JR各社に残る国鉄形機関車を全チェック! 〜〜EF64形からDE15形まで〜〜
国鉄(日本国有鉄道)が分割民営化されてすでに32年。国鉄時代に開発、製造された車両はJR各社に引き継がれ、長年にわたって走り続けてきた。そうした「国鉄形車両」も、製造されてすでに30年以上の時が経っている。
ここにきて国鉄形の置き換えが目立つようになってきた。そこで残り少なくなりつつある国鉄形の電気機関車とディーゼル機関車の動向を見ていくことにしよう。ちなみに今回は、蒸気機関車は除外した。
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【はじめに】わずかに残る基本番台の車両に注目が集まる
今も現役で走る国鉄形機関車の中で最も多く造られた車両は、ディーゼル機関車のDE10形だった。1966年の製造開始から12年にわたり、708両という大量の車両が造られた。
長い期間、大量に造られた車両は、製造していく過程で、改造が施されていく。その違いは番台により区分され、初期に生まれた基本番台から500番台、1000番台と数字が徐々に上がっていく。ちなみにDE10形の場合には基本番台から始まり、最終3500番台まで造られた。
こうして長年にわたり造られた機関車は、当然のことながら初期に造られた基本番台は、車歴が長い。その疲弊の度合いも高まる。
国鉄形機関車の中には、すでに基本番台の車両が消滅、もしくは残っていてもごくわずかという機関車が多くなっている。基本番台は、それこそ国鉄時代を象徴した車両でもあり、鉄道ファンの注目度も高くなっている。
EF66形式直流電気機関車のように、今や走っている基本番台の車両はわずか1両のみという消滅の危機に直面している例もある。ここからは残る国鉄形機関車の1形式ずつ、その現状を見ていこう。
【国鉄形①EF64形式】中央西線と関東近郊で渋い働きを見せる
製造年 | 1964年〜1982年(現存車両数43両) |
現存車両の内訳 | JR貨物35両(愛知機関区に配置)、JR東日本8両 |
まずはEF64形式から。ちなみにJR貨物では車両形式を表す数字の後ろに「形式」を付けることをルールとしている。ここではJR貨物の車両のみは「形式」を付けて呼んでいきたい。
EF64形式は勾配がある路線用に1964年に開発・製造が進められた直流電気機関車。後期の1000番台のラストナンバー1053号機は、1982年10月に製造されたが、これが国鉄最後の新製機関車となった。合計で132両が製造され、貨物列車以外にも、定期旅客列車の牽引にも使われた(現在もJR東日本ではカシオペアなどの観光列車の牽引に使われる)。
JR貨物のEF64形式は、すでに基本番台の全車が引退となっている。残るのは1000番台のみで全車両が、愛知機関区に配置されている。徐々に車両数が減っているものの、今もJR貨物では中央西線を走る貨物列車のすべてと、東海地区の貨物輸送、中国山地を越える伯備線の輸送、さらに首都圏まで走り、成田線の貨物列車の輸送を担っている。
貨物の輸送量が少なめで、また勾配が適度にある路線にとってEF64形式は今も欠かせない電気機関車となっている。ちなみに今後、塗り直しが必要となる車両はすべて国鉄原色と呼ばれるカラーとなる。塗り直しをされるぐらいなのだから、この先、しばらくの間は、活躍する姿が楽しめそうだ。
ちなみに、旅客会社の中ではJR東日本にもEF64が残されている。こちらは基本番台も残されていて興味深い。同機関車の情報に関しては後ほど触れたい。
【国鉄形②EF65形式】武蔵野線を走る“シャトル便”などで活躍
製造年 | 1965年〜1979年(現存車両数53両) |
現存車両の内訳 | JR貨物37両(新鶴見機関区に配置)、JR東日本6両、JR西日本10両 |
EF65形式直流電気機関車は平坦な路線用に開発された電気機関車で、国鉄の電気機関車の中で最多となる308両が造られた。
区分された番台は複数あり、0番台が貨物列車牽引用、高速旅客列車の牽引用に500番台(P形)、高速貨物列車の牽引用として500番台(F形)が造られた。その後の1969年から10年に渡り、旅客・貨物列車の両方に使える1000番台(PF形)が造られている。最盛期には寝台特急の牽引機として、現在は主に貨物列車の牽引機として、と長い間、第一線で活躍してきた。
