【予土線の秘密⑫】宇和島駅前にある古い機関車は何だろう?
さて、予土線の列車は北宇和島駅からは予讃線に入り、お隣の宇和島駅まで走る。北宇和島駅からは宇和島市内の街中の風景が広がる。
宇和島市は愛媛県南西部・南予地方(なんよちほう)の中心都市。高松駅が起点の予讃線は宇和島駅が終点となる。この先に線路はない。駅前には小さな蒸気機関車が設置されていた。ドイツのコッペル社が製造した宇和島鉄道1号機関車のレプリカだという。
宇和島に最初に敷かれた鉄道が、宇和島鉄道の路線であり、現在の予土線だった。それが1914(大正3)年のことだった。宇和島鉄道が敷かれた理由は、当時、陸路の交通が不便だったため、また山間の産品を宇和島港から全国に送るためだったとされる。その後に延長した区間の駅近くには四万十川の支流、広見川も流れていて、この流れを利用した舟運の利用も考慮したのだろう。宇和島と四万十川上流域を結ぶ重要な交通機関として予土線は誕生したのである。
宇和島鉄道が大正時代に開業したのに比べて、宇和島まで国鉄予讃線が全通したのはかなり後のことで、1945(昭和20)年6月20日と太平洋戦争の終戦間際だった。
宇和島駅前の蒸気機関車のレプリカは、予土線を開業させた宇和島鉄道の功績を後世に伝えている。
最後に予土線の現状を見ておきたい。この予土線が苦境に喘いでいる。区間別平均通過人員(輸送密度)がJR四国の路線の中で、牟岐線(むぎせん)の牟岐駅〜海部駅間(2018年度212人)に次いでワースト2位(予土線は312人)となっている。JR四国の各路線の輸送密度と旅客運輸収入は年々、減少傾向が進んでいる。そうした中でも落ち込み具合が目立つ。
予土線はまさに“お宝”と言って良い風景が残っている。地元では「YODOSENサポーター」といった活動が地道に続けられている。残して欲しいという地元の声も強い。将来、何とかこの“お宝”が末長く残るように、四国を訪れたら、ぜひとも乗車し、楽しんでいただけたらと、切に筆者も思う。
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