おもしろローカル線の旅77〜〜阿佐海岸鉄道(徳島県・高知県)〜〜
2021(令和3)年12月25日、待望のDMV(デュアル・モード・ビークル)が、阿佐海岸鉄道を走り始めた。世界初の鉄道運行システムがどのようになされているのか。さらにどんな乗り心地なのかを、見て、乗って、さらに南の室戸市まで週末に1本のみ走る〝特別列車〟も追ってみた。
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【初DMVの旅⑥】走る〝列車〟は1日に15往復
まず、DMVのダイヤを見ておこう。運行されるのは「阿波海南文化村」と「道の駅宍喰温泉(みちのえきししくいおんせん)」の区間で、このうち阿波海南駅〜甲浦駅(かんのうらえき)間が鉄道モードで走る区間となる。そのほか土日祝日のみ、通常の走行区間から、室戸市の「海の駅とろむ」まで行く便が1本まである。
1日の運行本数は15往復で、朝6時台から夕方18時台まで。日中は、およそ1時間に1〜2本が走る。鉄道路線区間では下り上り〝列車〟の行違い交換ができないため、日中は列車間隔が空いてしまう時間帯が多少あるものの、およそ均等なダイヤに造られている。さらに終〝列車〟は「道の駅宍喰温泉」19時5分着と、夜には運行しないという〝割り切った〟ダイヤが組まれた。
DMV導入前のダイヤは、下りが1日19本、上りが1日に18本と、現在よりも多かった。とはいうものの一部区間のみの運行という列車もあり、全列車が全区間を走ったわけではなかった。夜は20時台まで運行されていたが、朝夕の列車の間隔はほぼ現在と同じと見ていいだろう。
ちなみに、DMV導入後の阿波海南駅でのJR牟岐線の列車との接続だが、日中の一部に乗り継ぎしにくい列車があるものの、朝夕はスムーズに乗り継ぎできる設定になっている。
【初DMVの旅⑦】DMVのモードチェンジにみな興味津々
DMVの一番の特長といば、バスから鉄道車両へ、また鉄道車両からバスへ変更されることだ。この変更を阿佐海岸鉄道では「モードチェンジ」と呼んでいる。実際にモードチェンジはどのように行われているのか見ることにした。
モードチェンジの模様を見るために訪れたのは阿波海南駅。JR牟岐線との接続駅である。駅舎の横には、発着する〝列車〟の停留所が設けられ、サーフボードの形をしたバス停の表示が立つ。鉄道の駅というよりもバス停という趣が強い。
筆者が訪れた日は運行開始2日目の日曜日ということもあり、どのような乗り物なのか見物に訪れた人も多かった。〝列車〟はほぼ満席に近い状態で動いていた。1台に乗車できる乗客は21人と少なめなこともあり、運行開始当初はほぼ予約で埋まった〝列車〟も多かった。
阿波海南駅の停留所の奥にバスから鉄道車両へ変更する「モードインターチェンジ」がある。DMV車両は始発停留所の「阿波海南文化村」からここまでタイヤで走行し、阿波海南駅で鉄の車輪を出して鉄道車両へと変わる。
バスモードから鉄道モードへ変更する「モードインターチェンジ」。先が細くなった形の走行路になっており、バスとして走ってきたDMV車両が、ややずれて進入したとしても、車両はほぼ線路の上に導かれる構造となっている。
阿波海南駅の「モードインターチェンジ」の横には「撮影スポット」という立て札のある〝見物スペース〟があり、モードチェンジの様子を見ることができる。
【初DMVの旅⑧】鉄道モードへ変更する様子を見る
阿波海南駅の停留所で乗客を乗せたDMV車両がモードインターチェンジへ進み、停止位置の標識が立つところで停車する。そしてモードチェンジを行う。
ややエンジン音が高まり、下から鉄の前輪がせりあがるように出てくる。この前輪が下の線路に付くと、さらに突っ張るように動き、それにつれて車体の前方が徐々に持ち上がっていく。