大所帯だったEF65形式だが、徐々に車両数が減り、JR貨物では1000番台のPF形を残すのみとなっている。全車両が新鶴見機関区に配置され、首都圏だけで無しに、西は京阪神を越え、四国の松山駅まで走っている。
牽引する輸送量は多くはないものの、ある程度のスピードを保って走らせたいという列車に欠かせない存在となっている。現在、EF65形式が活躍の場として最も活かされているのが東京貨物ターミナル駅と隅田川駅(東京都)を結ぶ“シャトル便”であろう。日に4往復、首都圏を代表する両貨物駅を結ぶ大切な輸送を担っている。
なお旅客会社ではJR東日本とJR西日本でEF65が残されている。JR東日本には唯一の500番台(501号機)が残る。一方のJR西日本には、2015年に西日本各地を巡った「特別なトワイライトエクスプレス」用に、塗装を変更されたEF65が残り、それぞれが走る時は、鉄道ファンの注目の的となっている。
【国鉄形③EF66形式】最後の基本番台“ニーナ”は今や注目の的
製造年 | 基本番台1968年〜1974年(現存車両数2両) |
現存車両の内訳 | JR貨物2両(吹田機関区に配置) ※2019年9月4日時点では稼働車両1両のみ |
EF66形式は東海道・山陽本線を走る高速貨物列車用に開発された直流電気機関車。基本番台は55両造られ、1985年からは寝台特急「はやぶさ」などのブルートレイン列車の牽引機としても活躍した。その特異な姿から鉄道ファンからは“マンモス機”というニックネームでも呼び親しんできた。
ちなみに国鉄分割民営化後の1989年からJR貨物により100番台33両が増備された。こちらは基本番台の最終車両の性能を元にしているものの、形や仕様が異なるため、JR形としてとらえた方が良さそうだ。
EF66形式の基本番台は残るのは、平成31年版「貨物時刻表」の機関車配置表では27号機と30号機の2両となっている。しかし、現時点で稼働しているのは27号機のみ。この車両がEF66形式最後の基本番台となりそうだ。
この27号機、国鉄特急色と呼ばれる塗装を残した車両で、多くのEF66が走っていた当時から目立った存在だった。鉄道ファンから“ニーナ”という愛称で親しまれてきた。27号機が製造されたのは1973年8月15日のこと、すでに誕生してから46年という古参の機関車となっている。
東海道本線・山陽本線を東へ、西へ、連日、走り続けているが、その姿を捉えようと、沿線には多くの鉄道ファンがつめかける。
電気機関車の場合、クルマの車検にあたる全般検査が約5年ごとに行われる。前回の27号機の全般検査明けは2015年6月5日だった。ということは27号機の全般検査は来年にありそうな気配だ。1両のみ残された車両だけに、来年の検査が果たしてどうなるのか、非常に気になる状況になっている。
【国鉄形④EF67形式】EF65を改造した後期型もあとわずか
製造年 | 1982年〜1990年(現存車両数3両) |
現存車両の内訳 | JR貨物3両(広島車両所に配置) |
EF67形式直流電気機関車はJR貨物の機関車の中でも特異な存在だ。山陽本線には通称「瀬野八(せのはち)」と呼ばれる急坂の区間がある。瀬野駅と八本松駅(はちほんまつえき)の区間がその急坂区間で、上り路線には22.6パーミル(1000m走る間に22.6mを登る)という急勾配がある。電車ならば問題なく登りきれる勾配も、最大26両というコンテナ貨車を牽引する貨物列車の場合、いくら強力な新型電気機関車を使っても登りきることができない。
そこで瀬野八では、後押しをする電気機関車(補機)を連結して走る。この後押し用の機関車として開発されたのがEF67形式だ。1982年からはEF60形式を改造した基本番台が造られ、1990年にはEF65形式の0番台を改造したEF67形式の100番台が導入されている。
100番台は厳密にいえばJRになった後に生まれた車両だが、改造される前の車両がEF65形式の初期形で、元の車両の姿を今も留めているので、国鉄形としてここでは扱いたい。
EF67形式は最盛期に8両が稼働していた。しかし、30年以上、稼働し続けてきたことから後継のEF210形式300番台を開発、2013年3月から稼働し始めた。EF67形式は古い基本番台からEF210形式300番台への引き継ぎを行われ、現状、EF67形式は100番台の3両のみが残る状況となっている。
