通常、実際に商品化されるまでは外部の目に触れることがない自動車メーカーの最新技術ですが、その先進性や技術力をアピールする目的でメーカー自らが一部を公開することがあります。今回は、日産がメディア向けに開催したテクノロジーツアーから主要なものをご紹介しましょう。
ツインモーターとトルクベクタリングで“スポーツする”リーフのテストカー
ガソリンエンジンなど、内燃機関ベースのものと比較すると電気モーターを複数使用した4WDは複雑な車両制御がシンプルな構造で実現できる利点があります。実際、「リーフe+」をベースとしたテストカーはリアにも電気モーターを追加して4WD化。これに左右の駆動配分をブレーキトルクベクタリングでアクティブに制御するシステムを組み合わせていますが、見ためや室内空間などはベース車とほぼ同じ。ブレーキトルクベクタリングはともかく、前後独立の動力源を内燃機関で成立させようとすれば機械的な部分が複雑になるだけではなく空間効率も悪化、さらには前後の駆動制御も難しいものとなります。その意味で、このテストカーはピュアEVであるリーフの強みを体現したものといえるでしょう。
そのアウトプットは、“ツインモーター”と呼ぶに相応しいもの。システムの最大出力はおよそ309PS(227kW)、最大トルクは680Nm(69.4kg-m)に達します。それが全長4.5m弱のリーフのボディに載っているわけですから動力性能は推して知るべし、です。リーフe+も発進加速はパワフルですが、テストカーはアクセルの踏み始めからリアルスポーツ級の速さを披露。今回はテストコースで短時間、という試乗環境でしたがおそらくアクセルを全開にする時間が長ければ、特に大トルクの恩恵は一層鮮明に感じられたでしょう。
前後モーターを独立で制御するメリットは、それだけにとどまりません。4WDならではのトラクション性能を余すところなく活かせるだけではなく、アクセルオフ時の回生ブレーキをリアでも発生させて車両の姿勢をフラットに保つことが可能。さらには旋回力、いわゆるハンドリング性能を高めることにも威力を発揮します。今回のテストカーでは前述の通り、左右のブレーキ制御を組み合わせていましたが「曲がる」能力はベース車を格段に上回ります。今回は濡れた路面でアクセルを踏み込みながら旋回、というシチュエーションも用意されていましたが、通常ならフロントから軌跡を膨らませてしまうような状況でもテストカーはステアリングを切った方向に曲がる姿勢を保ち続けます。これには4輪のブレーキを独立して制御するブレーキトルクベクタリングも大きく貢献していますが、前後の駆動力を路面状況に応じてきめ細かく制御できる電動4WDのメリットも明らか。いまやプレミアムな電気駆動モデルでは、前後だけでなく左右の駆動を独立したモーターで行なうものも現れていますが、リーフのテストカーは改めて電気駆動4WDの面白さを実感させてくれる出来栄えでした。
ドライブのお供はARアバターになる?
「I2V(インビジブル・トゥ・ビジブル)」とは、日産が2019年初頭に発表したコネクテッドカー向けの将来技術。リアルとバーチャルの世界を融合させ、名前の通り「見えないものを可視化する」ことを目的としています。具体的には通常だと見えないクルマ前方の状況を予測。建物の裏側、カーブの先などを事前に映し出すことを可能にして安全性や利便性を向上させます。また、その中には新たなインターフェイスとして車内にARアバターを出現させ運転のサポートやコミュニケーションツールとして活用する提案も行なわれています。
今回のイベントでは、そのARアバターとのコミュニケーションを疑似体験することができました。会場には身体の動きをスキャンするセンサーを身に着け、カメラに囲まれたアバター役の女性が待機。体験者は3Dヘッドセットを被り、会場に運び込まれたテスト車の中から彼女たちが動かすアバターと会話をするというものでしたが、感覚としては確かに新鮮ではありました。現状ではヘッドセットが重い上にARアバターのリアリティ(解像度など)もいまひとつ。また、アバター役を務めた女性たちの“重武装”ぶりを目の当たりにしてしまうと、実用化されるにはもう少し時間が必要かな、というのが実際のところ。とはいえ、当日会場にいた日産のエンジニア氏いわく、今後はヘッドセットなどの機器が飛躍的に進化するはずなので先行きの見通しは明るいとのことでした。
そもそもの話、車内でのコミュニケーション手段としてARアバターまで動員する必要があるのか? という疑問を抱く人はいるでしょう。また、最新モデルでクルマに“話しかける”ことすら気恥ずかしく思う人は、特にアニメ的にデフォルメされたARアバターとの会話など受け入れがたいはずです(筆者は平気ですが)。とはいえ、クルマの本質的な使い方すら今後変わっていく状況を思うとこうしたアプローチもアリでは? と考えさせられてしまうのもの事実。実際、日産ではすでにNTTドコモと5G技術を使ったI2Vの走行実証実験をスタート。仮想世界と現実の境界を取り払う試みは、すでに本格化しているのです。
電動化の優れた環境性能はこんな分野にも!
