさに、表現の形を変えた世界の縮図なんですよね。今の世の中はどんどん複雑化していってるように見えますが、こうしてエンタメに転換することで、問題の本質をすごくわかりやすく伝えることができる。コメンテーターの仕事をしている自分としては、学ぶことの多い作品でした。

《GAME》

一つを選ぶのは無理ですね(笑)。2025年の下半期は自分にとって、待ちに待った大ゲームバブルでした。まず『Ghost of Yōtei』(ゴースト・オブ・ヨウテイ)があり、『Pokémon LEGENDS Z-A』が出て、『ゼルダ無双 封印戦記』や『ドラゴンクエストⅠ&Ⅱ』のリメイク版まで登場して。あまりにも時間が足りないので、今は朝活してそれぞれを同時進行させています(笑)。でも、これらは仕事にもフィードバックされているんです。ゲーミフィケーションとしてはもちろん、早起きしてまでプレーするという感情をリバースして、別のプロダクトに転用していくのも僕の仕事でもある。それに自分自身が何かに熱狂したり、体験価値を増やしていくのはすごく大事なことですので、ただの遊びではないということをお伝えしておきたいです(笑)。

山崎晴太郎●やまざき・せいたろう…代表取締役、クリエイティブディレクター 、アーティスト。1982年8月14日生まれ。立教大学卒。京都芸術大学大学院芸術修士。2008年、株式会社セイタロウデザイン設立。企業経営に併走するデザイン戦略設計やブランディングを中心に、グラフィック、WEB・空間・プロダクトなどのクリエイティブディレクションを手がける。「社会はデザインで変えることができる」という信念のもと、各省庁や企業と連携し、様々な社会問題をデザインの力で解決している。「情報7daysニュースキャスター」(TBS系)、「真相報道 バンキシャ!」(日本テレビ系)にコメンテーターとして出演中。著書に『余白思考 アートとデザインのプロがビジネスで大事にしている「ロジカル」を超える技術』(日経BP)がある。公式サイト / Instagram ※山崎晴太郎さんの「崎」の字は、正しくは「大」の部分が「立」になります。

【「山崎晴太郎の余白思考 デザイン的考察学」連載一覧】
https://getnavi.jp/category/life/yohakushikodesigntekikousakugaku/

 

取材・文/倉田モトキ 撮影/中村 功

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