富士通クライアントコンピューティングの「クアデルノ」。ディスプレイに電子ペーパーを採用したことで、紙のような書き心地と薄さ・軽さ、さらに超低消費電力までも実現。まるでノートや手帳のような手軽さで手書きのメモがとれることに加え、パソコンやスマートフォンと連携することで、データの取り込みや共有もスマートに行えるのが強みだ。
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このアナログの使用感とデジタルの拡張性を併せ持つ電子ペーパー端末が、2018年12月のローンチ以降、想定を大きく超えて売り上げているという。「FMV」というメジャーなパソコンブランドを持つ同社が、その対極にあるともいえる“手書き端末”をヒットさせられたのはなぜなのか? プロジェクトリーダーとして開発の先頭に立った同社の竹田弘康副社長に、ヒットの理由のほか、開発の背景や今後の展開について聞いた。
富士通クライアントコンピューティング 執行役員副社長/COO 竹田弘康氏
1960年生まれ。1985年富士通に入社。購買本部長、執行役員としてユビキタスプロダクトビジネスグループ パーソナルビジネス本部長を歴任。2018年より富士通クライアントコンピューティングの副社長兼COOを務める。
人間の触覚さえ錯覚する紙の書き味をデジタルで再現したかった
「クアデルノ」事業を牽引する竹田氏が、富士通のパソコン事業部・本部長に着任したのは2014年のことだ。当時のデジタル端末市場はタブレットPCに勢いがあり、同社もWindows版とAndroid版を相次いで投入。特に文教市場で実績を重ね、現在でも高いシェアを獲得している。「クアデルノ」誕生のプロローグは、こうしたタブレットPCのさらなる技術革新を推進する真っ只中にいた時だった。
「新しいタブレットPCを開発する中で、“実際は紙に書いていないのに書いていると思わせる感覚”をタブレットとスタイラスペンで実現できないかと考え、“書き味へのこだわり”を弊社のタブレットの個性とすべく研究を進めていました。人間の五感の中で、すでに聴覚と視覚はデジタルへ対応し、音楽や写真がデジタルに変わっても、アナログ時代と同じようにみなさんが楽しんでいましたから、この2つに続いてデジタルに対応する3つ目の感覚を“触覚”だと考え、“人の触覚さえ錯覚するような紙の書き味”をデジタルで再現しようと考えたわけです。
ところが、紙の書き味をガラス面で表現するのはハードルが高く、困難を極めました。ガラス表面にかかる摩擦抵抗を何度となく工夫したり、ガラスに貼るフィルムも抵抗値を変えて何百種類と試作したり。また“視差”と呼ばれる、タッチポイントと表示面との間にタッチパネルの厚み分生まれる距離感も解消できるよう試みましたが、われわれのこだわりを満たすものができずにいたところに、現在『クアデルノ』に使用している電子ペーパー技術と出会ったんです。
私が興味を覚えたのは、ペンで書いた感覚がかなり本物の紙に近いという点です。弊社でもこのテクノロジーを使ったデバイスを商品化したいと思ったことが、この『クアデルノ』が生まれるきっかけとなりました」(竹田氏)
デジタル時代になっても残り続ける企業の紙文化を変えていく
もう一つ、竹田氏を電子ペーパー端末の開発にかきたてたのが、IT企業として“日本の企業に根付く紙文化を変えていきたい”という、ペーパーレス化への強い思いだった。
「ビジネスパーソンの多くが、ノートパソコンを携えて仕事に臨む時代になりましたが、会社の会議では、依然として紙が主流で、経営会議などでは今も分厚い紙資料が配布されます。それがペーパーレスに変われば、紙で資料を作成するという苦労が軽減され、大幅なコストダウンを図ることもできます。
実際に弊社では、電子ペーパーを発表するメーカーとして、まず社内から変えていこうといち早くペーパーレス化に踏み切りました。役員も全員が『クアデルノ』を使っているため、驚かれるかもしれませんが稟議書の紙すらありません。確認すべき稟議書は『クアデルノ』に出力され、そこで内容をチェックしています。つまり、かつては大量の紙に書かれていた内容が、すべて『クアデルノ』に集約されているわけです。また、会議中に『クアデルノ』に書いたメモはすべて、即座に社員全員でシェアできるようシステムから開発し、情報共有をリアルタイムで行えるような仕組みを整えています」(竹田氏)
想定外の新しい使い方が次々に生まれ可能性が広がっている
「クアデルノ」の開発にともない新規ビジネス推進室を新設し、3人体制のスモールスタートを切った。船出から3年以上をかけ、2018年の12月にようやくローンチ。「書く・消す・見る」に特化したデバイスであることから、パソコンともタブレットPCとも異なる“デジタル文具”として訴求するという、大胆なプロモーションに打って出た。
発表段階から評判が高く、『こんなデバイスが欲しかった』という声をたくさんいただいて、販売開始早々から確かな手応えを感じました。2019年8月からはスマートフォンやmacOSにも対応するとほぼ同時期に、販路を量販店にも広げましたが、想定を超える反響をいただき、販売実績も順調に推移しています。