前輪を出して車体が持ちあがるまで約15秒。この時に後輪も同時に出てくる。少しすると運転士が右のドアを開けて出てきた。何をするのか注目していると、後ろに回って後輪がしっかり線路に載っているかをチェック、また前にまわって前輪がレールの上に間違いなく載っているかをチェックしていた。
モードチェンジが済んだらすぐに走り始めるのではなく、指さし確認をしていたのだ。これは現地に行かなければ、気がつかないことだった。
このチェックが済むと準備完了だ。モードチェンジ自体は15秒ながら、さまざまな確認作業や、マイクロバスがベースのDMVのため運転士のシートベルトを着脱するなどの行程がある。計測してみるとモードインターチェンジに進入してから約2分15秒でDMVは走り始めた。
走り出すと鉄道車両のように車輪がレールの上を走る音、さらに〝たん、たん〟と線路のつなぎ目をわたるシンプルな音が聞かれた。
【初DMVの旅⑨】バスモードへの変更はあっという間
鉄道モードからバスモードに変更される時はどのような様子なのだろうか。
こちらはいたってシンプルだ。駅が近づくと、いったん停車。そして「モードインターチェンジ」にゆっくりと近づき、入り口にある停車位置で車両を停止して、鉄輪を収めていく。この収める時間が約10秒、停止位置に止まって、モードチェンジ、さらに走り始めるまで約50秒で済んだ。
バスモードに変更した後は、タイヤでの走行となるため、レールに載ったかどうか、確認する作業は必要ないこともあり、運転士が外に出ることはない。このあと車両は停留所へ移動する。
バスモードから鉄道モードへ変更する時間よりも、鉄道モードからバスモードへ変更する時間の方が圧倒的に短くシンプルであることが良く分かった。
【初DMVの旅⑩】乗った人たちの声と地元の盛り上がり
期待を背負って導入された日本最初のDMVだが、乗車した人の感想や地元の盛り上がりはどうだったのだろう。まずは乗車した人の声から。長野県から鉄道を乗り継いで来たという男性。
「何度も乗ったからちょっと飽きたかな」となんとも贅沢な答え。聞くと前日のDMVが走り始めた日の午後に訪れ、すでに3回乗車したそう。「でも、新しい乗り物に乗車できたから満足です」とのことだった。
もう1人、徳島市からやってきたという女性にも話を聞いてみた。家族は車で移動し、当人のみDMVに乗車したのだという。「初めて乗ってみましたが、なかなか面白い乗り物ですよね」と楽しそうに話す。乗車した後は、先回りした家族にピックアップしてもらう予定だとか。ご主人や息子さんよりも先に乗ったのだという。〝鉄道愛〟を感じる女性だった。
東京からお遍路サイクリングで四国を回っているという30代の男性もいた。DMVが走り始めたというので、どのような乗り物なのか甲浦駅へ立ち寄ったのだという。モードチェンジをする様子をカメラに収め、満足した様子。「旅のいい思い出になりました」と笑顔で立ち去った。
受け入れる側の沿線はどのような状況だったのだろう。バスとして走る区間にある3か所の停留所には写真のような横断幕やのぼりが多く立てられて、「世界初のDMV」ということが盛んにPRされていた。
徳島県海陽町の「阿波海南文化村」や「道の駅宍喰温泉」、また高知県東洋町の「海の駅東洋」といった停留所には、おそろいのキャップと、ウインドブレーカーを着た地元の女性たちが乗客を出迎えていた。話を聞いてみると婦人会の方々とのこと。
「自分たちが出迎えても、あまり役立たないかもしれませんが、少しでも盛り上げることができたなら」ということだった。注目されることが少ないエリアだけに、世界初の自慢の乗り物が導入されて誇らしいという気持ちとともに、少しでもPRに協力したいという気持ちが地元に生まれているのだろう。こうした面でDMV導入は〝正解〟だったと言えそうだ。
訪れた日は走り始めたばかりの週末ということもあり、ほぼ満席で走っていた。「発車オーライネット」という予約システムも稼働していおり、ネットで事前予約した人が大半を占めていた。天気に恵まれたこともあり、乗客以外にも多くの人が訪れ、DMVの運行を見守る人も目立った。
