コロナ禍になって以降、競技場から足が遠のいたというスポーツファンは多いだろう。かくいう筆者も野球ファンではあるが、ここ2年近く球場に足を運んでいなかった。だがそんな厳しい状態に置かれていても、チームを支える裏方は、着々と進化を遂げている。
今回は、調査・構想から7年を経て改修が完了したメットライフドーム(西武ドーム)を取材する機会を得た。なにがどれほど変わったのか、その様子をレポートしていこう。
巨大遊具や77店舗の飲食店が出現
埼玉西武ライオンズが本拠地として使用するこの球場は、自然豊かな埼玉県所沢市に立地している。周囲を森に囲まれた球場は、日本のプロ球団が使用するものとしては珍しい。今回メットライフドームで行われた設備改修は、そんな球場の特性を活かす内容となっている。
改修の要点は3つだ。「解放感と四季を感じるボールパーク化」「場内エリアを拡充することによる回遊性の向上」「あらゆる世代の体験価値を高めるための、フードエリア・遊具などの新規施設の設置」だ。
球場内で最も分かりやすい変化は、外野席が”芝生”だったところに座席が設置されたことだろう。この改修は2020年オフに行われたもので、普段から野球を見ている方であればご存知の方も多いだろう。
筆者は10回以上かつての芝生席に座ったことがあるので、昔懐かしさが失われた事実への寂しさはある。だが、新たに設置された外野のクッションシートは、1席あたりのスペースの広さやクッションによる座り心地の良さなどを考えれば、観戦時の快適性を確実に向上させている。また内野の座席もクッションシートへと改修が行われており、内外野どちらに座ったとしても、東急上での野球観戦体験のクオリティは従来と比べて間違いなくアップしているだろう。
座席の改修は内・外野席にとどまらず、球場全体に及ぶ。たとえば、バックネットエリアの地下、グラウンドと同高度のエリアには、バー・ビュッフェを備えた「アメリカン・エキスプレス プレミアムエキサイト シート」が設置された。総収容人数483人、広さ約1000平方メートルという収容人数・広さは、12球団のバックネットエリアとしては最大である。
また、ネット裏前列には、「アメリカン・エキスプレス プレミアムシート」が登場。プロ野球史上最高をコンセプトに開発したという、フランスのメーカー・QUINETTE GALLEY社製のシートは、ここが球場であることを忘れさせるほどの座り心地の良さだ。
また、L字型4人掛けの「ネット裏テーブル4」、カウンターがついた「ネット裏カウンターシート」、6〜8人向けのソファ付き「ネット裏パーティテラス」と、席種のバリエーションがとにかく豊か。そのほか、中継ぎ登板に向けて投手が準備をするブルペン目の前には「ブルペンがぶりつきシート」など、ユニークな座席が多く新設された。席種の数は全28種類に及んでいる。
座席以外の改修ポイントでは、コンコースに設置されていた飲食店が刷新されたのも印象的だ。日本唯一のMLB公認カフェ「MLB Café」が「MLB café SAITAMA」としてNPBの本拠地球場としては初めてオープンするほか、英国風パブ「HUB」やライオンズOBの米野智人さんがオーナーを務めるヴィーガン料理店「バックヤードブッチャーズ」も登場。店舗数は77、総メニュー数は1000種類を超えた。
ファストフードから本格的な料理、カフェメニューからアルコールと、バリエーション豊富に取り揃えている。同球場の球場飯は、野球ファンの間では評判が高かったが、今回の改修でそのクオリティは格段にアップしたようだ。
場外には、試合前から利用できる子ども向けの遊戯スペースが誕生した。低年齢向けの屋内遊具スペース「テイキョウキッズルーム」、6~12歳が対象の大型遊戯施設「テイキョウキッズフィールド」、西武鉄道で使用されていた列車を活用した「トレイン広場」の3つだ。
そして、これらのドーム外施設を球場に入ったあとでもシームレスに利用できるよう、ゲート位置が西武球場駅の目の前に変更されている。以前は球場内の1塁側・3塁側に分けて2つのゲートが設けられていたが、駅からスタジアムに向かう道の途上の1箇所に統一した形だ。このおかげで、毎回入退場をしなくてもスタジアム外周の施設を利用可能になっている。
観戦席から離れても、試合からは離れさせない演出の力
今回の改修でさらに注目したいポイントが、照明やサイネージである。球場内外で試合展開をリアルタイムで共有しながら盛り上げる、さまざまな演出を導入。座席を立って試合から目を離している間でも、映像はもちろん、音や光で試合展開とその興奮をリアルタイムで伝えていくのだ。
