乗り物
2022/1/4 19:30

敵は風と気温とカンガルー!? ソーラーカーとソーラーカーレースの驚くべき7つの真実

2050年をターゲットとしたカーボンニュートラル時代に向け、「脱炭素」や「自然エネルギー」に注目が注がれています。太陽光発電を装備した住宅や企業単位での脱プラスチックへの取り組みなど、わたしたちの暮らしを取り巻く環境も急速に変化しており、もはや無関心ではいられません。

 

自動車の分野では、電気自動車や水素自動車といった二酸化炭素の排出量が少ないクルマにも注目が集まっていますが、なんと今から30年も前、1991年から太陽の力だけで走れる“ソーラーカー”のプロジェクトを推進してきた大学があるのをご存知でしょうか? 学部数日本一を誇る東海大学のチームは、国内外のソーラーカーの大会で多くの優勝経験があり、実績も折り紙付き。そこで、エコを考えるきっかけのひとつとして、今回は世界から注目される東海大学ソーラーカーチームにコンタクト。ソーラーカー、そして彼らが挑む過酷なレースについて取材しました。

 

1.最高時速は100km以上! ソーラーカーは意外と速かった

世界最高峰のソーラーカーレース「ブリヂストン・ワールドソーラーチャレンジ」に集結した世界の“走り屋”たち(写真は2015年大会)

 

“ソーラーカー”と聞いてイメージするのは、車体上部に大きなソーラーパネルを積んだ“四角いクルマ”かもしれません。ところが、東海大学で目撃した最新のソーラーカーは、曲面が美しい流線形。“近未来のクルマ”のようなスタイリッシュさを感じさせます。

 

東海大学の最新型2019年製のマシン。弾丸のような細長い車体で、ドライバーが乗るコックピットも流線形。上面に電源であるソーラーパネルが備えられています

 

ソーラーカーの開発において重要なのは空気抵抗を抑えて走行するための「空力」と、太陽光を効率よく集めパワーに変える「電力」。このふたつがバランスよく融合することで実現したのは、なんと最高時速100km! 走り出しに「ブゥ〜ン」というわずかなモーター音が聞こえますが、走行中はとっても静か。当たり前ですが、排気ガスも出ていないので、風が走り抜けていくような印象です。

 

ドライバーはヘルメットをつけてコックピットへ。空気抵抗を少なくするため、空気穴はたったひとつだけ。太陽電池で発電したエネルギーを走行に集中させるため、一般車両のようなエアコンや音響設備はありません

 

ソーラーカーの車体は低く、操縦席も極限までコンパクトな設計。小柄なドライバーでも窮屈に感じる空間です。体をほとんど動かせないため、ハンドル部分にすべての操作系を集約。アクセルもペダルではなく、ダイヤルツマミです

 

2.車体はたったの140kg! 軽さの秘密はカーボンとソーラーパネルにあった

ソーラーカーのサイズは全長約5m、幅1.2mで、重量は140kg程度。軽トラックでも700kg前後はあるので、その軽さは一般車両と比べると5分の1以下です。

 

軽さを実現した最大の秘密は、車体を形作る最先端のカーボン素材にありました。繊維メーカー、東レの全面協力により、東レ・カーボンマジック株式会社の新世代炭素繊維「M40X」を採用したことで、軽さと強さを兼ね備えた車体を実現できたのだとか。

 

また取り付けられている太陽電池も、住宅用で使われているような分厚いガラスを用いた一般的なパネルとは異なり、薄いシート状の樹脂でモジュール化したものを採用。1枚あたり7g程度のパネルが、258枚取り付けられています。

 

小さな太陽電池パネルを敷き詰めるように配置。ドライバーのヘルメットなどの影で弱まった太陽電池の発電を、周囲の太陽電池が助け合う特殊な装置により、発電電力を確保しているのだそう。また分割することで、曲面にも対応しやすいというメリットも

 

3.まるで自転車!? 細くて軽いタイヤで、路面との摩擦を低減していた

ブリヂストンによりソーラーカー専用に開発された最新の低燃費タイヤ「ECOPIA with ologic」。東海大学チームをはじめとして、世界中の強豪チームがマシンに採用しています

 

クルマに装備するタイヤらしからぬ軽さと細さ、路面をしっかり捉える弾力性を兼ね備えています。とくにこの細さと軽さが、転がりやすさの秘密。タイヤに無駄なストレスをかけずスムーズに回転させることが、燃費向上につながっているのです。

 

空気の流れを乱さないよう4本のタイヤはボディで覆われています。かつては走行時の軽量化・高速化を重視し、3輪だった時代もあるとか

 

続いて、このマシンが投入されるレースについて、世界最高峰のレース「ブリヂストン・ワールドソーラーチャレンジ」を例に見ていきましょう。「チャレンジ」と名付けられている通り、レース中はまさに挑戦の連続です。

 

4.世界最高峰のレース「ブリヂストン・ワールドソーラーチャレンジ」は5日間で3000km超を走破!