【初DMVの旅⑪】DMVに実際に乗ってみて感じたこと
当日すぐに乗ろうと思ってもなかなか乗車できなかったDMVだったが、なんとか乗車できないか停留所にいた係の人や運転士に聞いてみた。すると、道の駅宍喰温泉発の〝列車〟で運良く1席が空いているという。
ということで乗車したのは緑の2号車・DMV932、ニックネームは「すだちの風」。指定された席は通路側、マイクロバスということもあり、やや席は狭い印象だ。天井部分には沿線の小学校の子どもたちが描いた絵が多く飾られている。
乗車したDMV車両は「道の駅宍喰温泉」を12時3分に出発。まずは国道55号を走る。左に見えるのは太平洋。青くまぶしい海だった。約5分で次の「海の駅東洋町」に到着した。ここでも地元の女性たちが、出迎え、見送りをしていた。同停留所を12時9分に発車する。
次の停留所は甲浦駅だ。ここからは鉄道路線を走る。停留所から専用スロープを上っていく。このスロープは鉄道車両ではとても登れないような急坂で、このあたりがDMVの強みだろう。鉄道施設用として造るスロープよりも、よりコンパクトに造ることができそうだ。
DMVはモードインターチェンジで停まり、バスモードから鉄道モードに変更される。さてどのような動きをするのだろう。変わるのを待っていると車内にアナウンスが流れた。
「鉄道モードにモードチェンジを行います」。続いて英語の解説が流れる。「モードチェンジ!」の声とともに、ソレソレ、セイヤ、セイヤの掛け声とお囃子が車内に流れる。お囃子で盛り上がったところで突然に「フィニッシュ!」のアナウンスが。最初の「モードチェンジ!」の声からここまで25秒だった。
ちなみに、モードチェンジの時に流れた徳島名物の阿波踊りふうのお囃子は、地元・徳島海陽町の高校の郷土芸能部が演奏した太鼓ばやしが使われている。なかなか軽妙で楽しい。
モードチェンジの様子を外から見た時には、車体の前方がかなり持ち上がった印象だったが、乗ってみると、傾きはさほど感じられなかった。その後、運転士が外に出て鉄の前後輪が線路の上に載っているかどうか、指さし確認をした後に走り出した。
出発はスムーズで、徐々にスピードを上げていく。線路のつなぎ目では2軸の鉄輪独特な〝たんたん〟という音がする。乗り心地は、道路上よりも良い。道路の上では、道路上の凹凸などを拾ってしまうこともあり、悪路にさしかかるとバス特有のややバウンドする印象があったが、鉄路上ではそうした揺れを感じさせない。
間もなくトンネルへ入った。暗いトンネル内では運転士の後ろにある映像モニターが良く見え、地元の観光案内などが流されていた。
甲浦駅を12時14分発、次の宍喰駅までは7分ほどだ。途中、ストップボタンが押される。DMVは路線バスのように次で降りたい人はストップボタンを押す仕組みになっている。とはいっても停留所や駅が少ないのですべて停車するのだが。
「間もなく宍喰、宍喰」のアナウンスが流れると、進行左側に旧車庫があり2020(令和2)年11月30日で運行終了したASA-301が停められているのが見える。
穴喰駅のホームはDMVの床の高さに合わせて、低いホームが従来のホームに続くように設けられていた。DMVの乗降口部分から踏み台が出てきて、乗り降りしやすい構造になっている。
【初DMVの旅⑫】土日祝日一便の室戸へ行くバスを追ってみた
今回、筆者は宍喰駅までしか乗車できなかったが、もう少し乗りたいなと思った。そこで、土日祝日のみ運行される1本のみ、高知県東洋町の「海の駅東洋町」から国道55号を南へ走り室戸市へ向かう特別な〝列車〟を車を使って追いかけてみた。
「海の駅東洋町」の先は太平洋の海岸線に沿って走る。距離はかなりあり、次の「むろと廃校水族館」までは約28km、約37分。「海の駅東洋町」を11時27分に発車した〝列車〟は「むろと廃校水族館」に12時4分に到着する。
