おもしろローカル線の旅93〜〜のと鉄道・七尾線(石川県)〜〜
石川県の能登地方を走る「のと鉄道」。車窓からは青く輝く能登の海が楽しめる。「のと里山里海号」という人気の観光列車も走っている。そんな、のと鉄道の気になる10の逸話に迫ってみた。
*取材は2015(平成27)4月、2022(令和4)年6月19日に行いました。一部写真は現在と異なっています。
【のと鉄道の逸話①】2000年代初頭に80km区間を廃止へ
のと鉄道の路線の概要をまず見ておこう。
路線と距離 | のと鉄道・七尾線:七尾駅(ななおえき)〜穴水駅(あなみずえき)間33.1km 七尾駅〜和倉温泉駅間は直流電化ほか非電化、全線単線 |
開業 | 1928(昭和3)年10月31日、七尾駅〜能登中島駅間16.3kmが開業、 1932(昭和7)年8月27日、穴水駅まで延伸開業 |
駅数 | 8駅(起終点駅を含む) |
1932(昭和7)年まで現在の終点、穴水駅まで延びた国鉄七尾線。路線はさらに延伸され、北は1935(昭和10)年7月30日に穴水駅から輪島駅間20.4km、さらに東は国鉄能登線として1964(昭和39)年9月21日に蛸島駅(たこじまえき)まで61.0kmが延ばされた。
国鉄がJR化された時にはJR西日本に継承されたが、1988(昭和63)年3月25日に能登線が第三セクター経営の「のと鉄道」に引き継がれた。さらに1991(平成3)年9月1日に、のと鉄道七尾線の七尾〜輪島間が開業している。
七尾線、能登線は昭和中期まですでに輪島へ、蛸島へそれぞれ延ばされていたものの、所要時間がかかり不便だった。
石川県内では日本海に突き出た能登半島の地域格差が特に著しく、県庁のある金沢市まで出るのも1日がかりだった。そうした格差解消のため道路網の整備が進められていった。中でも大きかったのが、県庁のある金沢市から、穴水町を結ぶ能登有料道路(現・のと里山海道)の開通だった。1982(昭和57)年に全通し、この道路につながる県道の整備が続いた。現在、のと里山海道の穴水ICから輪島市内へは50分、また珠洲市内まで1時間ほどでアクセス可能になっている。
こうした道路整備の影響もあり、七尾線、能登線の利用者は急激に減少していった。将来の乗客減少を見越して、のと鉄道七尾線の穴水駅〜輪島駅間は2001(平成13)年4月1日に、能登線の穴水駅〜蛸島駅間は2005(平成17)年4月1日に廃止となった。JRおよび国鉄から移管された第三セクター鉄道の中では、廃止が非常に早かった例と言えるだろう。
【のと鉄道の秘話②】のと鉄道は路線を保有していない……?
第三セクター経営の鉄道路線は、鉄道会社自体が路線を所有し、列車を運行する形態が大半である。ところが、のと鉄道は異なる。現在、列車は七尾駅〜穴水駅間を走っているが、のと鉄道は「第二種鉄道事業者」として車両を保有し、線路を借用して列車の運行を行う。路線は保有していない。
七尾駅〜穴水駅間の路線を保有しているのはJR西日本である。まず七尾駅〜和倉温泉駅間はJR西日本が第一種鉄道事業者となっている。第一種鉄道事業者とは、鉄道施設・車両一式を保有し、列車の運行を行う事業者のことだ。
その先の和倉温泉駅〜穴水駅間は形態が異なりJR西日本は第三種鉄道事業者となる。第三種鉄道事業者とは線路を敷設、保有するだけで、列車の保有、運行は行わない事業者を指す。
なぜ、こうした複雑な運行スタイルを取っているのだろう。これには裏がある。
かつて七尾線は、津幡駅〜輪島駅間全線が非電化だった。沿線では和倉温泉が人気観光地として集客に熱心で、電化して特急電車を走らせて欲しいという願いが強かった。そこで国鉄を引き継いだJR西日本では、電化する見返りに、和倉温泉駅から先の区間の営業を石川県に引き継いでもらいたい、という条件を出した。そして1991(平成3)年9月1日に津幡駅〜和倉温泉駅間での電化が完了し、さらに、のと鉄道七尾線が生まれたわけである。
のと鉄道が生まれるまで、第三セクター鉄道に移管された路線はすべて特定地方交通線の指定を受けた路線で、経営が成り立たず、地方自治体が経営を引き継いだ形だった。
ところが、七尾線は特定地方交通線には指定されていない路線だった。特定地方交通線とは、国鉄再建法が成立した1980(昭和55)年当時、輸送密度4000人未満の「赤字ローカル線」を廃止対象の路線で、バスの輸送が行うことが適当とされた。この特定地方交通線を第三セクター鉄道が引き継ぐ場合には、国から転換時に交付金等の支援が得られるが、七尾線を受け継ぐにあたり、買い上げよりも借用の方が有利と判断された。