車体やタイヤに注ぎ込まれたテクノロジーと燃費性能と技術は日進月歩。でもこのマシンを動かすドライビングテクニックやチーム力こそが、本番では試されます。

 

その世界最高峰とされる大会が、オーストラリアで1987年から開催されている「ブリヂストン・ワールドソーラーチャレンジ」(以下、BWSC。開設当初の名称は「ワールド・ソーラー・チャレンジ」)。北部ダーウィンから南部アデレードまで、総移動距離は3020km! 5日間をかけたチャレンジが繰り広げられます。

 

BWSCは、約5日間をかけ、オーストラリア大陸を縦断する世界最高峰のソーラーカーレース

 

この大会は、「チャレンジャー部門」「クルーザー部門」「アドベンチャー部門」に分かれており、毎回50団体ほどが参加。東海大学が参加するのは速度を競うチャレンジャー部門で、2009年と2011年には2連覇の偉業を達成しています。

 

BWSCの開催は2年に1度。2021年大会は新型コロナウイルスの影響で中止となりましたが、BWSCと並び30年以上の歴史をもつ秋田の「ワールド・グリーン・チャレンジ」は無事決行され、東海大学チームは見事優勝を飾りました

 

5.住宅も歩行者もゼロ! コースは寒暖差の大きなデスロードだった

コースは、赤土が続く砂漠地帯の一般道。オーストラリア人ですら足を踏み入れることは稀という、辺ぴな地域です。そこを約3000キロ縦断するとは、日本でいえば沖縄から北海道へと移動するようなもの。大会が開催される10月の現地は春ですが、スタート地点とゴール地点の気象条件は異なり、しかも砂漠地帯のため、朝晩の気温は大きく変化します。

 

スタート地点であるダーウィンは、赤道近くに位置し、とにかく暑い街。最高気温が40℃以上になることもあるため、ソーラーカーを操縦するドライバーは汗だくです。車内に冷房設備はなく、操縦席に水2Lを用意し、水分補給することが義務付けられています。太陽光がなければ走行できませんが、引き換えに過酷な暑さとの戦いでもあります。

 

また、砂漠地帯を走行するため、風の影響も避けられません。猛烈な風に煽られコースアウトや横転してしまうチームもあるといいます。そして南部のゴールが近づくにつれ、今度は寒さとの戦いがやってきます。とくに夜は気温がグッと冷え込み、半袖でも汗だくになるような日中の気温から、アウターが手放せないほどまでになるのだとか。

 

こういった暑さ・寒さと戦いながらも、太陽光パネルには常に効率よく日差しを浴びなければなりません。大会期間中は気象衛星ひまわりのデータを日本にいる解析班と協力しながら分析し、走行スピードを決めているそう。まさにチーム一丸となって挑んでいます。

 

6.サソリや毒グモも天敵! 日没にたどり着いた場所へテントを張り自給自足していた

コース上には、カンガルー飛び出し注意の看板が! 思わぬ“敵”、あるいは沿道の客に遭遇する可能性も

 

BWSCに参加する際は、日本で製作したソーラーカーをオーストラリアへ空輸。同時に約60名いる学生のうち半数が現地に行き、チームを運営します。日本に残った学生もデータ解析や、不測の事態に備え、いつでも動ける体制にあり、常に情報共有を欠かしません。

 

ゴールするまでの5日間は、全員でコース沿いにテントを張ります。もちろんスーパーやコンビニもないため食料はすべて持ち込み。公衆トイレもありません。他国の参加チームと交流しながら、自らが探り当てたキャンプ地点で夜を明かし、翌日に備えます。

 

大会中は、ドライバー以外のメンバーがサポートカーで並走します。気象衛星のデータを分析しルートや時速を調整したり、休憩場所を先取りして確保したりするなどチーム全体のマネジメントがあり、さらにレース後はソーラーカーの整備をするので、5日間は睡眠不足状態が続くのだそう。走行時間は朝8時〜夕方5時までのルールですが、太陽が出ている限り蓄電は可能。早朝3時には起床し、日の出前から太陽が出る方角に太陽電池パネルを向け太陽の光を集める準備も欠かせません。

 

日の出とともに太陽光に当て、充電を行います

 

乾燥と紫外線で唇がカサカサになり、好きなものは食べられない、温度差はキツい……と過酷な環境ですが、東海大学チームのメンバーに思い出を尋ねると、ふと笑顔に。「あの星空は忘れられない」「とにかく大自然が素晴らしい」「20年以上この大会に参加しているけれど、景色は変わらない」「トイレが大変なんだよね!」「毒を持ったサソリやクモが普通にいます!」「朝が早くて大変でした」などなど。過酷ゆえに忘れがたい思い出がたくさん生まれる機会になっているようです。

 

コース中盤、アリス・スプリングスを通過する際には、ウルル(エアーズ・ロック)の至近を走行。またアフリカ大陸の大会ではテーブルマウンテンなど、サーキット走行のカーレースと異なり、地球の雄大な自然を目の当たりにできるのもソーラーカーレースの特徴

 

ウルルの上にかかるミルキーウェイ(参考写真)。生活圏から離れているため、星空の美しさも格別でしょう

 

7.1987年の初代チャンピオンはGM。現在も受け継がれる技術と情熱

ゼネラルモーターズ(GM)の記念館に展示されている「Sunraycer(サンレイサー)」。太陽光線“Sunray”とレーサー“Racer”から名付けられたのだそう

 

「ワールド・ソーラー・チャレンジ」初代チャンピオンはGMの「Sunraycer」でした。その後、日本からはホンダもソーラーカー開発に挑戦し、1993年と1996年大会で2連覇を達成。自動車メーカーと世界の大学チームが参加する大会へと発展していきます。

 

東海大学は、1993年に初参戦。平均時速は40kmで、52台中18位だったそう。2009年・2011年の2連覇達成後、直近の2019年BWSCでは、チャレンジャー部門準優勝を獲得。優勝したベルギーのルーベン大学とはわずか12分差という、素晴らしい成績を残しています。

 

2019年大会で完走し、準優勝を喜ぶ東海大学チーム。

 

本来であれは、2021年に行われるはずだったBWSCですが、新型コロナウイルスの拡大によって大会が中止に。そんな中、どのような取り組みを続けてきたのでしょうか? 次回は、1996年から東海大学のソーラーカープロジェクトに関わり続けている木村英樹教授に話を伺います。