ユーザーは我々の想定通り、30~50代のビジネスパーソンがメインです。好調の要因として挙げられるのは、“書くことに機能を絞りこんだこと”が大きいのではないでしょうか。試作段階ではインターネットにつながる設計になっていましたが、“書く”ことに必要な機能以外はすべて削ったことで、タブレットとは違う価値観を明確に打ち出せたと考えています。IT機器というより、手書きをデジタルに置き替えられる“紙”として提案をしたことも、より多くのユーザーを引きつけた理由だと思います。
我々はメモをとるツールと考えていましたが、面白いことに、実際はイラストを描いたり、お子さんの学習ドリルとして使ったりなど、想定していなかった新しい使い方が生まれています。これも、本物の紙に書いているような感覚で手書きができるからこそだと思います。要望やご意見が数多く寄せられることで次にフィードバックすることもできますから、デバイスとしての可能性は、今後も広がっていくはずです」(竹田氏)
セキュリティの向上で働き方改革推進をバックアップしていく
まずは認知度を高めるため、BtoBより一足先にコンシューマー向けとして販売した「クアデルノ」だが、ノートとしての機能性が話題になるにつれ、企業からの問い合わせが増えているという。最も多い要望は、セキュリティの向上に関するものだ。
「会議にノートパソコンと紙のノートを持ち込み、重要なメモはノートに手書きするという方は多くいらっしゃいます。パソコンでは、手のひら静脈認証や、クラウドに分散させたデータの小片に合致しないとデータが復元できないソリューションなど、仮にパソコンを紛失しても機密の漏洩を防ぐセキュリティ技術が整っています。
ところが、手書きのメモにはセキュリティ対策が一切とられていませんから、手書きメモからの情報漏洩の危険性が高く、世界的にも懸念されています。すでに韓国のトップ企業では、メモの紙に鉄粉を入れ、メモを持ってゲートを出ようとするとアラートが鳴るシステムを導入するところも増えているほどです。
我々にも、機密情報を扱う企業からセキュリティに対する要望を多くいただいていますので、BtoBとしてビジネスを広げていく上で、セキュリティをさらに進化させたいと思っています。現在、働き方改革の一つとして、国を挙げて社外で仕事を行うリモートワークを推奨していますが、セキュリティが向上し、デバイスを自由に外へ持ち出せるようになれば。よりこの改革に貢献できるのではないでしょうか」(竹田氏)
技術革新が続き、いずれはカラー化も不可能ではない
竹田氏が語ったように、「クアデルノ」は書くことに機能を絞り込んだデバイスであり、多機能を強みとするタブレットとは一線を画している。それでも、ユーザーにフォーカスして基本機能を高めることで、パソコンやタブレットとは異なる育て方があると断言する。
「紙に書いている感覚で筆記できることが、電子ペーパーの技術です。『クアデルノ』ではかなり本物に近づけることができましたが、紙と鉛筆で書く時のようなザラザラとした筆記感をどこまで出せるか、視差のズレやインクが出るレイテンシー(遅延)をどこまでなくすことができるかの技術革新は、継続して追求していきます。いずれはカラー化も、不可能ではないと思っています。
メモ書きのデータはパソコンと同期できますから、現在使われている方の多い、パソコンと紙の手帳を併用する環境をそっくりデジタルに置き換えていきたいですね。『クアデルノ』は軽量・薄型で、約3週間の長時間駆動にも対応し、スケジュールや資料の出力先としても使えるので、置き換えが実現すれば、ユーザーの使い勝手も高まり、仕事の効率化につながっていくと考えています。
2016年から富士通クライアントコンピューティングになって、社員の意識も変わってきましたし、『我々独自のものをつくっていこう』と、士気もいっそう高まっています。経営的にもパソコンの一本足打法ではなく、パソコンに続く軸となる新領域事業を育てていくことが急務です。『クアデルノ』は、BtoBで大きく伸びる可能性を秘めているだけに、今後もさらに驚きのある新しい挑戦を続けていきたいと思いますので、ご期待ください」(竹田氏)
電子ペーパーが世の中に知られるようになって約20年が経つが、amazonの「Kindle」を除き成功例はまだ少なく、撤退するメーカーも多いだけに「クアデルノ」のヒットは異例ともいえる。とはいえ、ユーザーからは“一度使うと紙のノートに戻れない”というポジティブな声も多いのも事実。軽量ですぐに起動するので即座にアイデアをまとめられる、目にやさしく子供にも安心して使用させられるなど、ビジネス以外の利用者からの“いいね”も増え続けているのだ。
ペーパーレス時代が広がれば、手書きツールの一番手として、大きく飛躍する可能性を秘めているといえるだろう。
写真/村田 卓(go relax E more)