やや複雑だが、鉄道路線の経営もいろいろな思惑が交錯していたわけである。
【のと鉄道の逸話③】七尾駅〜和倉温泉駅はJRの車両も走る
次に七尾線を走る車両を見てみよう。まずは七尾駅〜和倉温泉駅間から。
同区間はJR西日本が第一種鉄道事業者となっていることもあり、JR西日本の車両も走る。とはいえJR西日本の列車は特急のみで、JR西日本の普通列車は入線しない。七尾駅から先を走る普通列車は、のと鉄道の列車だけになる。
◆681系・683系 特急「サンダーバード」「能登かがり火」
現在、金沢駅〜和倉温泉駅間を特急「能登かがり火」が4往復、大阪駅〜和倉温泉駅間を特急「サンダーバード」が1往復走っている。使われる車両は681系・683系交直両用特急形電車だ。
◆キハ48形 特急「花嫁のれん」
金沢駅〜和倉温泉駅間を走る観光特急列車で、金土日を中心に走る。キハ48形気動車を改造した車両を利用、北陸の和と美が満喫できることを売りにしている。
次にのと鉄道の車両を見ていこう。
◆のと鉄道NT200形
のと鉄道の普通列車用気動車NT200形。新潟トランシス製で、2005(平成17)年に7両が造られた。座席はセミクロスシートで、車体の色は能登の海をイメージした明るい青色をベースにしている。車両番号は3月導入の車両がNT201〜204まで、2次車の10月に製造されたNT211〜213と2パターン用意されている。人気アニメのラッピング車両も走る。
◆のと鉄道NT300形
北陸新幹線が金沢駅へ延伸した2015(平成27)年3月に合わせて導入されたのがNT300形で、観光列車「のと里山里海号」用に2両が製造された。外観は能登の海をイメージした青色「日本海ブルー」で鏡面仕上げされている。内装も凝っていて、沿線の伝統工芸品を車内各所で使用、また七尾寄りの座席は海側に向き、ひな壇状としたこともあり、後ろ側の席でも能登の海が見える造りとなっている。
運行は七尾駅〜穴水駅間で土日祝日(当面の間)を中心に上り2本、下り3本を運行、運賃に加えて500円の乗車整理券が必要となる(一部列車は普通運賃で利用可能な車両も増結)。和倉温泉駅で特急「花嫁のれん」と接続して運転している列車もあり、金沢駅から2社の異なる観光列車に乗車することも可能だ。
一部の便では飲食付きプランも用意している。アテンダントの沿線案内もあり、ビュースポットでは徐行運転が行われ、車窓風景が楽しめる。
【のと鉄道の逸話④】七尾駅の「のとホーム」から列車が発車
ここからは、のと鉄道七尾線の旅を始めよう。
列車は各駅停車の普通列車と、臨時列車扱いの観光列車「のと里山里海号」が走る。普通列車は朝7時〜8時台と夕方19時台が1時間に2本、その他の時間帯は1時間〜1時間半に1本の割合でローカル線としては多めで使いやすい。七尾駅から穴水駅まで所要時間が約40分、運賃は850円となる。
ちなみに「つこうてくだしフリーきっぷ」が土日祝日のみ有効で大人1000円で販売されている。販売は穴水駅、能登中島駅、田鶴浜駅、七尾駅(のと鉄道ホーム改札前に係員がいる時間帯のみ)と、車内でも購入できる。「つこうてくだし」とは能登の方言で「使ってください」という意味だそうだ。
沿線の観光施設の特別優待券も兼ねているので、お得。ぜひ利用したい。
筆者はJR七尾線の列車に乗車し、JR七尾駅に降り立った。七尾駅周辺は駅前に大型ディスカウントストアがあるなど、非常に賑やかだ。七尾は能登半島の中心都市であることが良く分かる。JRの改札口に並ぶように、のと鉄道の改札が設けられていて、その奥にある「のとホーム」に1両編成の穴水行きNT200形普通列車が停車していた。
筆者が乗車したのは10時33分発の穴水行き列車NT211、客席が5割ぐらい埋まって発車した。七尾駅を出てすぐにJR線と合流し、単線区間を北へ走る。七尾駅から次の和倉温泉駅間まで5kmほどと、やや離れており、続く直線区間を快適に走る。
和倉温泉駅へ到着した。金沢方面から特急列車が到着する時には、おそろいの法被を着た宿のスタッフの〝お迎え〟でホーム上は賑わうが、普通列車となるとお迎えもなく静かだった。
やや寂しさを感じた和倉温泉駅のホームを眺めつつ、のと鉄道の列車のみが走る区間へ入っていく。駅を過ぎて間もなく電化区間が終了して非電化区間へ入った。
【のと鉄道の逸話⑤】田鶴浜駅の先で右手に見えてくる海は?
