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2021/5/17 6:00

これぞ市民科学の力! 海中に漂う「謎の塊」の正体がついに判明

水深60〜70mの海の中を浮遊する、直径1mほどのゼラチン状の丸い塊。この物体は20年以上もの間、ノルウェー近海で度々報告されてきたのですが、この塊が何なのか誰も説明できずにいました。しかし最近、研究者と市民ダイバーがこの謎の解明に乗り出し、ついにその正体が明らかとなったのです。

↑これは何なんだ? 写真提供/Robert Fiksdal

 

この謎の塊は、ノルウェー近海と地中海などで1985年から2019年の間に、およそ200人のダイバーから90回ほど報告されていました。ノルウェー、アイルランド、アメリカなどの共同研究チームが調査に乗り出し、市民ダイバーたちにこのような塊と遭遇したらサンプルを取るように呼びかけたところ、4つの塊から球体の外側と内側の両方のサンプルを収集することに成功。

 

これらのサンプルを分析し、DNA解析を行った結果、塊の中には粘り気のあるものと一緒に、イカの胎児が含まれていることが判明しました。

 

イカの種類は、ノルウェー近海と地中海に広く生息するヨーロッパイレックスです。興味深いのは、ひとつの塊の中に異なる成長段階の胎児が含まれていたこと。産卵されたばかりだったり、器官が形成されていたり、胚が発生していたり。市民ダイバーたちの目撃情報を考えると、1つの塊の中には何十万個もの胎児がいる模様で、十分に成長すると塊が破裂して、内側から赤ちゃんのイカが海中に放出されるそうです。

 

これまでに報告された90の塊のうち、イカの胎児だと明らかになったのはわずか4つですが、球体の様子や大きさなどから考えて、残りの86の塊も同様にヨーロッパイレックスの胎児が含まれているのではないか、と同研究チームは予測しています。

↑イカの卵塊だった! 写真提供/(A) Franc Jourdan、(B) Thomas Brelet。コラージュ/Halldis Ringvold (Sea Snack Norway)

 

イカは、卵嚢(らんのう)と呼ばれる寒天質の袋状に包まれた卵を海底の木の枝などに産みつけますが、スルメイカのように沖合に住むタイプは、卵を産みつける場所がないため、海中を浮遊する直径60〜80cmほどの寒天質の丸い球体の中に卵を産みつけます。これは卵塊と呼ばれますが、過去にアメリカのカリフォルニア沖で直径3mもの卵塊が見つかったことがあるものの、卵塊が見つかること自体が稀です。

 

今後、ノルウェー近海や地中海で目撃されている塊からイカの産卵について新しいことがわかるかもしれませんが、今回の調査は市民ダイバーの協力なしでは難しかったでしょう。これぞ、市民科学の力です。

 

【出典】Ringvold, H., Taite, M., Allcock, A.L. et al. In situ recordings of large gelatinous spheres from NE Atlantic, and the first genetic confirmation of egg mass of Illex coindetii (Vérany, 1839) (Cephalopoda, Mollusca). Scientific Reports 11, 7168 (2021). https://doi.org/10.1038/s41598-021-86164-8