後押し用の新型EF210形式300番台はすでに10両が製造されている。この300番台は後押しだけでなく、山陽本線などの貨物列車の牽引にも利用されている。瀬野八以外も走る300番台の使われ方を見ると、残るEF67形式は車両の寿命を見ながらの運用が続くと見て良さそうだ。
【国鉄形⑤ED76形式】過去には九州で寝台列車を牽いた交流機
製造年 | 1965年〜1979年(現存車両数10両) |
現存車両の内訳 | JR貨物10両(門司機関区に配置) |
ED76形式は国鉄が開発、九州と北海道に配置した交流用電気機関車だ。旧形の交流用電気機関車に比べて扱いやすいシリコン整流器を装備、貨物用、旅客用に計139両が造られた。基本番台は普通列車用に、1000番台は高速列車の牽引用として1970年から1979年にかけて増備され、寝台特急「はやぶさ」などの牽引にも使われた。
ちなみに北海道用は500番台で、九州用とは異なり、前面の中央に貫通扉が設けられていた。
JR北海道とJR九州に引き継がれた車両はすでに無く、残るED76形式はJR貨物の車両のみ。全車両が九州で使われる。ちなみにED76形式は、JR貨物に残る唯一の動輪4つ(D級車)の電気機関車となっている(他はF級車)。
運用される区間は鹿児島本線、長崎本線と日豊本線。基本番台も2両(81号機と83号機)が残って、走り続けている。ED76形式は新しい車両であっても1979年8月生まれですでに40年選手。将来が危ぶまれるところだ。今のところ引き継ぎが可能な新しい交流電気機関車の増備がないことから、〝貴重な戦力〟としてしばらくの間は走り続けることになりそうだ。
【国鉄形⑥EF81形式】銀窯・ローピン窯!九州では注目の存在に
製造年 | 1968年〜1992年(現存車両数29両) |
現存車両の内訳 | JR貨物19両(門司機関区に配置)、JR東日本7両、JR西日本3両 |
国内の電化区間は、直流方式、そして交流方式の50ヘルツ区間と、60ヘルツ区間といったように3電源で電化されている。この3電源を通して走れるように造られたのがEF81形式交直両用電気機関車だった。この電気機関車の登場で、初めて日本海側を走る北陸本線、信越本線、羽越本線、奥羽本線を通しての列車の運行が可能になった。そのため国鉄分割民営化後も、JR貨物だけでなしに、JR東日本、JR西日本でも活用され、特急「トワイライトエクスプレス」といった寝台列車の牽引を長年こなした。
便利さゆえ、JRになった後もJR貨物で新造、計164両の車両が造られた。そんな国鉄が生み出した〝名機〟だったが、ここ数年でEF81形式を取り巻く状況が大きく変わっている。
残るEF81形式で、最も大所帯のJR貨物ではあるが、すでに日本海縦貫線での運用はなくなり、九州のみを残すだけになっている。とくに減少が著しいのが、基本番台と呼ばれるシリーズ。717号機から735号機まで7両が残されるが、実際の運用は716号機と717号機の2両に限られているようだ。この2両はローズピンク色の外観から“ローピン窯”と鉄道ファンから呼ばれる。
基本番台とともに注目を集めるのが300番台機。関門トンネルを通り抜けるために造られたEF81だ。海水による腐食を防ぐため外板がステンレス製で、その色から〝銀窯〟と呼ばれる。同形タイプが4両造られたが、現在は303号機のみが稼働するのみ。貴重な車両となっている。
300番台に次ぐ400番台は、国鉄最晩年の1986年から87年にかけて重連運転ができるように基本番台を改造したもので、現状2両のみが稼働する。
残りの450番台、500番台はJR貨物が増備した機関車で、こちらはJR更新色と呼ばれる白地に水色カラー、前照灯の位置など変更した車両もあり、それまでのEF81形式とは装いを変えた車両も含まれる。
九州地区で活躍するEF81形式だが、その中で、基本番台と300番台は車歴が古いだけに、今後が気になるところ。幡生(山口県)〜博多貨物ターミナル駅間には、EH500形式が入線しているが、ほか九州の路線にEH500形式が入るためには路線の整備が必要となる。EH500形式以外の九州向け後継機が現れないことから、ED76形式を含め、減りつつも、当分の間は使われていくことになりそうだ。
【国鉄形⑦JR東日本の機関車群】気になる存在の車両がずらり
JR東日本に残る国鉄形電気機関車 | EF60形1両、EF64形8両、EF65形6両、EF81形11両、ED75形5両(EF58形があるが保留車なので除外) |
