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2020/9/13 18:45

来春廃止の路線も! 「臨海鉄道」の貨物輸送と機関車に注目〈東北・北関東版〉

【注目の臨海鉄道③】石油、ビールなど多彩な製品の輸送を行う

◆宮城県 仙台臨海鉄道:1971(昭和46)年10月開業
◆路線:臨海本線・陸前山王駅〜仙台北港駅5.4km、仙台埠頭線・仙台港駅〜仙台埠頭駅1.6km、仙台西港線・仙台港駅〜仙台西港駅2.5km

↑仙台臨海鉄道のSD55形103号機。101号機、102号機は東日本大震災の被害を受けて解体に。103号機のみ唯一、自社発注機として残った

 

【歴史】 仙台臨海鉄道の始まりは1971(昭和46)年10月のこと。この年は、ちょうど仙台港が開港した年にあたる。仙台港は掘り込み式の人造港で、脆弱だった仙台地区の港機能を強化し、工業港として、また大型フェリーが着岸できる商業港として誕生した。以降、仙台港は物流の要となっている。

 

この港の機能を強化する役目として、同時期に臨海鉄道も造られた。以来順調に歩んできた仙台臨海鉄道だが、2011年3月の東日本大震災の影響を受けている。路線および車両基地が被災したのだった。路盤や稼動する機関車が津波の影響を受け、長期にわたり輸送が途絶えたが、2011年11月に臨海本線の一部区間が、翌年11月に全線の復旧を果たしている。

 

【路線】 路線は東北線の陸前山王駅と仙台北港駅を結ぶ臨海本線、仙台港駅〜仙台埠頭駅間を結ぶ仙台埠頭線、仙台港駅〜仙台西港駅間を結ぶ仙台西港線の3本がある。

 

列車の運行は仙台港駅が中心で、同駅から仙台北港駅、仙台西港駅、仙台埠頭駅に向けて列車が走る。仙台港駅からは陸前山王駅を結ぶ臨海本線を経て、JR線内への輸送が行われる。輸送物品はバラエティに富む。石油、コンテナ、化学薬品、ビールの商品輸送などで、仙台埠頭線ではレール輸送も行われている。

↑仙台港駅が同社のターミナルの役割を持つ。左上は被災した101号機。円内写真は2011年6月のものだが、しばらく手付かずの状態だった

 

【車両】 2011年の東日本大震災の前後で、同社が所有する機関車の状況が大きく変わった。震災前までの主力は自社発注のSD55形だった。ところがSD55形が複数機、被災したことから、急きょ臨海鉄道他社から機関車の譲渡を受けている。現在の機関車の内訳はSD55形が2両。そのうち103号機が自社発注で唯一残った車両だ。また105号機は、2012年に京葉臨海鉄道から譲渡された車両だ。

 

DE65形2号機は震災後に秋田臨海鉄道から借用を受け、その後に購入した機関車で、性能はほぼ国鉄DE10形と同じだ。この2号機は古くは新潟臨海鉄道の機関車だった車両で、秋田臨海鉄道を経て仙台へやってきた。またDE65形3号機も走る。こちらは元JR東日本のDE10形1536号機で2019年に導入されている。

 

このように仙台臨海鉄道の機関車は震災の影響を受け、さまざまとなった。紺色の機関車あり、朱色の機関車ありと、なかなか賑やかになっている。

 

【注目の臨海鉄道④】“安中貨物”が発着する福島の臨海鉄道

◆福島県 福島臨海鉄道:1967(昭和42)年4月創業
◆路線:福島臨海鉄道本線・泉駅〜小名浜駅4.8km

↑DD56形がタンク車と無蓋車を連ねて走る。通称“安中貨物”の姿は珍しいこともあり、福島臨海鉄道を訪れる鉄道ファンも多い

 

【歴史】 福島臨海鉄道の路線の開業は古い。1907(明治40)年12月の泉〜小名浜間が小名浜馬車軌道として誕生した。磐城海岸軌道を経て、1939(昭和14)年には小名浜臨港鉄道となり1941(昭和16)年に線路幅を1067mmと改軌、軌道線から鉄道線へ変更されている。さらに1967(昭和42)年に、現在の福島臨海鉄道となった。福島臨海鉄道となった当初は旅客列車を走らせていたが、1972(昭和47)年に貨物専用路線となっている。

 

【路線】 路線は常磐線の泉駅と小名浜駅4.8kmの区間。JR泉駅構内の北側に広い入換え線があり、ここが路線の起点となる。駅を発車した列車はJR常磐線から離れ、大きくカーブして常磐線の線路を跨ぐ。そして間もなく国道6号をくぐり、藤原川橋梁をわたる。列車が進んだ、右手から引込線が近づいてくるが、こちらが、東邦亜鉛小名浜製錬所から延びる線路だ。しばらく複線区間が続き、終点の小名浜駅へ到着する。

 