たとえば、通常時なら販売メニューなどが表示されている売店のサイネージ。得点時などにはこれらの表示が瞬時に切り替わる。また、先ほど紹介した子ども向けの遊戯施設「テイキョウキッズフィールド」「トレイン広場」などにもサイネージが設置され、試合の展開を映し出すほか、試合展開にあわせた演出も場内と同様に行っている。こういった演出に使われる球場内外のサイネージの数は301にのぼる。
野球の試合は長い。NPBのデータによれば、2021年のプロ野球の試合時間の平均は3時間11分もあったそうだ。家族連れでの野球観戦では、試合途中に子どもが観戦に飽きてしまうケースもあるだろう。だがメットライフドームでは、そんなときに子どもを併設された遊戯施設に連れていける。それと同時に試合の興奮も楽しめるというわけだ。試合の緊迫を伝える演出を見ながら遊んでいたら、遊具で遊んでいる子どもも「また試合が見たい!」と言い出すかもしれない。
球場の照明やビジョンにも変化があった。場内の照明はフルLEDとなり、水銀灯では不可能だった瞬時の滅点灯や照明の一括制御に対応。これにより、ヒーローインタビュー時の照明演出「ビクトリーロード」や、ホームラン時に選手の走路方向に合わせて照明の滅灯を走らせる演出が可能になった。
またこれらの照明器具は、選手のパフォーマンス向上を助ける存在でもある。照明の設置を担当したパナソニックによれば、過度な眩しさの原因となる光だまりをつくらないよう、VRソフトで照明の照射方法を検証し、最終的には選手やチーム関係者の確認・修正を経て現在の形になったという。事前に、照射方向が十分に分散するような設計で証明を設置していたが、選手やチーム関係者の要望が加わり、さらに光が散るよう調整を行ったそうだ。
野球場の照明は、競技の特性上、十分な明るさが求められる。だがそれが極地的な眩しさを生んでしまえば、選手がボールを見失ってしまうなど、試合結果を左右する問題を起こしかねない。プロ野球選手の輝かしいプレーは、”それを支える側のプロ”の技術があってこそ輝きを増すのだ。
さらに今回の改修では、センターバックスクリーンのビジョン「Lビジョン」を従来比約2倍のサイズに大型化。また、ホームベース側に横幅約10mのサブビジョンを新設した。また、バックネットのLED広告ビジョンをサイズアップし、イベントでの活用も見据えた球場外の「DAZN デッキ」には大型ビジョンを新設している。
そしてここまで紹介した、多数のサイネージや照明、大型ビジョン、場内のスピーカーなどの演出は、「コントロールルーム」で一括制御されている。ボタンをひとつ押すだけで球場内外のサイネージやLED照明、スピーカーが瞬時に連動して作動するというのだから驚きだ。
なお、映像や照明と連動するスピーカーシステムはBOSE製のものを採用している。球場の音響は、空間の広さゆえ座席によって音の遅延が発生しやすいが、同球場ではドームの屋根に77台の分散型スピーカーを設置することでその問題をクリアした。そのほかのものもふくめ、スピーカーは球場内197台、球場外26台と、合計223台のスピーカーを設置。改修前のスピーカー数はわずか6台だったというから、この数字だけを見ても「ボールパーク化」に臨むライオンズの本気が垣間見えるだろう。
生まれ変わったメットライフドームでのバッティング体験を無駄に熱くレポート
さて、ここまで真面目にメットライフドームの改修内容についてレポートしてきた。だが、筆者的にはこの記事の本番はむしろここからである。というのも、今回メディア向けに行われた見学会では、取材陣がバッターボックスに実際に立って球を打つというバッティング体験が催されたのだ。こんなまたとない機会。野球は観る専門の筆者も、誠に僭越ながらバッターボックスに立たせていただくことになった。
今回の見学会の目玉のひとつが演出の刷新であることから、バッターボックスに入る際や打撃結果に対する演出に、プロと同様のものが使用される。ここまでは筆者も事前に聞いていた。
だが当日、驚きのサプライズが用意されていた。なんと、ウグイス嬢によるアナウンスがついてくるというのだ。メットライフドームのアナウンスといえば鈴木あずささん。北海道日本ハムファイターズの杉谷拳士選手いじりで一躍有名になったあの鈴木あずささんである。
バッティング体験に挑む取材陣は、自らの写真などともにコメントを事前提出していた。これらのデータはバックスクリーンに表示するためのものなのだが、鈴木あずささんは、このコメントについても即興の一言を加えてくれるという。なんと恐れ多い。というわけで、筆者が提出していたコメントは下の画像のとおりである。
「ボカスカ打つ」