JR貨物と並び、国鉄形電気機関車の宝庫となっているのがJR東日本。観光列車・客車の牽引のほか、レールの運搬列車、事業用車の牽引、さらに配給列車(JR東日本管内で新造車両・回送電車を牽引する列車のこと)の牽引と、主に事業用車としての役割を担う。
残る車両の中で注目されるのはEF60形直流電気機関車。残る1両は1962年に製造された19号機で、すでに57年と古参そのもの。
ほかにEF65形直流電気機関車の500番台で唯一残る501号機。さらにEF64形直流電気機関車の基本番台として最後の1両となった37号機も残る。
いずれの車両も、回送されるたびに「廃車か?」と話題となり、また秋以降は引退なのでは? という予測情報が飛び交う。
これらの希少車両は、高崎車両センター高崎支所に配置されている。事業用に使われる以外には、この秋は高崎車両センターの機関車を利用した「ELぐんま よこかわ」「ELぐんま よこかわ」「ELぐんま みなかみ」「ELぐんま」などの列車が運転の予定だ。
EF60形はごく最近の情報では2019年8月17日に「あきた鉄道フェア」に展示されたのが最後となっているが、ほかの電気機関車は秋の観光列車の運転でフル回転しそう。
直流電気機関車、交直両用電気機関車以外に、JR東日本にはED75形交流電気機関車が5両残っている。すでにJR貨物からは消えた電気機関車でこの車両の動向も気になるところだ。現在JR東日本のED75は、レール輸送と臨時観光列車の牽引を主に行っている。
今から2年ほど前にJR東日本では、キヤE195系というレール輸送用の新型気動車の導入を発表した。東北地区向けということもあり、こちらの本格運用がここ数年中には行われることになりそう。となるとED75形はそれに合わせて車両数が減っていくことになりそうだ。ED75形は東北のみの運用なので、情報がなかなかキャッチしづらいが、早めに見て、撮っておいたほうが良さそうだ。
【国鉄形⑧DD51形式】わずかに残るJR貨物機と旅客各社の車両
製造年 | 1962年〜1978年(残存車両数24両) |
現存車両の内訳 | JR貨物12両(愛知機関区に配置)、JR東日本4両、JR西日本8両 |
国鉄路線の非電化区間の主役だった蒸気機関車を減らし、無煙化に大きく貢献したのがDD51形式ディーゼル機関車だ。中央部に運転台を備えたスタイルの大型ディーゼル機関車で、1962年から1978年まで649両という大量の車両が製造された。
いくつかのタイプがあり、基本番台は1〜53号機まで、500番台には501〜592号機までの半重連形と、593号機以降の全重連形(593〜799号機、1001〜1193号機)の2タイプがある。さらに800番台(801〜899号機、1801〜1805号機)が造られた。
JR貨物をはじめ、JR東日本とJR西日本に引き継がれたDD51形式は、500番台の全重連形と、800番台の2タイプで、今も非電化区間の貨物列車や事業用列車の牽引に使われている。
JR貨物に引き継がれたDD51形式は、その多くが北海道の全貨物列車の牽引などで活躍したが、DF200形式の導入で、すでに道内からは撤退。現在は愛知機関区の車両が関西本線を走る貨物列車の牽引に使われるのみとなっている。ところが、こちらも北海道と同じようにDF200形式の増備で追われる状況に。2019年9月4日現在では、わずか4両が稼働しているのみとなった(857号機、1028号機、1801号機、1804号機の4両)。残る4両の引退も間近と見て良さそうだ。
昨年の8月末に大規模水害により山陽本線の貨物輸送が長期間にわたって途絶えた時期があった。その時には、山陰本線を迂回する貨物列車を、このDD51形式が牽引して、災害時の緊急輸送を支えた。JR貨物およびJR西日本が共に扱い慣れた機関車だけに可能な迂回輸送だった。さらに東日本大震災の時に磐越西線を使った石油列車の迂回輸送もDD51形式が使われた。もし、このような迂回輸送が今後に必要となった時にはどうするのだろうか、不謹慎な話で恐縮ながら、今後、JR貨物がDD51形式を維持していくかどうか、ちょっと気になるポイントでもある。
【国鉄形⑨DE10形式】入換機+支線を走る便利な存在だったが
製造年 | 1966年〜1978年(現存車両数117両) |
現存車両の内訳 | JR貨物52両、JR北海道10両、JR東日本28両、JR西日本18両、JR四国1両、JR九州8両(JRのみを記載) |
