〜〜2020年8月8日に復旧予定の豊肥本線(熊本県・大分県)〜〜
豊肥本線(ほうひほんせん)は九州を横断して熊本駅と大分駅を結ぶ。途中、風光明媚な阿蘇カルデラを走る人気の観光路線だ。ところが、2016年4月に起った熊本地震で大きな被害を受け、一部区間が不通となってしまった。
この不通区間が4年の歳月を経て復旧工事が完了し、8月8日(土曜日)に運転が再開されることになった。筆者はなぜか不通となっていた区間に引き付けられるようにたびたび訪れていた。記録した写真を中心に、地震前後の状況と、今回、復旧する区間の魅力を見直してみたい。
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【豊肥本線の記録①】地震による被害は予想をはるかに超えていた
2013年、2015年と訪れていた熊本県の阿蘇地方。豊肥本線の列車は筆者にとって格好の“被写体”であり、列車への乗車も楽しんだ。特に特急「あそぼーい!」の前後の展望パノラマシートがお気に入りだった。
ときどき立野駅で下車して、駅周辺で列車を撮影した。立野駅は駅から歩ける範囲に複数の撮影スポットがあり、日がな一日、過ごすのにちょうど良かった。
2016年4月14日、心を痛める知らせが飛び込んできた。熊本で大地震が発生したというのである。最大震度7という揺れが観測された。しかし、この揺れは前震だった。4月16日にさらに大規模な揺れが観測され、最大震度7、豊肥本線が通る阿蘇は多くの地点で震度6の揺れとなった。次々と流れてくる情報はつらく悲しいものばかりだった。豊肥本線も4月14日の前震から不通となり、その後に一部区間が復旧したものの、肥後大津駅〜阿蘇駅間が長期にわたり不通となってしまった。
この年、復旧の邪魔になっては、と訪れたい気持ちを抑えつつ、2017年5月に現地を訪れてみた。目の前の光景は、それこそ目を覆いたくなるものだった。
立野駅近くを歩くうちに見た光景。外輪山のふもとを線路が通る地点で、大規模な土砂崩れが起きていた。険しい山々はそれこそ身を反らせないと頂が見えないほどの急斜面。崩れた土砂の量は想像をはるかに超えていた。阿蘇では各地で斜面崩壊が起ったとされる。特に立野付近の状況がひどかった。
試しに流れ出た土砂を少し手に取ってみた。すると、思った以上に脆く、塊を手にのせ指で少しつまんだだけでも、細く砕けてしまい、粒状になってしまった。阿蘇の外輪山は、火山性の地質+降灰が積もった土地らしく非常に脆い地質ということが良く分かった。
この場所での復旧は非常に困難が伴うことは容易に想像が付いた。この先で、豊肥本線は国道57号と並走するが、並走区間は国道、線路、そして合流する国道325号の阿蘇大橋の橋もろとも、すべてが大規模な斜面崩壊により流された区間である。国道は通行止めとなった。立ち入り禁止となっており、見ることができなかったが、この後に撮影した航空写真の資料を見ても、被害の大きさが良く分かるポイントだった。
【豊肥本線の記録②】立野駅で胸に突き上げてきた思いとは
豊肥本線はここ10年のうちに2つの災害の影響を受け、長期間の不通を余儀なくされた。まず、2012年7月12日の九州北部豪雨による被害を受けている。ほぼ1年後の2013年8月14日まで豊後竹田駅〜宮地駅間が不通となった。そして熊本地震では、前回に被害を受けた区間の西側が不通区間となってしまったのである。
尽きることなくJR九州は災害の影響を受けてきたわけだ。本年も豪雨により複数の路線が不通となっている。鉄道好きにとってはつらい夏となってしまった。さて、豊肥本線の話題に戻ろう。
立野駅周辺の斜面崩壊などの現場を見て回った後に、立野駅を訪ねてみた。駅周辺の道の一部が通行止めとなり、迂回して、駅にたどりついた。さて……。
列車が走らなくなり人のいない駅は、実に寂しいものである。ましてや、到着した列車から多くの人が下車して賑わっていた立野駅。ホームが崩れ、ホーム上の屋根も取り除かれ、寂しいばかりの状況となっていた。
先に斜面崩壊のひどい状況を目にしていただけに、果たして豊肥本線は復旧できるのだろうか、とその時には疑問を覚えながら訪ねたのだった。
ちょうど駅の状態をチェックしにきていたJR九州のスタッフと一言、二言、言葉を交わしたが、途中から恥ずかしながら涙声になってしまった。単なる通りすがりの旅人だったにもかかわらず、それほど衝撃が大きかった。