細かすぎるネタだろうか。だが西武ファンなら聞き覚えがあるかもしれないフレーズだ。元ネタは、2008、2009年シーズン、ライオンズに在籍していたヒラム・ボカチカ選手である。彼は、2007年オフ、クレイグ・ブラゼル選手、マシュー・キニー選手と同時にライオンズに入団。そんな彼らの活躍を祈り、当時の球団社長がこうコメントした。
「ボカチカにボカスカ打ってもらって、チャンスは(クレイグ・)ブラゼルにがんばってクレイグとお願いする。最後は白星をおおキニーでいきましょうか」
当時、このコメントをスポーツ紙で読んだとき、本職が阪神タイガースファンの筆者は真っ先に「打ってクレイグたのんマース」を思い出した。このダジャレが登場したのは1996年のことだ。当時まだ7歳だった筆者はリアルタイムでこれを目にしたわけではないのだが、この見出しの存在を中学生になってから知ったときに、力の抜けるような文言が無性にツボったのだった。
※1996年シーズン、阪神タイガースにクレイグ・ワーシントン選手、ケビン・マース選手が入団。当時のスポーツ紙は、彼らへの期待を込めて「打ってクレイグたのんマース」との見出しを躍らせた。
「打ってクレイグたのんマース」が笑いのツボにハマる筆者は、「ボカチカにボカスカ打ってもらって(後略)」も、無論好きである。それゆえ、「ボカスカ打つ」というワードをコメントに入れたのだ。
しかし、メットライフドームのグラウンドに立った筆者は、このコメント内容を猛省していた。あれでは、ボカチカネタが伝わらんかったらどうしようとか、ヒヨっているようにしか読み取れないではないか。
「ボカスカ打ちます!」
シンプルに、これだけでよかっただろう。文末の(笑)も不要である。
バッターボックスに向かいながら、後悔の念を消しきれない筆者。だがその背中を後押しするかのように、しかし、鈴木あずささんは「打ちます!ボカスカと!!」といつもの声でアナウンスしてくれた。もはやネタがどうとかの前に、ボカスカ打つしかない。男は黙って打つだけだ。
打てるのは5球。打順が4番だったので、前の方々の打席を見ながらタイミングを取れるようにイメージはしていた。だが、案の定というべきか、最初の2球をあっさり空振りしてしまう。打席に入る前は外野に飛ばすことを目標にしていたが、これだとせめて1球でも当てることを目標にするしかないじゃないか。
追い詰められた筆者に、ベンチから声が飛ぶ。
「ハタノ、がんばれー!」
おそらく、バッティング体験前にお話をしていた他メディアの取材陣の方からだ。この応援のおかげか、3球目がようやくバットにヒットしてくれた。3塁線、ボテボテのファールではあったが、最低限の目標をクリアできたことでホッと胸を撫で下ろす。
さて、バッティング体験は残り2球。バットに当てることはとりあえず達成できたので、次はフェアゾーンに飛ばしたい。だが、4球目も3球目と同じようなファールで、最後の1球となってしまった。しかもその結果次第で、今回の改修の目玉のひとつであるLビジョンに3通りの演出が出ることになっている。
演出の内容は、フェアゾーンの打球ならホームラン、ファールならファール、空振りであれば三者凡退。筆者の前にバッターボックスに入った方々は、結構な数の方が”ホームラン”を打っていた。ファールならともかく、ボテボテの打球でホームラン! と出てくるのも気恥ずかしいから、できるならヒット性の打球を飛ばしたい。だが、余計なことを考えていたらまたバットが空を切りそうだ。
もし空振りしたら、三者凡退の演出ではなく「ストラックアウト!」とでも流してほしい。いずれにせよフルスイングすることだけは心に決めた。
「5球目いきまーす」
スタッフの方から声がかかり、バッティングマシンから5球目が放たれる。
結果は…
ホームランという名のサードゴロ。3、4球目と似たような、勢いのない打球ではあったが、ボールはフェアゾーンに転がってくれた。
なお打席に入っているときは緊張しすぎて、今回の改修箇所である照明や演出に集中する余裕がまるでなかった。しかし、打撃を終えた直後、ホームランの演出で音や映像に加えて”光”の演出があるのは斬新であることにすぐ気付かされた。まさに「目の覚めるような演出」である。球場の座席や周囲の施設に加え、こういった新しい演出は、メットライフドームを久々に訪れる方を驚かすだろう。
たくさんの観客と興奮の渦が、早く戻ってきてほしい
新しい球場といえば、北海道日本ハムファイターズの「エスコンフィールドHOKKAIDO」が注目を集めている。だが、長期の改修を経て生まれ変わったメットライフドームも、オンリーワンな魅力を持つ球場であることを今回の取材で確信した。
コロナ禍のいま、球場やスタジアムが最大限のスペックを発揮するのはどうしても難しい。だがいつの日か、かつての日常が戻り、溢れんばかりのファン、選手たちの奮闘がもたらす興奮が、この球場を包むことを心から祈っている。