この路線の輸送のメインとなっているのが東邦亜鉛関連の貨物輸送。通称“安中貨物”と呼ばれる輸送で、小名浜から群馬県の安中製錬所へ亜鉛精鉱・亜鉛焼鉱が、タンク車と無蓋車を使って輸送される。無蓋車を使っての貨物輸送は国内ではこの列車のみ。希少な輸送を見ることができる。

↑JR泉駅と信越本線の安中駅間を結ぶ“安中貨物”。1日1往復の鉱石専用列車が運転されている。JR線での牽引は全線EH500形式が行う

 

【車両】 主力機関車はDD56形でこの機関車が牽引を担当する日が多い。ほかにDD55形2両が在籍している。おもしろいのは、機関車の先頭部の目立つところに赤色灯が付けられていること。これは構内での入換え作業を行う時などに、機関車の姿を目立たせるためで、臨海鉄道の他社では見かけないパーツとなっている。ちなみに本線走行時には赤色灯が付いていない。

↑終点の小名浜駅。構内には技術区があり機関車や貨車の整備、保守管理を行う。同駅から越谷貨物ターミナル駅行きコンテナ列車も発車

 

【注目の臨海鉄道⑤】貨物専用線と旅客専用線の両線がある

◆茨城県 鹿島臨海鉄道:1970(昭和45)年7月開業
◆路線:鹿島臨港線・鹿島サッカースタジアム駅〜奥野谷浜駅19.2km、大洗鹿島線・水戸駅〜鹿島サッカースタジアム駅53.0km(旅客専用線)

↑KRD64形2号機が鹿島サッカースタジアム駅行列車を牽引する。ケミカルコンテナを先頭に走る列車を見ても輸送量が多いことが分かる

 

【歴史】 鹿島臨海鉄道の歴史は、鹿島海岸に造られた鹿島港とともに始まる。かつて茨城県の鹿島海岸には長大な砂浜と砂丘が連なっていた。この海岸を掘り生み出された鹿島港が1969(昭和44)年に開港した。翌年に鹿島臨海鉄道も開業した。鹿島港を中心に誕生した鹿島臨海工業地帯の輸送を目的に付設されたのだった。以降、2011(平成23)年3月に起きた東日本大震災により、被害を受けたが、貨物専用線の鹿島臨港線は6月に復旧している。

 

【路線】 JR鹿島線の旅客列車は鹿島神宮駅どまりとなっている。一方で、JRの路線は一つ先の鹿島サッカースタジアム駅までとなっている。同駅は通常は旅客駅を行っておらず、サッカーなどの試合開催日のみの臨時駅だ。この臨時駅が鹿島臨海鉄道とJR鹿島線の接続駅となっている。

 

路線は2本あり、鹿島サッカースタジアム駅から南下、臨海工業地帯をめぐるように走る鹿島臨港線と、鹿島サッカースタジアム駅〜水戸駅間を走る大島鹿島線(旅客専用線)がある。鹿島サッカースタジアム駅で、コンテナ貨物はJR貨物に引き継がれ、毎日2便が東京貨物ターミナル駅と、越谷貨物ターミナル駅へ向けて走っている。

 

ちなみに鹿島臨港線では路線が開業してから、1983(昭和58)年まで旅客営業が行われていた。今、貨物駅となっている神栖駅(かみすえき)の仕分線が並ぶ西側に旧ホームが残されている。

↑朱色に塗られたKRD形。国鉄DD13形に基づき生まれたが、高出力エンジンを搭載するなど同社の貨物牽引が可能なように変更されている

 

【車両】 機関車はKRD形と呼ばれる車両1両と、KRD64形2両が、使われている。KRDは国鉄当時に、全国の貨物駅などで、使われたDD13形と呼ばれるディーゼル機関車の性能に準じている。5両が路線開業時から新造されたが、今は5号車のみ残るが、牽引する姿はあまり見かけない。

 

一方、主力機として使われるのがKRD64形で、長い編成の貨物列車を引く姿を沿線で目にすることができる。臨海鉄道の機関車には63とか64とか数字が付く機関車が多いが、KRD64形の64は64トン級という意味を持つ。

 

旅客営業を行っているので、気動車にも触れておこう。車両は6000形に8000形で、車体長はみな20m。6000形は乗降扉が前後に2つということもあり、セミクロスシートがずらりとならぶ様子が壮観だ。水戸駅近郊では通勤・通学客も多いことから、3扉車の新車両8000形の導入も進められている。

↑鹿島臨海鉄道の鹿島サッカースタジアム駅。臨時駅のため旅客列車は通過する。ホームに並行する側線で貨物列車の入換え作業が行われる

 

【関連記事】
常時営業を行っていない臨時駅が起点という鉄道路線「鹿島臨海鉄道」の不思議

 

※9月14日追記
八戸臨海鉄道、秋田臨海鉄道についての記述に誤りがありましたので、修正しました。

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