「むろと廃校水族館」は廃校になった小学校を利用した水族館で、多くの海水魚が飼育されている。この次の停留所が「室戸世界ジオパークセンター」で、12時10分着。室戸はユネスコの世界ジオパークネットワークへの加盟が認定されていて、この「室戸世界ジオパークセンター」では、室戸という土地のなりたちや、室戸の産業や文化を詳しく紹介している。
ここまでは室戸市の太平洋側の停留所で、この先の「室戸岬」からは土佐湾側を走ることになる。次の「室戸岬」へは約6.4km、9分ほどの距離があり、12時19分に到着する。停留所から室戸の突端にある室戸岬灯台へ徒歩4分ほどの距離だ。ちなみに、同停留所からは土佐くろしお鉄道の安芸駅(あきえき)や奈半利駅(なはりえき)方面への路線バスが1時間1〜2本間隔で走っていて便利だ。
DMVの終点はこの「室戸岬」ではなく、次の「海の駅とろむ」(「むろと」でなく「とろむ」なので注意)で、12時24分に到着する。「海の駅東洋町」から約1時間かかった。
「海の駅とろむ」は室戸岬漁港に面した施設で、高速バスターミナルがある(2021(令和3)年3月末に、営業していたレストランや直売所が営業休止している)が、ちょうど開業に合わせて、海の駅内には臨時のブースが多く出され、開業イベントで盛り上がっていた。
【初DMVの旅⑬】DMV登場でわく阿佐海岸鉄道へ行く手段は
DMVが走り出した阿佐海岸鉄道だが、乗りに行くとしたらどのような交通手段があるのだろう。
高知県の東端、また徳島県の南端にある同エリア。高知駅からは甲浦駅まで車で約2時間半、距離は室戸経由で112kmある。徳島駅から阿波海南駅までは約1時間40分で約75km。高速道路は一部区間しか開業していないため、国道55号をひたすら走らなければならない。運転していると遠さを感じる道のりだ。
公共交通機関があまり便利ではないこともあり、レンタカーを利用する方が多くなるかと思う。ちなみに、土佐くろしお鉄道ごめん・はなり線の安芸駅には駅レンタカーが用意されていて、この駅からならば室戸経由で約75km、1時間30分ほどで甲浦駅へ着くことができる。
この地域に行くアクセスとして、鉄道の利用より便利なのが大阪からの高速バス(徳島交通が運行)だ。大阪の南海なんばから阿佐海岸鉄道の各駅を通る高速バスが1日に4便出ている。このバスを利用すれば大阪・南海なんばからは海部駅まで約5時間、高速舞子バス停からは約3時間半で着くことができる。
阿佐海岸鉄道が走るエリアでは徳島バスの路線バスも走っている。沿線で写真を撮りたい時などの移動に便利だ。牟岐〜甲浦駅前間で13往復が運行され、通勤・通学の利用者が多い朝夕の本数が多い。地元の病院や学校を経由していて、暮らしに密着したバス路線でもある。
高知県側からも高知東部交通の路線バスが甲浦岸壁(海の駅東洋町を経由)〜室戸営業所間を1日7往復走っている。なお、DMVが週に1回、往復する終着の停留所の「海の駅とろむ」は、前述した大阪・南海なんば発の高速バスが4本中、1本のみが向かい、折り返す停留所となる。この海の駅からバス等はほかに発着していない。
「海の駅とろむ」は前述の通り営業休止状態になので、DMVを高知県の室戸市側から利用する時には、一つ手前の「室戸岬」停留所で地元を走る高知東部交通のバスに乗り換えたほうが良さそうである。
DMVの整備に関しては「観光活用による沿線地域活性化」「地域公共交通の拡充」「災害時の交通インフラ」という意味合いが大きい。公共交通が脆弱な地域だからこそ補完する意味合いが大きいように感じた。
走り始めたばかりのDMV車両。最初は物珍しさから訪れる人も多いことだろう。長い間走り続けているうちに、課題も出てくるだろうが、長い目で見守るべき乗り物のように感じた。