和倉温泉を発車して間もなく左カーブ、列車は西へ向けて走り始める。進行方向右手には水田風景が広がる。そして次の駅、田鶴浜駅(たつるはまえき)へ到着した。このあたりは、まだ七尾市の郊外という印象が強い。この駅を発車すると、国道249号と並走するようになる。
海と山に包まれた能登らしい風景が車窓から見えるようになる。水田越しに海が見えてくる。こちらは七尾西湾と呼ばれる内海だ。さらに走ると大津川を越える鉄橋を渡る。この左右に見えるのが大津潟と呼ばれる湖沼で、長年かけて埋め立てられていき、潟になったとのこと。弘法の霊泉が流れ込む潟で、今は天然うなぎの漁やカキの養殖も行われている。
【のと鉄道の逸話⑥】能登中島駅に停まる青い車両は?
海や入り江の風景を見ながら列車は笠師保駅から先、北へ向けて走る。丘陵を越えて、水田が広がる能登中島駅へ到着した。
同駅では上り下り列車の交換をすることが多い。対向列車を待つため、やや停車時間が長くなることもある。例えば穴水駅14時15分発の列車は「のと里山里海号」を連結しているが、能登中島駅で10余分の停車時間を用意している。この駅には駅マルシェ「わんだらぁず」があり、地元産品の販売も行う(臨時休業あり注意)。購入にちょうど良い停車時間だ。
駅構内に青い車両が停められていた。この車両は鉄道郵便車のオユ10で、昭和の中期に計72両が製造された。全国の客車列車に連結され、郵便物の配送が行われた。鉄道郵便が終了した1986(昭和61)年に全車が廃車となったが、少しでも誘客に役立てようと、のと鉄道発足時に譲り受けたそうだ。雨風で傷んでいたが、有志の人たちにより整備され、この能登中島駅で保存されている。
車内は「のと里山里海号」の停車に合わせて公開されている。中で郵便物を仕分けした様子を再現するために、封書類が棚に置かれていたが、中には良く知られた有名人宛の手紙もあったりして楽しい。車内にはポストもあり、手紙を投函することもできる。
【のと鉄道の逸話⑦】能登にはなぜ黒瓦の家が多いのか?
能登中島駅を出るとしばらく山中へ入っていく。そんな山中で、やや視界が開ける箇所があり、眼下に漁港と集落が見える。ここは七尾市の深浦漁港だ。小さな漁港だが、家の前に漁船が係留できるような造りとなっている。ここで気がつくのは、ほとんどの民家が黒い瓦屋根であること。なぜ黒い瓦なのだろう。
当初、この地方の瓦は赤だったそう。金沢の家の瓦や漆喰に使われることが多いベンガラ色といわれる色だった。ところが明治に入ってマンガンの釉薬を使った瓦が開発された。それが黒だった。黒い瓦は屋根に積もった雪を早く溶かす特長もあり、能登の家に使われることが多くなったそうだ。瓦一つにしても、その土地の気候風土に影響されることが分かりおもしろい。
【のと鉄道の逸話⑧】西岸駅にある「ゆのさぎ」という駅名標の謎
深浦漁港を見下ろす山中から平地へ降りて行くと、間もなく西岸駅(にしぎしえき)へ到着する。この駅から穴水駅までが、のと鉄道の車窓のハイライト区間だ。
西岸駅で不思議な駅名標を発見した。西岸駅なのに「ゆのさぎ(湯乃鷺)」駅という駅名標が立てられていたのである。さてこの駅名標は何だろう。
実はこの「ゆのさぎ」駅という駅名標は架空のもの。2011(平成23)年に放送されたアニメ「花咲くいろは」と関係がある。同アニメは西岸駅近くの温泉街の宿を舞台にして描かれた物語で、放送開始まもなく、西岸駅に「ゆのさぎ」という駅名標が立てられた。この駅名標、凝っていて、わざわざ赤錆が浮き出るような造りにされているそうだ。
西岸駅の駅舎には〝聖地巡礼(舞台探訪)〟を行うファンの訪問も多いようで、アニメのパネルや、ファン向けのノートが常備されていた。こうした舞台設定に合わせた駅づくりも楽しい。
【のと鉄道の逸話⑨】列車からも見える海岸に立つ櫓は何?