こちらは日産が6月に発表した、100%電気稼働のアイスクリーム移動販売のコンセプトカー。ベースはピュアEVの商用車として知られる「e-NV200」で、コンセプトは電気によるエコシステムの実証。アイスクリーム用の設備は、日産の第一世代EVから回収したリチウムイオン電池を再利用したバッテリーで稼働、環境負荷の少ない作りになっています。ちなみにアイスクリームは再生可能な風力と太陽光エネルギーで酪農場を経営する「Mackie’s of Scotland」の品。エコとは直接関係ありませんが、大変美味ではありました。
普段、目に見えない地味な部分でも着実に進化
■「e-パワー」は知能化で一層の高効率化を目指す
いまや「リーフ」を筆頭とするピュアEV以上に日産の“顔”となっている「e-パワー」。構造的には内燃機関(エンジン)で発電した電力で電気モーターを駆動するシリーズ式ハイブリッドですが、次世代型では知能化技術を組み合わせることで一層の高効率化が見込めるといいます。具体的には、最新のセンシング技術で路面状況を判定。路面の粗さなどをデータベース化することでエンジンのオン/オフ制御を最適化するほか、3D高精度地図やナビ情報とリンクさせることでエネルギーマネージメントを最適化。その結果、経済性や快適性に一層の磨きがかかるとのこと。
■いまやスマホ用のアプリ開発まで守備範囲を拡大
2007年に設立された日産の先進技術開発センターでは、クルマ本体だけではなくスマートフォン用のアプリ開発まで行なわれています。いまやクルマを使うための「電気キー」や遠隔からの操作、といった機能までスマホが担う時代ですから当然といえば当然なのですが、もちろんサードパーティとも連携。日産のクラウドを経由して今後もさまざまな利便性を高めるコネクテッドアプリが登場するとのことです。
■見えない部分では地道にスリム化
写真は、おそらくオーナーですら直接目にすることはないであろうシートの中身。地味な存在ではありますが、クルマ用のシートは家庭で使われる“椅子”よりもはるかに多機能で耐久力に優れた高機能部品のひとつです。近年では(コストを含む)経済性に関わる要求案件も厳しくなっているということで、次世代の日産車に採用予定のシートフレーム(写真右側)では設計を一新。軽量化を達成しながらデザイン性や各種機能を追加する拡張性を両立しています。また、シート関連ではスライド機構のみを電動化したベーシックカー向けのロック機構も展示されていました。
■画期的な遮音材! その名は「音響メタマテリアル」
自然界にはない人工物質、ということで「メタマテリアル」と名付けられた日産の新しい遮音材料がこちら。周期構造(写真ではハニカム状の部分)と膜で構成された遮音材で、軽量かつ従来品より格段に優れた遮音性を発揮する点が特徴。当日はスピーカーボックスを使って従来品と音響メタマテリアルの遮音性を比較するデモも行なわれましたが、確かにその差は歴然としていました。ポイントは周期構造と膜という組み合わせそのものにあって、特に高価な原材料は必要としないそうなので、商品化(正式採用)への期待も高まります。それにしても、この音響メタマテリアルといいI2VのARアバターといい、日産のセンスは特定分野のマニア好みではあります。
確かに「魂」は細部にこそ宿る!
さて、実は今回のテクノロジーツアーで紹介された日産の新技術はこれだけではありませんでした。掲載の都合でそれらは割愛しましたが、中には従来品より格段に見やすいデジタルインナーミラーや消臭効果の高いシート地など、地味ではありますが実際に商品化されればユーザーの役に立ちそうなものが多数。筆者のようなマニア崩れのライターからすると、日々現場でさまざまな開発に携わるエンジニア諸氏に改めて頭が下がる思いでした。クルマの技術、というと走りに関わる派手な部分に目が行きがちですが、モノづくりの凄みとは本来目が届きにくい細部にこそ鮮明に現れるものなのかもしれません。
撮影/宮越孝政
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