国鉄の無煙化にDD51とともに貢献したのがDE10形式ディーゼル機関車。DD51と同じように運転台は上部にあるものの、中央ではなく、前後のボンネットの長さが非対称というユニークな姿となっている。
このDE10の優れたところは駅構内での貨車の入換え作業だけでなく、ローカル線の旅客・貨物列車の運用を可能にしたところ。計708両と大量の車両が造られ、今もJR各社(JR東海を除く)と民営鉄道で使われている。JRのみでも100両以上の車両が残る状況だ。将来、最後まで残る国鉄形車両は、このDE10となるかも知れない。
とはいっても車歴は若い車両であっても40年以上となる。JR貨物では貨物駅などでの貨車の入換え作業用にHD300形式ハイブリッド機関車を製造、すでに多くの駅に配置している。このHD300形式の場合は、構内での作業のみに限られていたこともあり、本線での車両の牽引を可能にしたDD200形式の試作機を新造。2019年8月27日には量産1号機の導入が行われた。
今後、DD200形式の増産が進めば、DE10も徐々に活躍の場が減っていくことになりそうだ。
【国鉄形⑩DE11形式】遮音性能を備えた入換え専用機が今も活躍
製造年 | 1967年〜2004年(現存車両数7両) |
現存車両の内訳 | JR貨物6両(仙台総合鉄道部、新鶴見機関区、岡山機関区に配置)、JR東日本1両 |
DE11形式は主に貨物の入換え作業および、短距離の貨物列車牽引を行うために造られた。当初から旅客車両の牽引を考えずに造られたため、客車で利用する蒸気の発生装置は付けられていない。さらに2両の機関車を連結して列車を牽引するための機能、重連総括制御機能を設けず、この回路を結ぶためのジャンパ栓も付けられていない。
0番台、100番台が造られた後に、住宅に囲まれた都会の貨物駅での利用に対応した低騒音型の2000番台が用意された。
元々、貨車の入換え専用機という位置づけだった。コンテナ貨車が主体になったころから不要な車両となり、国鉄分割民営化までに多くの車両が消えていった。残ったのは騒音対策を施した2000番台で、新鶴見機関区に配置され、京浜地区の支線での運用、神奈川県内にある相模貨物駅などでの入換え作業に使われている。
DE11形式のみを見れば細々と使われる状況ながら、DE10形式とともにDD200形式が本格的に増産されるまでは、その姿は残ることになりそうだ。
【国鉄形⑪DE15形】旅客各社にわずかに残る除雪用機関車
製造年 | 1967年〜1981年(現存車両数19両) |
現存車両の内訳 | JR北海道13両、JR東日本2両、JR西日本4両 |
DE15形は国鉄が1967年から開発・製造した除雪用ディーゼル機関車。前後にラッセルヘッドの取り付け、また取り外しができる。取り外せば、DE10形と同じように入換え作業や、本線での列車の牽引ができる便利な機関車でもある。
除雪が必要な路線を持つJR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本に80両以上が引き継がれた。
昨今、除雪が容易な除雪用モーターカーの導入が進んだこともあり、JR北海道以外は、JR東海では消え、さらにJR東日本ではほぼ使われていない状況。JR西日本ではキヤ143形を導入、除雪作業を行っているので活動の場が狭まっている。
多くが残るのはJR北海道。除雪作業とともに、夏期はラッセルヘッドを外して観光列車「富良野美瑛ノロッコ号」の牽引などに利用されている。JR西日本では観光列車「奥出雲おろち号」の牽引機として使われている。
こうした観光列車が走り続けるかぎり、DE15形はこの先まだ活用されることになりそうだ。
ほかJR東日本には希少な機関車が残される。その1両がDD16形ディーゼル機関車。こちらは重量のある車両が入線できないローカル線用に造られた機関車で、1970年代の序盤に65両が造られた。現在、長野総合車両センターに1両のみ残る。2019年10月5〜6日に飯山線の全通90周年を記念した「飯山線開通記念号」として、旧型車両を牽引する予定となっている。久々の晴れ姿を見ることができそうだ。
なおJR東日本は国鉄形のDD14形という除雪用のディーゼル機関車を2両保有しているが、こちらは稼働がほぼ無い保留車となっている。
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