西岸駅を過ぎたら、進行方向右手に注目したい。山中を抜けると右手に海景色が広がるようになる。ここは七浦北湾で、列車は高台を走ることもあり、海の景色が堪能できる。
黒瓦の民家と海岸線、さらに能登島が遠望できる。能登島と能登半島との間に架かるのが「ツインブリッジのと」と呼ばれる現代風な釣り橋で、こうした光景が絵になる。
観光列車の「のと里山里海号」に乗車すると、この付近では徐行運転が行われ、ゆっくり景色が楽しめる。
次の能登鹿島駅(のとかしまえき)は春に訪れたい駅だ。のと鉄道のすべての駅には、愛称が付けられているが、能登鹿島駅は「能登さくら駅」。春は上り下り両ホームの桜が満開となり「桜のトンネル」とも呼ばれている。
夜にはライトアップが行われ、また4月上旬には駅前で「さくら祭り」も行われる。筆者も春に訪れたことがあるが、それは見事なものだった。
能登鹿島駅の次は終点の穴水駅。この駅間に、車内から気になる櫓が見える。三角形の櫓が立つのだが、こちらは何だろう。
この櫓は「ボラ待ちやぐら(または『ぼら待ちやぐら』)」とよばれる櫓で、櫓の上からボラの群れを見張って、仕掛けた網をたぐる〝原始的な漁法〟とされる。最盛期には穴水町で40基を越える櫓が立ったが、継ぐ人が居なくなり、一時期は途絶えていた。2012(平成24)年から再開され、同地方の秋の風物詩となっている。波穏やかな内海だからできる漁なのだろう。
終点の穴水駅の近くまで、気が抜けない〟。ボラ待ちやぐらが立つ海を眺め、さらに志ヶ浦という小さな湾を右手に眺めた後に、最後の山越えの区間に入る。
この山の中で2本のトンネルをくぐる。志ヶ浦隧道194mと乙ヶ崎隧道105mの2本だ。2本目のトンネルに注目したい。トンネルイルミネーションが楽しめるのである。なかなか速く通過してしまうので、見逃してしまうのだが、電飾で絵や文字が書かれている。
よく見るとさまざまな絵とともに「ようこそ のとへ」という文字が光っていた。33.1kmという短めの路線ながら、訪れた人を飽きさせない工夫があちこちにある。頑張っている印象が強く感じられるローカル線だった。
【のと鉄道の逸話⑩】穴水駅の愛称「まいもんの里駅」とは?
海景色、人々の暮らしぶりなど、この鉄道ならではの工夫を楽しみつつ終点の穴水駅が近づいてくる。進行方向右手に穴水の町が見え始め、穴水駅の1番線ホームに列車は到着した。
穴水駅の愛称は「まいもんの里駅」。まいもんとは、能登の方言で美味しいものを指すそうだ。町では「まいもんまつり」が四季それぞれ行われている。春の陣(3月中旬〜4月中旬)は「いさざまつり」、夏の陣(6月中旬〜7月中旬)は「さざえまつり」、秋の陣(10月)は「牛まつり」、冬の陣(1月〜5月)は「カキまつり」といった具合だ。
駅に隣接して穴水町物産館「四季彩々」があり、土産や伝統工芸品、鉄道グッズなどが販売されている。お弁当や寿司もあり、寿司はテイクアウトと思えないほど、ネタが新鮮で美味だった。やはり海に面した能登ならではの魅力と言って良いだろう。
鉄道好きとしては穴水駅の周辺の様子も気になり、ぶらぶらしてみた。線路が穴水駅構内だけでなく、先に300mほど伸びている。この終端部の車止めから先の線路はすでに外されているが、この先、七尾線の輪島や、能登線の蛸島へ延びていたわけである。
この300mの余白区間には保線用の事業用車がおかれている。駅の西側にある側線や、検修庫へ入る車両が、ここで引き返す形で走っていた。
のと鉄道をじっくり旅する前は、ここまで濃密な路線だとは知らなかった。実際に乗車してみて、旅をして、また帰ってきて調べ直してみると、なんとも楽しい逸話がふんだんな路線だった。
帰ってきてまだ間もないが、また乗りに行きたくなる、そんな魅力が詰まった路線だった。